第55話  商人の矜持

 屋敷の玄関にはずらりと近衛兵が並び、王の送迎のための馬車が待機していた。


 息子との和解が成り、その嫁も王妃たるに相応しいと確認できたため、レイモンは上機嫌であった。



「三名とも大義であった。此度は色々と骨折りさせてしまったようで、礼の言葉もない。恩賞の沙汰は追って連絡しよう」



 レイモンの前には、見送りとしてソリドゥス、アルジャン、デナリの三名が並んで立っていた。まだ十代半ばの少年少女が国家の危機に際して立ち上がり、上手く難事を収めることに成功したのだ。


 レイモンとしては手厚く褒美を取らせ、今後も息子夫婦の良き友人としていることを願った。



「ときに、ソリドゥスよ、一つ尋ねて起きた事がある」



「なんでございましょうか?」



「お前は祖父を超える商人になりたいなどと、常々言っていると報告が上がっている。その言葉や意志に変わりはないか?」



「もちろんございません。今はほんの駆け出しでございますが、いずれはお爺様を超える大商人になってみせます」



 それはソリドゥスにとって、遥かなる頂の先にある人生の目標であった。


 ソリドゥスの祖父はそこそこの規模でしかなったパシー商会を若くして引継ぎ、様々な商売を経て御用商人となり、最終的には国一番の商会にまで育て上げた。


 しかも、今回の件で知らなかった祖父と国王の関係を知り、ソリドゥスとしてはますますやる気になっていた。


 超えるべき壁、目指すべき先、そのすべてが今回の騒動で定まったと言えた。



「そうか。では、お前に話しておこう。あの悪徳商人めはな、商売をするに際して、絶対にやってはならない、やらないと誓った事柄が二つ存在するのじゃ。そう言っておった」



「その二つとは?」



「一つは“天賦ギフト”を用いて商いをする事、これを禁忌とし、自らに課しておった。御用商人になって以降、商売には“天賦ギフト”を使わなかったそうじゃ」



 その言葉はソリドゥスを驚かせた。


 “天賦ギフト”は神よりの恩寵であり、極めて便利な能力である。個人差はあるものの、自分の異能の効果を知ることができれば、それ以降の人生に大きな方向性を示すこととなる。


 実際、ソリドゥスは【なんでも鑑定眼】によって、人や物に触れるだけでその性質を見極め、デナリは【複写の筆運び】によって誰よりも字を上手く書け、アルジャンは【バカ正直な皮肉屋】によって嘘は付けないが桁外れの洞察力を得ており、どれもこれも極めて有益な能力であった。


 それをあえて使わずに商売をするのであれば、それこそ、自らの頭脳や経験だけで勝負をして、商人として活動していたことになる。



 しかも、御用商人以降にそれを実行していたのであれば、パシー商会大躍進の時代を純粋な己自身の能力のみで駆け抜けたことを意味する。


 ソリドゥスとしては、ますます祖父への畏敬の念を強めた。



「ときに陛下、私はお爺様の“天賦ギフト”について、何も聞いていないのですが、どのような能力であったのかご存じでしょうか?」



「あやつは自分の能力を【ハズレなき分かれ道】と呼んでおった。能力の内容は『二択の問題に対して必ず正解を引き当てる』のじゃそうじゃ」



 想像以上に有益すぎる能力に、ソリドゥスは絶句した。


 商売とは、商人の値段の上下を上手くやりくりして、その差額を儲けとする行為の総称である。


 品物を安く買い、それを高く買ってくれる所に流す。その間に入ることにより、その差額を頂戴するのが商人という存在だ。


 その商品の価値が上がるか、それとも下がるか、もし能力が言葉通りの意味で威力を発揮するのであれば、これほど凄まじい能力はないであろう。


 商売という舞台においては、ソリドゥスの持つ【なんでも鑑定眼】すら問題にならないほど、儲けに直結させやすい能力と言えた。



「だから、封印したそうじゃ。『ロマンに欠ける面白みのない力だ』とか言ってな。ちなみに一度だけ、ミラをワシに引き合わせる時だけ、能力を使ったそうだがな。『この娘を陛下に引き合わせて薦めれば、気に入ってもらえるのかどうか』とな」



