第44話  王都帰還

 特に何事もなく馬車での旅が終わり、およそ三ヵ月ぶりに王都帰還を果たした。


 近衛騎士の護衛を受けた馬車列が城門をくぐり、城下町に入ると、さすがに人々が何事かと注目を集めることとなった。



「まあ、さすがに三ヵ月程度ですから、そこまでの変化は見られませんね」



 車窓から見える光景に、エリザは思ったほどの混乱はないようだと安心した。聞いていた話だと、王位継承権者が裏に表に騒動を繰り返し、死傷者まで出したと聞いていたので、もっと物々しいものかと思っていたのだ。



「でもなんか、ピリピリしている感じでしょうか。兵隊さんが多いような」



 デナリが不安げに窓の外を眺めてそう言った。指摘されてみれば、どうにも帯剣して歩いている者が多いようにも感じた。



「あれは貴族の私兵だな。服に所属する貴族の家紋の意匠が施されている。街中での帯剣も認められているし、やはり空気が重いな」



 表面的には収まってきているのかもしれないが、まだ正式に誰になるとも公表されていないはずなので、水面下での綱引きは行われているのだろうとバナージュは見ていた。


 そこに護衛部隊を率いていた隊長が、バナージュの乗る馬車に馬を寄せてきた。バナージュは窓を開け、少し顔を出した。



「殿下、長旅お疲れ様でございました。このまま予定通り、別邸の方に向かってよろしいでしょうか?」



「ああ。そうしてくれ。それと、陛下にも王都に到着したとの伝令を出しておいてくれ」



「はっ!」



「あと、後ろの馬車、パシー商会に寄ってから別邸の方に来ることになっているから、警備の者にもちゃんとその旨伝えておいてくれ」



「畏まりました!」



 バナージュが窓を閉めると、隊長は周囲の部下にいくつか指示を飛ばした。何騎かが走り去って行くのが見え、さらに後ろの馬車も別の道を進み、ここでお別れとなった。



「あぁ~、ソル姉様、ちょっとの間、お別れです~」



 デナリが車窓を覗き込むと、もう一つの馬車が離れていくのが見えた。ちょうどソリドゥスが窓を見ていなのでそちらに手を振ると、視認できたのか手を振って応じてくれた。


 そして、数騎に護衛された馬車の姿が見えなくなるまで覗いた後、デナリは再び視線を同乗する二人に戻した。



「まあ、あっちもあっちで大変だからな。出資者への報告もあるし、今後の打ち合わせもあるのだろう」



 バナージュが何気なしに漏らした言葉であったが、ここから先は商人達の生き残りをかけた熾烈な戦いが待っているのだ。


 なにしろ、商人からすればここが稼ぎ時であり、その波に乗れなかった店は容赦なく負けの烙印を押されてしまうからだ。


 “御用商人”の看板は非常に強力だ。なにしろ、王宮で王族相手に商売ができるのであるから、誰しもがその許可証を欲しがる。


 これをどうするかは王族の匙加減一つであり、そのため王族に取り入って許可証の発行を求める商人がいくらでもいるのだ。


 面倒事を頼まれることもあるが、それ以上の利益や美味しい情報にありつけるため、それなりの規模の商会ならば“御用商人”を目指して動くのが常だ。


 そして、その転換期が到来したと言ってもよい。


 現国王は病気の事もあるのでそろそろ隠居を考え、次期国王は第一王子か第二王子になるはずであった。そのため、貴族や商人はどちらかに取り入り、最終的に甘い汁を吸おうとしていたのだ。


 ところが、そのどちらもが突然亡くなり、有象無象の後継候補が飛び出しては消え、収拾がつかない状態になった。


 貴族にしろ、商人にしろ、誰を支持して取り入ればいいのか分からない状態になり、離合集散を繰り返す醜悪極まりない状態になった。


 そこに颯爽と現れたのが、都落ちしていた第三王子のバナージュである。


 実はバナージュ、王族権限の一つである“御用商人”の指名や推挙というものを、一度も使って来なかったのだ。


 せいぜい目を付けた芸術家の工房アトリエに足を運び、それを宣伝することで、特に任命したわけではないが王族贔屓の店である“準御用”と喧伝したくらいであった。


 つまり、“御用商人”の枠が王位継承と同時に、ガラガラになることを意味していた。


 バナージュもその点は思い至っていたが、どうしようかとも特に考えてもいなかった。


 はっきり言って、自分をコケにした連中、愛するエリザを蔑んでいた連中なのである。なんでそんな連中などと付き合わねばならないのか、という感情でいっぱいであった。



(一番辛い時に付いてきた者こそ、本当に信における者だ、ということだが、そうなると、私にとってのそれはエリザ、ソリドゥス、デナリ、アルジャンだな。あとは爺やくらいか)



 随分と少ないなと自嘲しつつも、それらの人々には必ず報いねばとも考えていた。


 特に、ソリドゥスに対してはエリザとの間を取り持ってくれたこともあるので、特段の配慮が必要だとも考えていた。



(そうだな。ソリドゥス商会(仮名)には“御用商人”の許可証の発行をせねばならん。それと、実家のパシー商会に対してもそうする必要がある。ひとまずは、それだけでよいか。パシー商会が入っていれば、大抵の品が手に入るし、不自由はすまい)



 そうこう考えていると、馬車は城下町を進んで行き、別邸の近くまでやって来た。


 するとどうだろうか、その別邸近くに黒山の人だかりが出来ており、屋敷の警備に当たっている衛兵がその整理に難儀している姿が見えてきた。



「ああ、これはいかんな」



 予想していたこととはいえ、どうにも自分が戻ってくることがどこからか漏れていたようであった。


 つまり、あの人々は次期国王に対しての、ご機嫌伺いだと察した。



「エリザ、デナリ、毒気に当てられるかもしれんが、よく見ておいた方がいい。ある意味で見物だぞ」



 そう促され、二人は車窓からその人の群れを眺めた。


 そして、吐き気を覚えた。


 屋敷の豪華な馬車と護衛騎士が近付いていることに気付き、人々が次々と頭を下げたり、あるいは笑顔を見せながらヘコヘコしたりと、実に“見苦しい”と感じる姿をみることができた。


 中には、都落ちする際に、出発する馬車を嘲笑ともに見ていた者も幾人かおり、なんという恥知らずかとバナージュを憤らせた。



「これが人間と言うやつだ。昨日は友人面していながら、今日は唾を吐きかけ、明日にはまた媚びを売ってくる。ああ、見るに堪えん連中だ!」



 バナージュはカーテンを閉じ、さらに怒り任せにドンッと足を踏み鳴らした。ここまで怒っているバナージュを見るのは二人にとって初めてであり、さすがに驚いた。


 普段は温厚な貴公子だけに、怒らせると相当なものなのだと思い知らされた。



「ああ、やはり信用できる者はデカン村にいた者だけだな。王位なんぞよりも、あちらでの暮らしが望ましくなってきたぞ」



 豪奢な牢獄より、泥だらけの自由をバナージュは求めた。


 だが、決断したからにはもう後戻りはできない。混乱する王国を救うと決めたのに、ここで引き返してはあまりにも格好が悪い。


 隣に座る妻に笑われるのだけは絶対に避けたかった。


 自分が大いに付けば、こうした空気を変えれるのだろうかと考えつつ、馬車に揺られて屋敷の敷地へと進んで行った。



         ~ 第四十五話に続く ~

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