第57話  報酬

 会談が行われた翌日、早速“報酬”がバナージュの別邸に運び込まれた。


 近衛隊が馬を走らせて届けてくれたのだが、特に苦労のない軽い荷物であった。なにしろ、届けられたのは数枚の書類であったからだ。



「さて、ソリドゥス、アルジャン、デナリ、お前達の働きにより、今回の騒動が大火になる前に抑え込めた、ということで父上からの褒美だそうだ」



 執務室の仕事机に座り、バナージュが書類をヒラヒラさせた。


 当然、目当てのものが届いたと、ソリドゥスは目を輝かせたのだが、他二名はそうでもなかった。訳の分からぬありがたい言葉などよりも、現金現物での褒賞の方が遥かに良かったからだ。



「では、まずはソリドゥスから、辞令を受け取ってくれ」



「謹んで頂戴いたします」



 ソリドゥスは満面の笑みを浮かべ、書類を受け取った。


 そして、その勝利に目を通すなり、固まってしまった。



「どうしました、ソル姉様?」



 デナリは怪訝に思い、横から姉が見つめながら硬直した書類を覗き込んだ。



「“キューピッド商会”支配人ソリドゥス=パシーを、“御用方五人組”に任ずる」



 レイモンの署名捺印が示された、疑いようのない勅令であった。国内における最高権威からのお墨付きであり、その効力は絶対とさえ言えた。


 だが、その中身が大いに問題であった。



「き、キューピッド商会ってなによ!?」



「屋号だそうだ。父上が直々に考えられた。国王が一介の商人に、直々に屋号を与えるなど例のない事だからな。大変名誉だと思うぞ」


 なお、そう言いつつ、バナージュの顔はニヤニヤ笑っていた。どう考えても、ダサい、あるいは、ないわ~、という顔をしていた。


 確かに、愛天使キューピッドの真似事をして、目の前の王太子夫婦の仲人を務めたりはしたが、それを屋号に用いようなどとは欠片も考えていなかった。


「この屋号は取り消しで! 自分で考えますから!」


「却下だ。仮にも国王陛下より賜った名前だぞ。そんなホイホイ変えられては、権威に傷が付く。ご厚意とも思って受け取っておけ」



 国王から下賜された品を放り投げるなど、確かにとんでもない話ではあるが、どう考えても嫌がらせの類としか思えなかった。


 その証拠として、そうしたことを察しているバナージュもニヤついたままであった。



「どう考えても、嫌がらせか何かですよね!?」



「だろうな。かつての恨みを孫で晴らす、とかなんとか」



「大人気ないとか思わないのですか!?」



 国王からのよもやの嫌がらせに、ソリドゥスは頭を抱えた。祖父の負の遺産が、まさか自分に降りかかってこようとは考えもしなかったからだ。

 だが、断れる理由も、なにより覆す力もないのが現在の自分であった。



「ええい、御用商人になったんだし、王宮に突入して」



「あ、それもダメだぞ。但し書きのところ」



 良く見ると、書類の端の方に小さな文字で書き込まれており、それによると「なお、この人事に関する決定は、王太子バナージュへ譲位が成された後に効力を発揮する」とあった。



 つまり、バナージュの戴冠式以降でなければ、王宮への登城ができないことを意味していた。



「逃げる気満々!?」



「だな。位を譲った後なら決定権は何もかもこちらに移るし、問い詰めたところで何もできん。王になった私の方に話しを出さねばならなくなる」



「な、なら!」



「面白そうだから、そのままで行く! 仮にも、“御用方五人組”がホイホイ屋号を変えてしまうのも、体裁が悪かろうて」



 などとバナージュは答えるが、顔はニヤついたままであり、明らかにおちょくっているようにしか見えず、ソリドゥスを困惑させた。


 体裁云々など方便で、笑いを優先していると言わざるを得なかった。



「ときにソル姉様、“御用方五人組”ってなんですか?」



「えっとね、一口に御用商人って言っても、色々と階級があるのよ。で、“御用方五人組”はその中でも最上位で、御用商人のまとめ役であり、最大五名まで任命される。しかも、国王直轄の諮問機関である“枢密院”への出席も認められているから、その気になれば国政に影響力を発揮できるわ」



