第40話 条件
バナージュは決断した。混乱する王都を鎮めるため、新妻との新婚生活に終わりを告げ、混沌とする都へ戻ることを決意した。
「バナージュ、帰還することには、私も反対いたしませんが、条件がございます」
エリザは帰還するための最低限の条件を考え付いた。それを果たせないのであれば帰還はない、そう言いたげな雰囲気を出し、老紳士に迫った。
「まあ、当然でございましょうな。その条件とやらを承り、陛下にお伝えいたしましょう」
「まずは、陛下からバナージュへの“謝罪”です。非公式でも結構ですので、バナージュの妻を侮蔑したことに対して、バナージュに謝る事。これが第一」
非公式で、しかも自分ではなく、バナージュへの謝罪としたところが、エリザの機転であった。
もし、公式の場でエリザに国王が謝るなどと言うことになったら、それこそ秩序が瓦解しかねない危険性を孕んでいた。なにしろ、一国の王が庶民に頭を下げたもの同然であり、権威や体面が潰れてしまうことが明白であった。
そこで、非公式かつ息子への詫び、という形で収めようと考えたのだ。国王としては体面を保てるギリギリの線で、同時にバナージュも謝罪を得たことで留飲を下げれる。
両者がギリギリ許容できる線引きを用意したのだ。
「第二に、バナージュの後継指名は公表を控える事。公表するのは後です。陛下とバナージュが対面し、それで決したと演出いたしますので、そこまでは黙していただきたいのです」
やはり一度親子でちゃんと話してから決めるべきだ、というエリザの発想であった。
混乱を納める道筋は定められているようなものだが、それでもちゃんと当事者同士が話し合い、それで決めねばならないという思いがあった。
そうであってこそ、第一の条件である謝罪が意義のあるものとなる。
「最後に、第一と第二の条件を満たした後、私の事を公表いたします。そして、国王陛下の勅命を以て、両者の婚儀を認める布告を出していただきます」
これは自分の身を守る最低限の条件であった。
バナージュが認めていようと、自分がただの農村の娘、一般庶民であることは変わりないのだ。出自の件でとやかく言う輩が出てくる可能性があった。
それを封じ込めるために、国王が公式にそれを認めたと喧伝し、余計な雑音が発生しないように手を打つ必要があるとエリザは判断したのだ。
「以上の三つが、こちらの提示する条件です。これを了承しないのであれば、バナージュの王都帰還はないとお考え下さいと、陛下にお伝えください」
夫の名誉を回復させ、国王と王子の和解を成し、自分の身を守る。エリザが考えた最低条件であり、呑むことが十分できる内容の条件であった。
それに対して、バナージュは無言で頷き、妻の出した条件に不服なしと承認した。
本当に戻るための最低条件であり、ここに金銭や身内の出世などを乗せない辺り、エリザの控えめな態度が出ていると言ってもよかった。
だが、その場には強欲な者が存在した。
「はい、ダメ~。その条件じゃ、ダメ~!」
横槍を入れてきたのは、ソリドゥスであった。
「ちょっと、ソリドゥス!? ここは良い雰囲気のまま、『承りました』って執事さんを納得させ、王都に送り出すのが良いのでは!?」
「ごめんね~、エリザ。あなたの出した条件は妥当な物だし、凄く控えめで好感も持てるんだけど、残念なことに“穴”があるのよね」
「穴、ですか?」
機転の利くソリドゥスのことだから何かに気付いたのだろうが、エリザにはそれが分からなかった。他の三人も同様のようで、どういうことなのかとソリドゥスに視線が集中した。
「暗殺」
「暗殺!?」
「さっき、執事の話を聞いてたでしょ? 王都で殺傷事件、王位継承権者が死傷したって。それがバナージュに降りかからないとでも?」
まさにその通りであった。ソリドゥスの危惧したように、もしかするとバナージュが襲われて、殺害されるかもしれない、という危険性が潜んでいるのだ。
王都は現在、絶賛混乱中であり、治安が著しく悪化している。王位継承権者からすれば、まず順番的に回ってこなかったと思っていた王位が、後継最優先候補であった二人の王子の突然の死により、いきなり回って来たことを意味する。
国王は病気がちでその内崩御する可能性も高く、多少無理してでも競争相手を排除してしまえば、自分に王位が回ってくる。
そして、王様になった後はそうした裏工作の証拠を潰して回り、自己の正当性を確固たるものにする。
そう考える輩がウヨウヨいるのが、現在の王都の状況なのだ。
「そ、そうでした! その危険性を考えておりませんでした!」
「でしょ? だから、まず執事さんには帰って王様に報告してもらって、先程の三つの条件を呑んでもらう。で、その証として、護衛付きの馬車を用意してもらうのよ。そうね~、人を乗せる馬車が二台と、荷物を乗せる荷馬車が一台、護衛には近衛隊から選りすぐりを二、三十人ほど付けてもらいましょうか。それと、滞在する予定の王都の別邸の方に衛兵も常駐させて、バナージュが到着する前には奇麗に“掃除”をしておくこと」
実に慎重な判断であり、ソリドゥスの抜け目のなさに一同は感心した。
実務的な事に関しては、やはりソリドゥスが一番だと認識することとなった。
「ソリドゥスの判断は妥当だな。爺や、すまんが今のも条件に加えて、伝えておいてくれ」
「畏まりました、若。では、一足先に王都に帰還し、その旨を陛下に奏上しておきます。別邸の掃除や切り盛りは私にお任せください」
老紳士としては、急に力が湧いてくる感じがしてきた。すでに終わったものかと持っていた老体に、よもや若君より大任が下されたのだ。
こここそ最後の御奉公だと奮い立ち、全身が高揚感に満ちていった。
「爺や、すまんな。残念なことに、私にとって信用できる者というのが少ないのだ。この部屋にいる者だけが信用に足る者なのだ」
「光栄にございます。いやはや、別邸の整理が最後の御奉公と思って励みましたら、また別邸にお戻りになられ、今度は国王として立たれるとは思っておりませなんだ。そうと分かれば、この老骨も奮い立つというものです。若が至尊の冠を頂く姿を母君に報告し、以て本当の最後の御奉公といたします」
「そうだな。そうしてくれると、亡き母上も喜ぶことだろう。爺やが老病に犯される前に、すべてを手早く片付けてしまおうか」
「なんの! 五年でも十年でも励みますぞ!」
枯れていた体に生気が戻って来たかのように、老紳士は威勢のいい声を上げた。
その意気込みにその場の全員が笑った。
「あ、でも、バナージュ、この部屋の中の人が信用に足るんなら、アルジャンが除け者じゃ~ん」
「おお、しまった。ついうっかりしておった! アルジャンも信用できるぞ!」
「アルジャ~ン! 早く飲み物持ってきなさい! 早くしないと信用がガタ落ちよ!」
ソリドゥスの声に、再び笑いが起こった。この顔ぶれが揃うと、かつての別邸での一幕が思い出されるようであり、それがまた戻ってくるという喜びもあった。
「あ、そうだ! 王都に戻るんなら、もう一つ頼まれて欲しいものがあるんだったわ!」
ソリドゥスは急に席を立ち、矢のごとく部屋を飛び出していった。
~ 第四十一話に続く ~
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