第45話  兄と妹

 パシー商会の執務室には、満面の笑みを浮かべた少女と、それを苦笑いしながら眺める青年がいた。



「どうです、お兄様! 私、勝ちましたよ♪」



 どうだと言わんばかりのドヤ顔で報告するのはソリドゥスであり、その報告を受けるのは兄のレウスであった。

 レウスは不敵な笑みを浮かべつつ、参ったと言わんばかりに両手を軽く上げた。



「見事、としか言えんわな。お前からの手紙を見たときは半信半疑であったが、こうも見せつけられては、信じるよりあるまいて」



 レウスは賭けに負けた。よもや当たるはずのないと考えていた万馬券が見事に的中し、妹に完敗したのだ。


 なにしろ、誰も見向きもしなかった第三王子バナージュに賭け、そして、バナージュが次期国王に指名されるというところまで話が進んでいた。


 誰も張っていない、ソリドゥスただ一人が張っていた万馬券だ。その価値は計り知れなく、自分も含めた誰もがそのおこぼれに与りたいと思うほどだ。


 とてつもない大当たりであり、妹の話した“幸運の牝馬”が本物であることを思い知らされたのだ。



「まさか、こんな万馬券を当ててしまうとはな」



「そうですね~。最終コーナーを回って、最後の直線に入ったところで、“幸運の牝馬”は最後尾。されど、先行する馬がなぜか次々と転倒し、それを横目に先頭に躍り出るってところでしょうか」



「おお、そんな感じだな。こんなことなら、全部お前に任せずに、私も一口乗っておけばよかったぞ」



 レウスとしては妹の持つ“最強の目”を、ものにできなかったことが残念で仕方がなかったが、妹の力量を知ることができたので、それはそれでよかったと考えていた。


 飼い殺しにするよりも、もっと大きな舞台でこそ駆けるべきだと、その実力をしかと認めた。


 しかし、ソリドゥスは気を抜かない。笑顔を真顔に変え、グイッっと兄に向かって身を乗り出す様に顔を出した。



「ですが、まだ最後の大仕事が残っています」



「うむ。陛下と殿下の和解、さらに言えば、陛下とエリザの仲を落ち着かせることができるか、だな」



「殿下はエリザにベタ惚れです。エリザを侮辱されて、王族の身分を捨ててしまえるほど、その想いは強いです。なので、親子関係の修復は、嫁の扱いをどうするか、これに尽きます」



 ここでも気を抜けない。ここをしくじって、今までの労苦をフイにする可能性もあった。

 ゆえに、ソリドゥスは今まで以上に真剣に状況を分析した。



(おそらく今頃は、あの醜い豚共の情けない姿を見て、辟易していることでしょうね。気分が萎えたところに、陛下との会談次第でデカン村に帰る、なんてことにもなりかねない。最後の最後まで気を抜くわけにはいかないわよ)



 ソリドゥスはさらにやる気をみなぎらせた。


 なにしろ、ここが最後の関門なのだ。細く歩くのがやっとな道をゆっくりと進み、どうにか目的地の近くまで到達したのだ。


 ここでしくじってすべてを失うのだけは避けたかった。


 そして、細い道を抜けた先には、“御用商人”という輝かしい未来が待っている。


 今までの苦労が吹き飛ぶと言うものであった。


 ソリドゥスの頭の中には、輝かしい未来予想図が描かれていた。


 煌びやかな宮殿に、玉座に腰かけるバナージュとエリザ、そこに侍る形で自分が立っており、オススメの商品を国王と王妃に売り付ける。


 などと考えると、今までの苦労が消し飛ぶ思いであった。


 思わず涎を垂れそうになったが、そこは寸前のところで堪えた。仮にも大商会の御令嬢には、あまりに相応しくない風貌であったからだ。



「ああ、そう言えば、お父様はどちらに?」



「忙しくなると言って、あちこち飛び回っているぞ。お前が大博打に勝ったから、商工会の勢力図に多大な影響を与えそうだからな。その調整や今後の準備に励んでいるよ。まあ、体よく書類仕事を押し付けたとも言えるがな」



 レウスは苦笑いしながら、自分の机の上にある書類の山を見つめた。


 見事なまでの書類の山であり、それをきっちりこなせという父親からの無言の圧力であり、後継者としての責務であった。


 いずれは後継者として大商会を切り盛りする身としては、避けては通れぬ雑事であり、華々しい活躍の裏ではこういうこともあるのだと、ソリドゥスはしみじみと感じ入った。



「まあ、お兄様、頑張ってくださいな。そろそろ一人で切り盛りできるようにしろ、っていう無言の圧かもしれませんね」



「ははは、父上らしい。まあ、お前も自分の店を持ったら、そうなる運命だし、覚悟しておくんだな」



 兄からの激励は、何よりの言葉であった。


 自分の店を持つ、そして、偉大な祖父に並ぶ大商人になる。その夢に対して、ようやく出発点に立てることを意味していたからだ。



「では、お兄様、行ってまいります。あちらで住み込みになるかもしれませんので、数日は戻らないかと思います」



「おう、成果を期待しているぞ。何かあったら、すぐに知らせろ。できれば、“御用商人”の免状と一緒に戻って来い」



「はい!」



 兄からの激励の言葉を貰い、意気揚々とソリドゥスは部屋を出ていった。


 いよいよ最後の大仕事だと、期待に胸を躍らせながら、少女は廊下を進んで行った。



         ~ 第四十六話に続く ~

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