第39話  忠臣

 使者を叩き出してから半月は、特に何事もなく平穏な日々が続いた。


 ド田舎の村にいる以上、情報収集もできず、とにかく情勢がいい方向に流れるのを願いつつも、いつも通り農作業に明け暮れた。


 そして、その変化と言うものがやって来た。再び使者が来訪したのだ。


 ただし、前回は早馬で駆け込んできたのに対し、今度は馬車でのご登場であった。


 かなり豪華な馬車であったので、もしや本気で国王直々に来たのかと焦ったが、馬車の装飾からそれは違うなと判断した。


 国王の座乗を示す印綬がなく、別の誰かが乗っているのだとすぐに分かった。


 さて、誰が来たのかといつもの五人組も、村人達に混じって出迎えることにした。


 馬車の扉が開き、中の人物の姿が見えると、あちこちから驚きの声が上がった。



「爺やではないか!」



「若、よもやここまで早い再会になろうとは思いませなんだが、老骨に鞭打って参上いたしました」



 出てきたのは、王都でバナージュの別邸の切り盛りをしていた執事の老紳士であった。



「それに、老けてしまったが、見知った顔もまだ生きているようだな、老いぼれ諸君!」



「おお、抜かしおるわい!」



「よう、久しぶり!」



 老紳士の声に、幾人かの村のご年配が笑いはじめ、懐かしい隣人の登場を歓迎した。


 そもそも、この老紳士はバナージュの母であるミラが輿入れで王都に移動する際、供廻りとして一緒に向かい、以来母と子の二代に渡って仕えてきたのだ。


 そのため、デカン村は老紳士にとって二十数年ぶりの帰郷であり、何人も見知った顔ぶれがいるのだ。



(なるほど、上手い人選だわ。この老紳士ならば、村人からは歓迎されるし、バナージュも忠義の老臣を無碍には扱えない。説得を試みるのなら、これ以上にない人材ね)



 こういう抜け目のなさはさすがかと、ソリドゥスは国王の差配に感心した。


 現に村人は懐かしの“元”村人を温かく迎え入れているし、バナージュも実に嬉しそうな顔をしていた。エリザ、デナリ、アルジャンにしても、別邸に逗留中は色々と世話になっていたので、こちらも歓迎の意を示していた。


 この辺は国王の目算通りといったところであった。



(でも、逆に言えば、このくらいの狡い手でないと説得できないと考えてのこと。あるいは、王都の方もいよいよ逼迫してきたのかしら)



 やはりド田舎では情報の量に限りがあるため、その点では不利になるなと、ソリドゥスは改めて考えた。


 王都に戻る必要はある。だが、同時にこれは交渉カードでもあるのだ。


 いかに国王から有利な条件を吐き出させるか、それが今日の仕事となると、ソリドゥスは考えを巡らせた。


 バナージュに案内され、老紳士は屋敷へと足を踏み込み、懐かしそうに内装を眺めた。



「奇麗に磨きはしたが、内装はほとんど昔のままだ」



「そのようですな。いや、懐かしい! ここで働いていた頃を思い出します」



 自然と涙があふれて来たのか、老紳士は袖で目元を拭い、また視線をあちこちに泳がせた。二十数年ぶりの故郷、あるいは元の職場。思うことも色々とあるのだろうとバナージュは感じた。


 そして、今へと通され、そこのテーブルと椅子に腰を下ろした。


 円卓であり、五人で食事をとれるようにと五つの椅子があったが、今日は老紳士がいるために椅子が一つ足りなかった。


 そこでソリドゥスが視線をアルジャンに向けると、すぐにそれを察した。



「あ、飲み物、用意してきますね」



 そう言って、アルジャンは今を出て台所へと向かった。


 これで五人。出ていったアルジャンを除けば、全員が着席できた。



「さて、爺や、積もる話もあるだろうが、どうにも王都が面倒な事態になってきているようだが、爺やが私を迎えに来るほど危険なのか?」



「はい、残念なことに」



 老紳士としても、僅かな時間で豹変してしまった王都の状態に、心を痛めていた。なにしろ、王都に移り住んでから二十数年になるが、今ほど危険だと感じたことがなかったのだ。



