第56話 完遂
すべてを成し遂げた達成感、仕事が終わったという解放感。ソリドゥスの心は今、幸せに満ちていた。
「よぉ~し、今夜はパァ~ッと打ち上げやるわよ! アルジャンさぁ、酒飲みたいんなら、あたしが付き合ってあげてもいいわよ~♪」
「え、嫌です。俺にも飲みの相手を選ぶ権利があります」
「は!? あたしが可愛くないってか!? ご主人様が直々にお酌するって言ってるのに、飲めないとかないわ~」
「うわ、上司の絡み酒とか、面倒クサッ」
アルジャンの言葉に嘘はない。本当に面倒臭く感じており、さっさとこの場から退散したかった。
「そもそも、十五の誕生日の事を覚えてますか?」
「…………! 覚えてない!」
「つまり、それだけベロンベロンに酔っていたと言うことです。いくら酒が解禁される年齢とは言え、あのあられもない姿はドン引きでしたよ。ただでさえ、素面でも面倒臭い性格なのに、酔った途端に絡み酒とか、そりゃ結婚話が一つも来ないわけです。反省してください」
ちなみに、大富豪の娘でありながらソリドゥスに結婚話が未だにない理由は、【なんでも鑑定眼】を手放すのが惜しいので、嫁にはやりたくないから、という父親の意向であった。
「あぁん!? それとこれとは関係ないでしょ!」
「大ありです。介抱する身にもなっていただきたいです。あれ以降、『ソリドゥスには酒を飲ませるな』と旦那様や若旦那様からきつく言われているのですよ」
「ぬう、お父様もお兄様もひどい」
「ひどいのはお嬢様の醜態です。そこは間違えないでいただきたい」
きっぱりと言い切るアルジャンに、ソリドゥスは恨めしそうな視線を向けた。
アルジャンは嘘を言わないし、本当にひどい姿であったことは真実なのだろうが、こういう時に気を遣って冗談や遠回しな表現をしないのはいただけなかった。
「はぁ~、まあいいわ。まあいいわ。今回の報酬ってやつを授与いたします」
なんとも投げやりなソリドゥスの態度であったが、報酬と聞いて少しばかり心を動かされた。デナリもアルジャンも何が飛び出すのかと、期待して待機した。
ソリドゥスは乗ってきた馬車の荷物入れをまさぐり、中から木箱を二つ取り出した。どちらも手の上に乗るくらいの小ぶりな箱であった。
そのうちの一つをアルジャンに渡し、開けるように促した。
何が飛び出すかと慎重に開けると、そこには“眼鏡”が入っていた。二枚のレンズを金属の枠に嵌め込まれ、紐で耳に固定するタイプの眼鏡であった。
「これは?」
「アルジャン、あなた、目が悪くなってきているでしょ? だから、買っておいてあげたわ。感謝しなさい。金貨十枚だから、まあそこそこの働きをしたし、これくらいが妥当かな、と」
ちなみに、視力が落ち始めているのは本当であった。エリザの付き合いで書庫にこもることが多く、あまり得意でない読み書きに没頭した結果、どうにも目に悪影響が出たのではと、アルジャン自身は考えていた。
普段はそれほど気にはしないが、時折ぼやけて見えたりするので、以前よりかは確実に悪くなっている実感はあった。
そして、貰い受けた眼鏡を手に取り、早速身に付けてみると、ぼやけ気味であった視界が、はっきりと見えるようになった。
当人に気付かずにぴったりと合う眼鏡を用意できたのは、【なんでも鑑定眼】でアルジャンの情報を抜き取り、それを適切に眼鏡職人に依頼して作らせたからである。
「はっきり見えますね」
「でしょ? 感謝しなさい!」
「……で、本心は?」
「店開いたら事務要員がいるから、バリバリ働かせるために視力を矯正した」
「だろうと思いましたよ」
眼鏡を贈られた時点でなんとなしに察していたが、はっきり口に言われたやっぱりそうかと、アルジャンはため息を吐いた。
「俺は読み書き計算がそれほど達者ではないのですよ。事務方が必要なのでしたが、デナリに任せた方が良いのでは?」
「うん、それは知ってる。字も奇麗だし、計算もかなりイケてる。今の状態だと、デナリを事務方に回したい。でも、デナリは店頭販売、売り子をやらせるしかないわ」
「愛嬌があって可愛いから?」
「あんたを店先に出せないからに、決まってるでしょうが!」
ソリドゥスの苛立ちもある意味真っ当であった。
アルジャンは“
巧みな言い回しで商品を勧めたり、あるいはおべっかを使って購買意欲を高めたりと、“嘘”を付いた方が有利なのが営業販売、売り子である。
しかし、アルジャンは嘘を付けない。それどころか、致命的で余計な一言が飛び出す危険もあった。
なにしろ、国王にすら噛みつくほどの狂犬であったことは、先程の一幕で見せつけられており、客ともめたら大変だとソリドゥスは考えた。
