第47話  “見せる”お嬢様

 王都城下町にあるバナージュの別邸は、割と閑静な一角に存在する。周辺は貴族や富豪の屋敷があり、普段はあまり人が出歩かないような場所だ。


 なにしろ、周辺地区の住人は金持ちであるため、移動は基本的に馬車か乗馬によるものだ。


 だが、今は違う。圧倒的な人、人、人の山である。この地区以外の富豪や名士がバナージュの別邸に押しかけ、どうにか面会できぬものかと食い下がっていた。



「申し訳ございませんが、殿下は長旅でお疲れとのこと! 本日はどなたともお会いになりません!」



 門番の衛兵が何度も声を張り上げて叫んでいるが、人山が消えることはなかった。


 彼らとて必死だ。自分の一族、あるいは自分の店が、バナージュとの面会とその後の交渉で決するかもしれないからだ。


 だが、バナージュに言わせれば、それは非常に“醜い”行為でしかなかった。


 そもそも、バナージュは王位継承のレースに参加するつもりはなく、我関せずとばかりに芸術に勤しんでいたのだ。


 そのため、特に派閥形成もせず、日々、目をかけている画家や彫刻家との交流を第一とし、我が道を進んでいた。


 後継問題が本格化した時、貴族や名士、富豪達は第一王子グランテか、第二王子シークの下へ参じ、それぞれの派閥に所属していずれが相応しいかと対立していた。


 こうした事情もあって、バナージュの都落ちについては、当初はそれほど大した問題にもならなかったのだ。



「おいおい聞いたか? 第三王子のバナージュ殿下が農家の娘を娶るとかって話!」



「あれ? 嫁じゃなくて、寵姫じゃなかったっけ? どっちみち、物好きだわな」



「その件で、陛下となんかやり合ったとかで、勘当されちまったんだと」



「そりゃ、どこの馬の骨とも知れん娘と、殿下と釣り合うわけもなく、親として心配したんだろうけど、親不孝なことだ。陛下が嘆くのも無理ない」



「放浪の王子も、片田舎で逼塞して惨めな暮らしを余儀なくされるだろうよ」



 都落ち当初は、このように人々の噂に上がったが、結局後継問題に絡まない末の王子の話であり、すぐに話は消えていった。


 誰も期待もしておらず、普段から相手にもしていなかった者が大半で、どころか落ちぶれた王子とはどんなものかとわざわざ落ち行く姿を眺めるために、別邸近くまでやって来ては薄ら笑いを浮かべ、バナージュを見送った者までいたほどだ。