「お爺様らしい使い方ですわ。あの人、商売に関すること以外では、身内に甘々な人でしたから」



 ソリドゥスの記憶にある祖父の顔は、笑顔か真顔かの二つしかない。普段は笑顔で遊んでくれたりしてくれたが、商売に関することを手解きするときは、まるで別人かと思うほどに厳しかった。


 それが血となり肉となり、今のソリドゥスを形作っていた。


 祖父に対して感謝と敬意を絶やさないのは、まさに実の成る教育を施してくれたからに他ならない。



「それともう一つ、奴が絶対にやらなかったのは、故意に相場を操らない事、じゃな。買い占めなどによるあからさまな寡占状態を作り出すこと、これを嫌っておった」



「そうですね……。お爺様の御用商人としての立場や財力を考えれば、寡占状態で市場を支配することも可能であったかもしれません」



「うむ。しかし、それをやらなかった。理由を尋ねてみると、『奇貨居くべし。将来値上がりしそうな商品を発掘し、それをドンピシャ当てることの快感がこの上なく好きだ』ということじゃ」



「まったくお爺様ときたら! まるで子供のお遊び感覚ではありませんか!」



 またしても祖父の意外な一面を目の当たりにして、ソリドゥスは思わず笑ってしまった。


 あれほどの大商会を作り出しながら、強烈な二つの縛りを設け、その上で成功したと言うのだ。


 まだまだ自分が及ぶべくもない、遥かな高みにいる存在であると、ソリドゥスは思い知らされた。



「陛下、教えていただきありがとうございます! これで私はよりはっきりとした目標を定めることができました! いずれお爺様の上を行く、史上最高の商人になってみせます!」



「うむ、その意気じゃ。期待しておるぞ、小さな大商人ソリドゥスよ。そして、その知啓と財によって、息子夫婦のことをよろしく頼むぞ」



 ソリドゥスにとってはこれ以上にない激励の言葉であった。


 レイモンが馬車の乗り込み、三人は丁寧にお辞儀をしてそれを見送った。


 護衛の近衛騎兵も走り去り、その場はようやく静けさを取り戻した。


 そして、大きく息を吸ったソリドゥスは諸手を天に掲げ、そして、二人の従者の方を振り向いた。



「アルジャン! デナリ! これで今回の件はすべて終わったわ! 色々ハプニングはあったけど、ど、あたしが賭けた万馬券は的中! “幸運の牝馬”は見事に一着ゴール! あとは配当を貰うだけ!」



「おめでとうございます、ソル姉様!」



 デナリは大喜びの姉に対して拍手を送り、自分もようやく長い仕事が終わったのだと実感した。



「あ、じゃあ、俺は給金貰って引き揚げますわ。親父から飲み行くぞってに誘われてるんで」



「逃げんな、バカタレ」



 ソリドゥスはどこかへ行こうとするアルジャンの肩を掴み、逃亡を阻止した。


「放してくれませんか、お嬢様。なにしろ、この数カ月、付きっ切りで面倒な仕事をこなしてきたんで、心と体の洗濯に行かねばなりませんので」



「あんたまさか、しょうか」



「あ、そこじゃないですよ。本当に酒場です。親父が言うには、大通りの酒場に可愛い女給仕ウェイトレスが働き始めたとかで、様子を見て来いと」



「それを息子にやらすか、あの変態庭師め!」



 色々と気分を台無しにされ、ソリドゥスは絶叫して気を落ちつかせた。


 だが、その叫びの中には、隠しようもない喜びもまた含まれていた。


 ただ単に叫びたい。狭く険しい道のりであったが、それがようやく実の位の時を迎えるのだ。


 シンデレラを売り捌き、借金をしてまで飾り立て、王子様にお買い上げいただき、そして今日、二人の仲を王様にも認めさせた。


 まさに、完全勝利が成った瞬間であった。



         ~ 第五十六話に続く ~

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