本屋関(ほんやのせき)【KAC2023】-01

久浩香

本屋関(ほんやのせき)

 平成という元号が、ようやく世間に馴染んできた頃の事だ。

 市内には、東と西の二つの高校があり、そのおよそ中間地点にアーケード商店街があった。


 西高に通う山背やましろいずみに「直接会って話したい事がある」と、東高に通う中学時代の同級生の大津おおつさとるが電話してきたのは、二日前の土曜日の事で、月曜日の放課後に会う約束をした。


 学校帰りに寄り道をする二つの高校の生徒は、大抵、アーケード商店街の入口近くにある『蝉丸書店』に立ち寄るので、店の前には、通学用ステッカーの貼られた自転車が林立し、店先の雑誌コーナーで立ち読みする背中は、その8割方が制服を着ていた。

 最も、皆が皆、誰かと約束をしているわけではない。

 文庫コーナーを目指し、店舗内に入ったばかりの泉を呼び止めた東高の早苗さなえのように、ここに来れば誰かいる、と考える者の方が多いかもしれない。


「ね。今から、カラオケ行かない?」

 早苗が親指で差した背中の後ろには、レジを待っている、やはりクラスメイトだった由紀ゆきと、泉の知らない子がいた。

「あ~。ごめん。今日はちょっと…。ってゆうか、そっち、授業終わるの早くない?」

「え? そーでもないよ。あ~。でも、どうだろ。文化祭で委員会がどーたらって言ってたよーな気がする…かな」

 早苗はそう答えながら、目の焦点を泉の背後の入口の自動ドアに移し、知った顔が来ないかを探していた。


「お待たせ~」

会計を済ませ、にこにこしながら近づいて来た由紀に、

「泉、来れないって」

と、早苗はさも残念そうに話し、

「えーっ。そうなんだ~。ざんね~ん」

 と、由紀も、ほんの少し眉尻を下げた。

「ごめんね。また、今度」

「うん、また~」

「じゃあねー」

 その間に、泉の知らない子の方は、確保に成功しており、カラオケに行くメンバーは5人になって店を出ていった。


(そっか。文化祭…か)

泉は、ニヤけそうな顔を誤魔化すのに、お笑いネタの本を手に取った。

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