 また、贔屓にしていた芸術家達も、財も権限も失った後援者パトロンから離れた。


 ところが、ここから話が急転した。


 王位を争っていた二人の王子が揃って亡くなり、それぞれの派閥に属していた者達は、完全に行き場を失った。


 ここで、継承順番が低く、後継者レースに参加していなかった分家筋の者達が、我こそは次の国王になると名乗りを上げ出したのだ。


 これが大混乱の引き金となった。


 国王レイモンは二人の息子を同時に失ったことに衝撃を受け、床に伏し、事態を収拾するのが困難な状況となった。


 指導者不在の状況にあって、統制が効かなくなった後継者レースは混乱を極め、次々と現れる継承権保持者の登場に、誰も彼もが混乱した。


 誰に付けばいいのかと右往左往し、あるいは離合集散を繰り返し、ついには死傷者まで出す事態となった。


 これからどうなるのかと誰もが先行きに不安を感じていると、一つの噂が流れた。



「勘当されていたバナージュ殿下が復帰なされる。陛下が勅使を派遣し、復縁と立太子を要請した」



 当初はまさかと誰もが考えた。


 あれほど大喧嘩して勘当を言い渡し、ド田舎に実質追いやったにもかかわらず、いきなり太子として立てて、後継者にするのだろうか、と。


 噂の真偽は定かでないが、それを裏付ける動きが、王都で発生した。


 まず、近衛隊の騎兵に取り囲まれた馬車列が王宮から出立したのだ。これはバナージュ殿下を迎えに出掛けたのではと、すぐに噂が広まっていった。


 そして、極め付けがバナージュの別邸が動きを見せ始めたことだ。バナージュが都落ちしてから、別邸は封印されており、特に使われることなく放置されてきた。


 それが急に人の出入りが激しくなり、売り払われたはずの家具などが次々と運び込まれ、召使や衛兵の姿まで見られるようになった。


 これはいよいよバナージュが帰還すると人々は確信し、そして、別邸に多くの人々が集まったのが、現在の状況であった。


 実際、バナージュを乗せた馬車が姿を見せ、人々が集まる横をすり抜けて別邸の中へと消えていった。


 バナージュ帰還が本当であった以上、王位継承の話も現実味を帯びてきた。


 そうなるともう皆必至だ。



「私はカーナ伯のヴィットだ。殿下にお取次ぎ願いたい!」



「お取次ぎはできません!」



「ディアナ商会のデミルと申す。バナージュ殿下との面会をお願いしたい!」



「面会は無理でございます!」



「ヴィージ工房のレオンです。殿下には度々足を運んでいただいた贔屓の者です。どうかお目通りをお願いいたします!」



「ですから、殿下は誰にもお会いしないと!」



 別邸の門前では、ずっとこの有様が続けられていた。


 誰かが面会を求めては、衛兵がそれを止めて追い返し、また別の誰かが来ては、また追い返されるの繰り返しだ。


 今まで散々バナージュを影で小馬鹿にしていたのだが、今となってはそれが仇となり、ちゃんと付き合って来なかったツケが回って来たというわけだ。


 だが、それ以上にバツが悪いのは、むしろ付き合いのあった面々の方だ。


 知己であるにもかかわらず、都落ちの際に見送りにも来なかったり、あるいは後援者パトロンとして援助を受けていたにもかかわらず、ササッと離れてしまった芸術家など、どの面下げて会えるのだろうかと頭を抱えた。


 理屈としては、国王の不興を買い、実質的な追放処分にあった者と親しく出来るわけがない。距離を取って当然だ。こう考えるのが自然であった。


 だが、世間一般的な理屈とバナージュの感情が、方向の一致を見るわけではない。むしろ、裏切り者として激怒していると考えるのが普通だ。


 とにかく会って話さねばと、そうした割りとバナージュに近かった人々も集結していたが、誰一人としてあの衛兵の並ぶ門を越えた者はいない。


 このまま弁解する機会も与えられず、そのままバナージュが王位に就いた際、どんな報復が待っているのかと考えると、全身が震え上がっていった。


 それだけに、家門、商会、工房を代表して多種多様な人々がやって来ているのだが、色よい返事は誰も貰っておらず、それだけバナージュが怒っているのであろうと、ますます震えて上がった。


 そんな喧騒が繰り広げられている中、どこかの一団がやって来た。装備品から近衛隊の騎兵だと分かり、一台の馬車を護衛しているように見受けられた。


 わざわざ近衛隊の護衛を付けられているのだから、王家に関する重要人物ではないかとその場の人々の注目を集めた。


 馬車は屋根のついていないタイプで、乗っている者の姿が良く見えた。というより、見せ付けてきた、と評するべきであろう。


 乗っているのは二人。


 片方は女性だ。透き通った銀色の髪の持ち主で、それを奇麗にまとめて結い上げていた。瞳は水宝玉アクアマリンでもはめ込んでいるのかと思えるほどの澄んだ青をしていた。赤を基調とするドレスに身を包み、これでもかと言わんばかりに、首飾りネックレス半冠ティアラは宝石や貴金属で輝いていた。


