第26話 治部良川と竹下の場合
「高木ワレェ、しっかりやらんかぁ!」
「はい、すいあせん!」
治部良川は、鉄骨の上でせっせと働く高木に檄を飛ばした。
治部良川は結局引退を取りやめ、再びさまざまな現場に顔を出す日々を送っている。
忙しいのであるが、日がな一日やることなくぼーっとしているよりよほどいい。やっぱり体動かすのが性に合ってるなと思った。
そんな治部良川の下に、スーツの男が寄ってくる。今回のプロジェクトの責任者である。
「治部神様、来ていただいて何よりです」
「ああ、死ぬまで働くことにした」
「それはそれは、素晴らしい決意ですね」
「生涯現役だ」
治部良川はそれだけ言うと再び現場に向き合って、「おい、しっかりせぇや!」と腹の底から声を出した。
「あ、治部良川さん」
「おぉ、竹下じゃねえか。こんなとこでどうした」
「休憩中ですよ。そういう治部良川さんは、お仕事中ですか」
「ああ」
現場の横を通りがかった竹下が治部良川へと近づいてくる。
「いやぁ、治部良川さん、有名な方だったんですね。てっきりちょっと口が悪い変なおじいさんだと思っていました」
「お前結構言葉に容赦ねえな」
「ははは」
「そんでお前の方は、最近仕事はどうなんだ」
「変わりませんよ。理不尽な客と、無茶を言う上司と、やる気のない開発課の人に挟まれてヒイヒイ言っています」
「の割には、前より顔色良くなったな」
「わかりますか?」
「ああ」
「センチュリーで首都高を走ったり、セレブ女子校でねこを放して警備員に叱られたりするのに比べたら、仕事でのストレスなんて些細なものだって思えるようになりました」
「そりゃあよかったな」
「よかったって言えるんですかね……」
苦笑を漏らす竹下。治部良川は口の端を持ち上げた。
「仕事嫌んなったら、ウチの会社くるか」
「えっ、現場仕事ですか」
「まさか。事務だよ、事務」
「あぁ、なるほど。そうですね、本当に嫌になったら転職を考えてみます」
「おう」
竹下は鉄骨の上で働く高木を見上げた。
「彼も頑張ってますねえ」
「おう」
「大吉さんや愛さんはどうしてるんでしょうかね」
「さあな。連絡とってみるか」
「いいですね。久々にみんなで、あの喫茶店に集まりましょうか」
竹下の提案に治部良川が頷いて、すっかり呼び出しの着信が来なくなったスマホの画面をタップした。
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