第48話 最後の仕上げ
「大成功、イェ~イ♪」
「だからお人が悪いと言いましたのに」
壁の向こう側から聞こえる悲鳴とも困惑とも判別しにくい声が、実に心地よいとソリドゥスはニヤニヤ笑っていた。窘めるアルジャンの声すら、聞き流してしまうほどに愉快痛快な気分に浸っていた。
「見た? あの間抜け面共! バナージュ殿下を軽く見た報いよ!」
「まあ、留飲を下げれて良かったのですが、それを利用して儲けようとなさってますね?」
「当然でしょ? クククッ……、殿下への取り成しを考えている人はこう思うでしょうね。『あの娘に間に入ってもらって、どうにか渡りを付けてもらおう!』ってね。ああ、渡し船の渡し賃、一体いくら積んでくれるのかしらね~」
ソリドゥスがやった事、それはバナージュへ続く道筋を見せてやったことだ。ただし、そこには少女の姿をした“がめつい”門番がいる。門番のご機嫌次第で、道が開かれる。
ただ、それだけであった。
「控えめに言って、クズですね。殿下への信頼をいい事に、袖の下を求めるなど」
「求めないわよ~。相手が勝手に袖の中に投げ入れるだけだもの。その後にたまたま殿下への口添えをするかもしれない、と言う話」
「かもしれない、ですか」
「そう、かもしれない、よ」
金をふんだくって相手にしない。あるいは更なる催促をする。どこまで強欲なのだと、アルジャンは呆れ返ってため息を漏らした。
「まあ、店を開く際の資本金を得ようと言うのは分かりますが、その前に若旦那様への返済金もありますからね」
「そっちは大丈夫。『金貨千枚、ないし金貨千枚に相当する物品』で返済することになっているから。御用商人の免状なんて、それ以上の価値があるからね。金貨一枚だって払う気なしよ」
「やっぱりがめついですね。知的で、お淑やかで、奥ゆかしい女性、とやらはどこに行ったのやら」
「うるさい!」
ガシッとアルジャンを足蹴にしたソリドゥスは、更に追撃でグリグリと踏みつけた。
「あんたさぁ、もう少し主人に対する礼儀とやらを尽くしても、罰は当たらないと思うけど?」
「お嬢様、他人に礼儀を求めるより先に、御自分の作法を気に成された方がよろしいかと」
「……ん?」
ここでソリドゥスはようやく気付いた。今乗っている馬車は、屋根のついていないオープンな馬車であり、今までの会話がダダ洩れであったのだ。
突き刺さる周囲にいる近衛兵の視線に、ソリドゥスは大いに焦った。
そして、隊長を手招きして招き寄せた。
「あの~、隊長さん、今のは見なかったことにして。ここに座っているのは、知的で、お淑やかで、奥ゆかしい淑女であって、強欲で、破天荒で、ちょっと下品な女商人とかじゃないから」
「ちょっと?」
アルジャンから再びツッコミが入りかけたが、もう一度蹴飛ばしてそれを制した。
それを見て、隊長が少し笑った後、咳払いをして気持ちを切り替えた。
「ご安心くださいませ。近衛隊は王族への忠誠心は当然として、武芸や馬術に通じ、なにより口の堅さが入隊基準になっております。王族の護衛、送迎をやっておりますと、どうしても口にしてはならない、見てはならない、そうした場面に遭遇することもままありますので」
煌びやかな衣装に身を包んだ近衛隊の皆さんもまた、それなりに苦労しているのだなとソリドゥスは感じた。
そして、それに甘えさせてもらった。
「そ、そう。なら、今日の事も忘れて」
「はい、心得てございます」
隊長は馬車の横の扉を開き、部下に昇降台を設置させると、ソリドゥスに手を差し伸べてきた。
貴婦人へのエスコートであり、ソリドゥスはそっと手を添え、ゆったりと馬車から降りた。
「上手く化けるものですね。口さえ閉じていれば、知的で優雅な美女にはなれますね」
「べ、別にあんたに褒められてもうれしくないわよ。ほれ、行くわよ」
「崩れるのが早いな~。エリザさんより、むしろ酷いかもしれません。あ、隊長さん、今のお嬢様の姿も記憶から消去しておいてください」
相変わらず一言多い従者であったが、嘘ではないので、その点は良しとしておいた。
召使の案内で屋敷に入ると、そこには見慣れた景色が広がっていた。なにしろ、この屋敷には半年以上通い詰めた記憶があり、二人にとっては見慣れた日常が帰って来たとも感じていた。
「思えば、よくもここに入れましたよね。すべての始まりは、お嬢様が“シンデレラ”を売り飛ばしたところから。よくぞここまで来たものです」
「それはそうなんだけどさ。結局のところ、二人の愛が本物になったからこそよ」
「そうなるように、三人で頑張りましたからね。お嬢様、これはお給金を期待さえせていただいてもよいという前振りですか?」
「ふふぅ~ん。期待してなさい。しっかり働いた分は払ってあげるから」
「なお、原資は“袖の下”の模様」
「一言多いのよ、あんたは!」
こうしてこの屋敷で他愛無い会話をしていると、今までの思い出が色々と甦って来た。
エリザへの手解きに、バナージュへの篭絡。二人を引っ付けるために、あれやこれやの珍騒動。終わってしまえば一年にも満たない時間であったが、ソリドゥスにとっては最高の時間であった。
特に、才能にうぬぼれていた自分の脆さを、横にいる口の減らない従者が気付かせてくれたのは、最高の修行となった。
商人としてやっていく上で、必要な経験を積むことができた。
そして、もうすぐそれらの集大成が始まる。
「さ、頑張って、後は国王陛下と息子夫婦の間を修復させ、みんなで笑って終わるわよ!」
「給料上げてくれたら、いつでも笑顔ですよ」
「茶化すな! 少しは真面目に応じてくれないの!?」
「俺はいつでも大真面目ですよ」
「あぁ~、はいはい。そうですね。あんたの言葉に嘘はないものね。ほら、とっとと行くわよ!」
ソリドゥスは自ら手掛けてた独自の“シンデレラ”の
そう、皆が望むゴールはすぐそこまで来ていた。
~ 第四十九話に続く ~
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