「わ~、大出世ですね、ソル姉様!」



「いくら何でも、重過ぎでしょ、この位置取りは」



 そこまで能力を買ってくれて、信用を得ていると言うのであれば悪い気分でもないが、それでも十五の娘には重すぎる立場だ。


 しかも、現国王が認め、次期国王もそのままで通すつもりのようであるし、屋号の事は無視して、これは励まねばと気合の入ることでもあった。



「と言っても、棒に振るわけにも行けないし、最大限利用させてもらうとしますか」



「おう、それでこそ、悪徳商人だ! せいぜい励め!」



「いや、別に私は悪い事してませんけど!?」



「何を言う。キューピッド商会の初めて扱った商品は、“シンデレラ”であろうが。我が国では人身売買は認められておらんぞ、この悪徳商人め!」



「なら、その悪徳商人からシンデレラをお買い上げになったのは、どこのどちら様でございましょうかね、悪徳王子様!」



 ここで笑いが起こった。


 どちらもそれ以上は言葉が続かず、ただ笑うよりなかった。


 あの競売オークションこそすべての始まりであり、それにより紡がれた奇縁が更なる奇縁を呼び、今に至っていた。


 強欲な愛天使キューピッドが売り出したお姫様が、王子の目に留まった。ガラスの靴などではなく、荒縄と金貨によって結びつけられた、本島に奇妙な縁だ。


 今にして思えばよくもまあここまで来れたものだと、笑わずにはいられなかった。



「さて、笑ったところで、次に行こうか。ほい、デナリ、お前の分だ」



 バナージュは続いてデナリに書類を手渡した。



「えっと、『デナリ=モネータを“王妃付き祐筆”兼“習字指南役”に任じる』ですか。あれ、今とあんまり変わらない?」



 要はエリザの代筆や読み書きを教えることを、正式に勅命で認められたと言う事であった。やる仕事は今と変わらないが、現地任官などではなく、公式に認められたことが大きいと言えた。



「ちゃんと意味はあるぞ。こうして辞令が下りたということは、公式に認められたことであり、お前はソリドゥス同様、王宮への登城ができるようになったということだ。まあ、姉妹が別行動しなくてもいいようにとの、父上の取り計らいであろうよ」



「ああ、そうなりますね!」



 いくら仕官の口があろうとも、姉と別行動はしなくなかったので、これはデナリにとっては嬉しい事であった。


 姉と行動でき、エリザとも今まで通りに付き合える。もちろん、エリザが王妃となれば今までのように砕けた付き合いはできなくなるが、人目がないところであればそのままでいられる。


 デナリにとっては申し分のない贈り物と言えた。



「で、アルジャンなんだが、はっきり言って意外中の意外であったぞ。相当、父上に目をかけられていると言ってもよい」



「拝見します」



 アルジャンはどんな辞令が自分に下されたのかと、受け取った書類に目を落とした。


 そして、横からソリドゥスとデナリが覗き込んできた。



「えっと何々……、『アルジャン=アイオーラを“枢密院十賢者”に任ずる』ですって!? はぁ!? 十賢者って、アルジャン、あたしより立場が上じゃん!」



 よもやの人事にソリドゥスは驚くばかりであった。


 まさか自分の従者が、自分よりも上の評価を得て、とんでもない大出世を遂げたからだ。



「あ、そうなのですか? 官職については、あまりよく知らないものでして」



「枢密院は言ってしまえば、国王の御意見番みたいなもの。その構成員である十賢者になるってことは、国王に対しての上奏も可能よ。つまり、堂々と国王に意見を言えて、その意志決定に大きな影響力を及ぼせるってこと!」



「あ~、つまり陛下から、バナージュさんの尻を蹴っ飛ばす役目を与えられた、と」



 言い方はアレであったが、まさにその通りだとバナージュは頷いた。



「父上が言うには、『頭のキレる直言の士は得難い』とのことだ。その意見には私も賛成だ。アルジャンよ、お前は自分が思っている以上に能力が高い。それは今回の一件からも、色々と重要な役割を果たしてくれたからな。だから、今後ともよろしく頼むぞ」



「お断りします」



 容赦なくアルジャンはボッキリと話の腰をへし折ってしまった。

 これにはバナージュも苦笑いであった。



「お前なぁ~、そこは恭しく受けてこそ、絵になると言うのに」



「あいにくと、参謀役については先約がございますので、そちらを優先させていただきます」



 アルジャンはきっぱりと言い切り、ソリドゥスはそうだそうだと何度も頷いた。



「俺はお嬢様一人面倒見るのにも、手を焼いているのですよ。その上で王の参謀役までやれとか、明らかに働き過ぎオーバーワークです」



「そこで、能力不足と言わない辺りが凄いな」



「嘘を付かなくてもいい居場所、を作ってくださるのには嬉しく思いますが、そうは思わない方が王宮には多そうですし、今ほど自由にできるとは思いませんので、どうかご容赦を」



「まあ、そう言う正直なところも評価を高めているのだがな。しかし、安心しろ。お前やデナリの辞令にも、ソリドゥス同様、但し書きがある」



 バナージュに指摘されて、デナリもアルジャンも書類の隅に書かれていた、小さな但し書きを見つけた。


 そして、そこには「キューピッド商会の仕事がある場合、そちらを優先すること」と書き込まれていた。



「というわけだ。あくまでお前達の仕事はそっちだ。デナリにアルジャンよ、これからもそこの悪徳商人を助けてやるように」



「もちろんです!」



 デナリは威勢よく返事をして、姉にしがみ付いた。どこまでも一緒に行くという意思表示であり、愛くるしい妹の姿に、ソリドゥスも笑顔で返して、その頭を撫でてあげた。


 少なくとも、たった二人しかいない従業員を、国家権力の名の下に奪われないだけ、ソリドゥスは安堵した。



         ~ 第五十八話に続く ~

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