「上の王子お二人がお亡くなりになった件は御存じでしょうが、それ以降、治安も雰囲気も悪くなる一方でございます」



「具体的には?」



「現在、国王陛下は病気がちで、政務をとることもできなくなっております。そこはまあ、重臣の方々がどうにか回しているのですが、問題はやはり後継者問題でございます」



「そうだろうな。後を継ぐべき直系男児が、いなくなってしまったのだから」



 長男次男はそれぞれが潰し合って命を落とし、三男は勘当されて都落ちとなっている。次期国王が誰なのか、まったくの白紙に戻っている状態であった。



「そのため、王家の分家筋の人々が、我こそが次期国王だと名乗りを上げ、派閥形成に動き出したのでございます」



「兄上達と同じ愚を犯すつもりか……!」



「いえ、それよりさらにひどい状態です。それなりの勢力を持っている方だけで、十人はいます。末梢の方まで入れると、三十は届きそうな数でございます。そのため、離合集散が毎日のように繰り返され、誰が敵だ味方だと分からぬほどに混乱し、殺傷事件も多発しております」



「兄上達ほどの“核”になれる力ある象徴がいないからか。思ったよりひどそうだな」



 バナージュもある程度は覚悟していたが、老紳士の話から察するに、予想を超える酷い状態になっていると認識した。


 そして、それを収集できるとすれば、自分が王都に赴き、父の口から正式に王太子として立てられ、混乱に終止符を打つことが唯一の道だと言う事にも気付いていた。



「爺や、陛下の御病状はどうなのだ?」



「一時期に比べて小康状態にはなっておりますが、やはり政務をとれるほどには回復しておりません。とてもこの状況を解決するために指導力を発揮するには、弱ってしまっていると判断いたします」



「ふむ。そこまでか」



 帰らねば国が割れる。事態はそこまで逼迫していた。


 だが今更、王都に戻る気も失せていた。愛するエリザを貶した相手の所へ、なぜ戻らねばならないのかと反発心が魂の中で疼いていた。


 今はエリザとの生活だけを考え、闊達で楽しい新妻との家庭を作り、気の合う友人達との一時を過ごせるだけで幸せであった。


 それを放棄してまで、欲望渦巻く王都に戻る必要はあるのかと、思い悩むのであった。


 自分だけ幸せを掴むのか、溺れそうな国を救うのか、選択は二つだ。



「バナージュ、決断するのはあなたでございます」



 悩める夫を察してか、エリザからの激励が飛んできた。


 いつもの五人組には上下無し。対等に付き合っていると言ってもよい。だが、いざと言う時に決断を下すのは、他でもない自分自身なのだと、バナージュは認識していた。


 エリザの雰囲気から察するに、どちらを決断しようとも、異を唱えることはないとバナージュは見ていた。言ってしまえば、決断する“内容”よりも、決断する“人”を見ているのだ。


 夫がどう決断するのか。何を基準にし、何を価値判断して決断するのか、それを見ていた。


 ならば、答えは一つだ。“人”として、それは間違いではないと信じて。



「爺や、私は王都に戻ろう。混乱を鎮めれるのが私しかいないのであれば、そうするべきだ」



「おお、誠にございますか!」



「男に二言はない。間違いなく王都に帰還しよう。あそこには私を見捨てた友人も多いが、焼かれるには惜しい芸術品が多く存在する。それらが台無しになる前に、なんとかしなくてはな」



「若らしいお言葉でございますな」



 バナージュの決断に感謝し、老紳士は深々と頭を下げた。


 またエリザもこの言葉に満足してか、笑顔で頷いていた。


 美術品云々は方便であり、結局は“人”を救いたいのだろうと察したからだ。なんだかんだ言って怒ってはいても、結局自分の夫は“甘い”のだと。


 ならば、少々煙たがられようとも、自分が“厳しく”あって、夫の甘さで緩んだ部分を引き締める。それが自分の役目なのだと、エリザは悟った。



          ~ 第四十話に続く ~

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