 容貌は可憐と貞淑が程よく調和しており、少女から淑女へと変わる過渡期特有の独特な色香を醸し出していた。


 気品を感じさせつつ、知的で、お淑やかで、それでいて奥ゆかしく、そんな女性であった。


 その隣にはあまりぱっとしない男が座っていた。服装は立派であるが、美しき女性と並んで座っていては、余計に美的レベルの差が際立つと言うものであった。


 恐らくは従者か何かだろうと皆が考えたが、主人と思しき女性と同席できるのであれば、相当な信頼を得ていると言う事も推察できた。


 だが、それ以上に人々の注目を引いたのは、乗っている馬車に『パシー商会』の屋号が刻まれていたことであった。


 呆気に取られて見守る中、その馬車は堂々と別邸の門前までやって来た。



「これはソリドゥス様、お帰りなさいませ」



 恭しく頭を下げて出迎えてくれたのは、執事の老紳士であった。バナージュにとっては母親の代から仕えてくれている忠臣であり、別邸の切り盛りを任せていた。


 都落ちの際は一時的に隠居したものの、バナージュを呼び戻す使者として派遣され、説得に成功するとそのまま別邸に戻り、バナージュを出迎える準備をしてくれていた。


 人だかりの中には別邸を訪れた経験のある者も含まれており、老紳士の立ち位置を知っている者もいた。その老紳士が馬車で現れた女性に対して、「お帰りなさいませ」と述べた。


 これが衝撃を与えた。


 普通、外からの来客を執事が出迎えるのであれば、「ようこそお越しくださいました」あたりの声掛けが適切だろう。


 だが、かけた言葉は「お帰りなさいませ」だ。


 つまり、執事にとって、その後ろにいる屋敷の主人であるバナージュにとっては、あの女性は身内も同然ということが、ほんの僅かな会話の中から漂わせていた。


 そうした呆気に取られる人々に一瞥もくれず、ソリドゥスは老紳士に話しかけた。



「執事さん、お久しぶりですね。こちらの用事も終わりましたので、バナージュ殿下と今後の打ち合わせに参りました。お目通り願ってもよろしいでしょうか?」



 いつになく落ち着いて優雅に話すソリドゥスに、老紳士は笑顔で応待した。



「もちろんでございます。殿下はソリドゥス様に対して閉ざす門扉はない。いつでも参じよ、と仰せにございますれば」



 老紳士がそう言うと、衛兵も閉ざされていた門を開いた。


 開かれるのを確認した後、護衛の騎士が進み、ついでソリドゥスの乗る馬車もこれに続き、別邸の敷地内へと入って言った。


 当然、周囲は騒然となった。


 決して開かれる事のなかった閉されし門が、たった一人の女性によって開かれ、すんなりと中に入ることが許されたのだ。


 驚くなと言う方が無理であった。



「どうなっている!? 誰だ、あの女は!?」



「あの馬車! パシー商会の名が刻まれていた! なら、商会の関係者か!?」



「ああ、思い出した! あの娘、たしかパシー家のお嬢様だ! 名前は確か、ソリドゥス、だったか?」



「ってことは、パシー商会はすでに、バナージュ殿下への渡りを付けていたということか!?」

 


「それにしても、いくらなんでも早すぎる! こちらがいくら願い出ても面会が許されなかったのに、すんなり許された。ならば、相当前から接触を図っていたはずだ」



「パシーめ、グランテ殿下やシーク殿下の誘いを両方とも断り続けて、どっち付かずの態度でいたのに、実はバナージュ殿下に張っていましたってか!?」



「あの状況で普通賭けるか!? 勘当されて都落ちだぞ!?」



「だが、実際に面会ができている。博打に出て、それに勝った、というわけだろうよ」



「それに護衛に近衛隊が張り付いていたのだ。あの娘が今回の最重要人物だと、陛下も認識なさっているのかもしれん」



「だが、このままでは御用商人の席が、パシーと、その息のかかった所にしかいかなくなるぞ!」



 ソリドゥスの“見せる”一撃により、別邸前に集まっていた人々にさらなる動揺を与えた。


 議論を続けて状況整理にあたる者、とにかく自分も会わせろと再び衛兵に掛け合う者、いっそパシー商会に渡りを付けてもらえるよう仲介を頼もうかと考える者、とにかくソリドゥスの存在が喧騒をさらに騒々しくしたのであった。



         ~ 第四十八話に続く ~

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