そうなると、店先に出すより、裏方に回ってもらうよりなかった。事務方か、
「はぁ~、どのみち、三人でやるのも限界があるし、頭数を増やすことを考えないといけないわね」
「そもそも、何を売るかすら決まっていないのに、人員配置に頭を悩ませるのは速過ぎでは?」
「何でも売るの! 万屋よ、万屋! 御用商人ってのは、言ってしまえば、王族相手の御用聞きだからね。商会ごとに得手不得手はあるけど、基本的には王族からの注文に合わせて、品物の手配したりするのよ。あとは、饗応の裏方を任されたりもするし、こちらから珍品宝器を売り込むこともある」
「それも問題ですね。そもそも、御用商人は実績があり、かつ王族への献身があってこそ、辞令が下りる立ち位置です。それが商人としての実績がないまま、王族への献身が認められて、御用商人になったわけですし、店の強み、特色や売りというものがないです。売りがないなら売り込めない。違いますか?」
相変わらず、アルジャンの指摘は正しく、ソリドゥスも認めざるを得なかった。
そもそも、自分の店すら持っておらず、勝手に商人を名乗ってあれこれやっていただけなのだ。どちらかというと、行商の方が立ち位置としては近いくらいだ。
「はぁ~、結局、あなたの一番いい居場所は、私の側で口やかましく参謀役に徹してもらう事かな~」
「それがよろしいかと。事務はご自身でやられた方が早いと思いますよ」
「んで、事務仕事を
「頭と口を動かします」
「手も動かせ、バカタレ!」
ソリドゥスの絶叫に、アルジャンは涼しい顔で流すだけであった。参謀役としては得難い人材なのだが、どうにもねじくれた性格が玉に瑕だと、ソリドゥスは扱いに悩む一方であった。
「扱いに困る~。頭が痛いわ」
「ああ、それも、もう一ついいでしょうか?」
「ん? なに?」
「眼鏡をありがとうございました。大切に使わせていただきますよ、ソル」
「ぶぅぅぅぅぅぅぅ!」
完全な不意討ちであり、身構えていなかったがゆえに、ソリドゥスは盛大に吹き出してしまった。
「今、それを、ここで、言うの!?」
「贈り物を貰ったら、ちゃんと礼は述べておくものです」
「違う! そっちじゃない! 名前!」
「使いどころは弁えているつもりです」
シレッと言ってのけたが、やはりその名で呼ばれるのは、なんともこそばゆい感じがしてならなかった。幼き日の自分に対して、『なんでこいつに許可を出した!?』と問い詰めたい気分であった。
なお、より深刻なのはデナリの方で、この世の終わりが訪れたかのような絶望一色の顔になっていた。
「ソル姉様! なんでこいつがその名前を使っているのですか!? 許可は!?」
「あ、与えちゃった。結構前に」
実際、与えたのは幼児の頃であり、最近になって急に使い始めて、心臓に悪いタイミングを見計らって愛称呼びを繰り出していた。
「ひどい! 私だけの特別じゃなかったんですね!」
「あ、いや、別にそういうつもりとかじゃなくてさ」
なんとも微妙な空気となり、ソリドゥスとしては、対処に苦慮した。
そこで、ソリドゥスはデナリに渡すつもりであった報酬の事を思い出し、それが入った箱を開けた。
中には小さめの
「デナリ、はい、これ。デナリももう十三歳になったんだし、そろそろ奇麗に着飾っていい頃合いかもね。いっそ、髪も伸ばしてみる?」
そう言って、ソリドゥスはデナリの赤毛を撫でた。長さとしては耳が隠れる程度しかなく、自分のように背中まで届くほどの長さはない。まだまだ子供っぽさが前面に出ており、髪を伸ばして結い上げれるようにすれば、かなり印象が変わるのではと考えた。
「似合いますかね、髪伸ばしてみて。ソル姉様みたいなサラサラな透き通る銀髪じゃないし、私のは癖が結構ありますから」
「大丈夫、大丈夫! ちゃんと梳けばなんとかなるから!」
どうにかこうにか妹をおだてて、愛称呼びの一件をうやむやにしようとするソリドゥスの姿が、なんとも滑稽であるとアルジャンは心の中で笑った。
今日は良い一日だった。
国王一家のわだかまりも解け、和解が成った。
祖父の知られざる一面を知り、ソリドゥスは商人としての目指すべき方向を確立した。
そして、アルジャンもまた、自分のいるべき居場所と言うものを再確認できた。
なんという良い一日であったことだろうか。
アルジャンは姉妹の微笑ましいやり取りを眺めながら、こんな賑やかで平穏な日が続くことを願うばかりであった。
~ 第五十七話に続く ~
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