第46話  理想と現実

 兄レウスからの激励を受け、ソリドゥスは飛び上がるかのような軽い足取りで執務室から廊下に出た。そこには幼馴染であり、従者でもあるアルジャンが待っていた。



「そのご様子では、若旦那様との話し合いも良好なようで」



「そりゃあもちろん♪」



 勝ち誇ったようにソリドゥスは言い放ち、これまた軽い足取りで廊下を進んだ。



「まあ、実際のところ、万馬券を当てたようなもんだしね。“幸運の牝馬”が一気に周囲を抜き去って、そのままゴールってところまできてるんだもの。あとは落馬せずに駆け抜けるだけ」



「最後の大仕事ですね。あとは、バナージュさんがへそを曲げないように気を付ければ、といったところでしょうかね」



「そうよね。あくまで、みんなが納得する終わらせ方にする。少なくとも、私を含めた五人が笑顔になれる終わらせ方にはしたいわ。単純に王位に就けただけじゃ、バナージュが嫌がるでしょうしね。国王陛下としっかり和解させ、双方納得の上での譲位が望ましいわ」



 王位に就けるだけならば、すでに道筋はできている。このまま王宮に乗り込んで、さっさと王位を譲って隠居してください、とでも言ってしまえば済む事なのだ。


 だが、それでは納得しない連中が多い。


 特に最重要かつ下手をすると爆弾になりかねないのが、エリザの扱いについてだ。


 もし、バナージュがこのまま王位に就いた場合、その妻であるエリザは王妃と言うことになる。たかが農民の娘が王妃など言語道断、などと思う貴族はいくらでも出てくるだろう。


 バナージュ自身はエリザを溺愛しており、そのために彼女を侮辱した兄王子の態度に我慢がならず、父親ともケンカをして都落ちまでしたのだ。


 扱いを間違うとその再現にもなりかねず、慎重に事を進める必要があった。



「だからこそ、エリザのことを陛下がお認めになり、二人の結婚は問題なしと勅命によるお墨付きが必要なのよね」



「ですが、あまり心配しすぎでは? お二人の“天賦ギフト”で運気が上昇してますし、いい方向に動くかもしれません」



「だといいんだけどね」



 具体的な数字や範囲が書き込まれていない以上、“天賦ギフト”による運気上昇を過信するわけにはいかなかった。


 あくまで、ここから先は交渉次第。鑑定士でも、友人としてでもなく、商人として交渉に当たり、最大利益を生み出して、そのおこぼれを頂戴する。それを完遂するのだとソリドゥスは意気込んだ。



「一番心配してるのはね、一発こっきりの能力だった場合なのよね」



「というと?」



「前回、エリザとザックが結婚した時、【内助の功】は発動した。ザックが結婚直後からトントン拍子に出世したんだからね。でも、そこで打ち止め。あれ以降、ザックに凄い幸運やら好機がやって来なかったから」



「まあ、あの二人の場合は仲が悪かったというのもありますから。新婚一ヵ月目くらいには、結構やり合っていたような気がしますけど」



 アルジャンの話を聞き、ソリドゥスはそれもそうかと思い直した。


 それに、バナージュの【愛妻家】の件もある。伴侶の“天賦ギフト”を向上させる能力であるから、再装填されるかもしれないし、愛情が色あせぬ限り半永続化することも考えられた。


 まだまだ未知の部分が多く、即断はできないなとソリドゥスは思った。



「そう言えばお嬢様、実家の方に戻られた理由はなんでしょうか? 旦那様や若旦那様への報告でしたら、それこそ全部片付いてからでもよかったのでは?」



「理由はあれ」



 アルジャンの質問に対し、ソリドゥスは窓の外を指さした。


 アルジャンは窓からその指で差している方向を見てみると、そこには馬車があった。外装はなかなか豪華に作られ、見事な装飾を施されているが、屋根のないタイプの馬車であった。



「パレード用、ですか。要は、乗っている人の姿をお披露目するための」



「そうそう。お兄様に手紙で知らせて、事前に用意させたの。アルジャン、今度はあれに乗って、別邸に向かうわよ」



 わざわざ実家に戻ってまで乗り換えるのであるから、何か意味があるのだろうとアルジャンは考えた。


 そして、すぐに気付いた。



「なるほど。そういうことでございますか。お嬢様もお人が悪い」



「フフッ、当然でしょ? こっちはお兄様に借金返さないといけないんだから。あの馬車で、しっかり稼がせてもらうわよ」



「だからお人が悪いと言ったのです」



「違いますぅ~。私は当然の権利、当たり前の役得を享受するだけですぅ~」



 アルジャンをして悪い事を言わしめたそれを、ソリドゥスは悪びれもせずに実行すると言ってのけた。そのあたりは商人としての発想と、従者としての心配にズレがあると言わざるを得なかった。



「ほれ! さっさと着替えるわよ。ちょっと長旅だったから、衣装が汚れちゃっているし、正装に着替えるわよ~」



「お嬢様、目立たれるのでしたら、盛装の方がよろしいのでは?」



「それはあんたが着なさい! あたしはねぇ、こう、知的で、お淑やかで、それでいて奥ゆかしい、そういう貴婦人の格好で」



「寝言は寝てから言ってください。お嬢様の性質を全反転させるつもりですか?」



 やかましい、と言わんばかりに“お淑やかな”お嬢様は、従者に蹴りを一発入れ、ズカズカと歩いてドレスルームへと歩いていった。


 アルジャンもそれに続き、廊下を急ぎ足で進み、主人の後を追った。



         ~ 第四十七話に続く ~

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