第37話 再訪
翌日、王都からの使者が再び現れた。
前日同様、供もなく一人であったが、礼儀正しい態度になっていた。
騎乗しながら村内に乗り入れるようなことをせず、一度村の入口で下馬した後、手綱を引っ張って馬と一緒に歩きながら村に入って来た。
「先日は失礼いたした! こちらは王都より使い番として参った者だ! ご領主への面会を所望する!」
使者は村の広場で声を張り上げ、さてどうしたものかと集まっていた村人が顔を見合わせながら、ガヤガヤと言葉を交わした。
そんな中、一人の少女が進み出て、使者にペコリと頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました、御使者の方。私はデナリと申しまして、ご領主様の奥様の近侍でございます。ご案内するように仰せつかっております」
デナリの作法も中々に堂の入ったものになっていた。王宮に初登城する際に付け焼刃で覚えさせられた礼儀作法であるが、その後はエリザと一緒に学ぶこととし、十二歳とは思えぬほどに洗練された振る舞いが出来るようになっていた。
なお、ここでも言動は、すべてソリドゥスの指示によるものであった。
まず、ここへ勅命で来たのであれば、使者はデカン村の領主がバナージュであることは周知であろうし、その“奥様”が存在することを告げた。
つまり、バナージュはすでに結婚しているというアピールだ。
さらに、先日のように追い返すような真似はせず、ちゃんと礼儀正しく招き入れることで、警戒しているであろう相手に肩透かしを加えることだ。
「う、うむ。案内、よろしく頼むぞ」
声色や態度から、デナリは姉の言う通り、困惑しているなと感じ取れた。
そして、台本通り、さらなる揺さぶりをかけてみることにした。
「御使者の方にはあらかじめ申し上げておきますが、当地のご領主様の名前は、バナージュ=デカンという名でございます。バナージュ=カリナン=ドン=ルーンベルドなどという名ではございませんので、お間違えなき様によろしくお願いいたします」
ここでデナリはもう一度頭を下げ、それから踵を返して屋敷の方へと歩き出し、背中で使者に対して付いて来いと誘った。
顔を上げた際にチラリと見えた相手の顔は、困惑の色が更に濃くなっており、揺さぶりの成功をデナリは喜びつつ、姉の見事な作戦に心の中で拍手を送った。
使者はここで先日の件が頭をよぎっていた。
バナージュへの使者としてやって来たのだが、デナリから告げられたように、この小さな村の領主となり、“殿下”としての名前も何もかもを放棄したのだと突き付けられた。
“殿下”はいないと追い返された意味を理解したが、同時に国王に対して相当に高くて分厚い壁を作ってしまっていることを意味していた。
これを説得するとなると相当苦労することになる。使者は簡単な情報伝達などではなく、本格的な説得を要する任務になるなと身構えた。
そして、案内された屋敷を見て、これもまた驚いた。王都の商店の方がマシかもしれないと思わせるほどの、小汚い屋敷であったからだ。
追放などの理由で都落ちする貴族や名士なども存在するが、王都と田舎の生活の格差に身持ちを崩す者もいる。そのため、恩赦などで都に帰れるとなると、大喜びをするものだ。
だが、今のこの屋敷の主は違う。名を捨て、泥だらけの生活を選び、国王への反抗心を露骨に見せつけていた。王都へは帰らないと、きっぱりと言い切っていた。
やはり一筋縄ではいかぬと、使者の肩にかかる重しが更に増えた。
案内された部屋も、謁見の間とするにはあまりにも小さい部屋であった。おそらくは食堂も兼ねているのだろうか、部屋の壁際には長机が置かれていた。
そして、使者の正面に長椅子に腰かける一組の男女。片方は当然バナージュだと知っているが、もう片方には使者は見覚えはなかったが、結婚した旨は先程知ったので、奥方なのだろうと考えた。
同時に、バナージュが庶民の娘に惚れて、それを国王に難色を示され、兄王子二人に貶されて大喧嘩。結果、勘当となって都落ち、この流れは使者も把握しているので、この女性がそうなのだろうとも認識した。
そして、二人の脇には他にも、少女が二人と少年が一人。今、ここに案内をしてきた赤毛の少女と、それより年上の昨日立ち塞がった銀髪の少女。さらに、これも立ち塞がった少年が控えていた。
しかも、少年は帯剣して侍っており、これ見よがしに剣を見せ付けて威圧していた。
当然、この威圧している少年はアルジャンなのだが、腰に帯びている剣は、倉庫の中で埃をかぶっていた物で、錆びて鞘から抜けなくなっている“なまくら”であった。
抜くことのできない、完全な見せかけの脅しの小道具だ。
とはいえ、見てくれだけは立派に手入れしており、威圧だけであれば十分に役目をはたしているとも言えた。
使者も慎重に前に進み出て、バナージュとエリザに向かって頭を下げた。
だが、ここで強烈な一撃が入った。
「頭が高い! ご領主様の前でございますよ。ちゃんと膝をついて拝礼するように!」
ソリドゥスからの叱責であった。
そこにはいつものソリドゥスとは違う、刺々しい雰囲気のソリドゥスがいた。アルジャンとボケとツッコミを交わす少女の姿はなく、デナリを可愛がる姉でもない。極めて高圧的で嫌味ったらしい鼻持ちならない少女がそこにいた。
「こ、これは失礼いたしました!」
使者はソリドゥスからの叱責を受け、慌てて立膝を付き、恭しく頭を下げた。
これから始まるであろう交渉に先立ち、どちらが優位か、上かを示すための、ソリドゥスの先制の一打であった。
膝を付いて拝礼する使者を見て、ソリドゥスは満足して頷き、長椅子に腰かけるバナージュに顔を寄せて囁いた。
「ご領主様、王都より御使者の方が参じておりまする」
「うむ。御使者よ、よくぞ参られた。面を上げ、楽にされよ」
バナージュも大仰に頷いて話しかけ、使者はゆっくりと顔を上げた。
よくよく観察するまでもなく、そこいる五名は自分を歓迎していないことは明白であった。男二名は無表情であり、女三名は露骨なまでに見下す視線を向けていた。
だが、ここで怯んでいては仕事が務まらぬと、平静を装い、話を勧めた。
「本日、拝謁を賜りましたること、まことに光栄にございます。王都よりの、国王陛下からの言伝を預かって参りました」
やはりそうかと全員が思ったが、特に反応を示さなかった。
「そうか。で、国王陛下はなんと仰せか?」
ここでもバナージュは壁を追加で建てた。
これまでであれば、“陛下”ではなく“父上”と呼んでいたが、すでに勘当を申し渡されているため、他人行儀に応えたのだ。
それは使者の方にもすぐに伝わり、またやり難くなったと感じさせた。
「陛下が仰せられるには、勘当を解くゆえ、直ちに王都へと帰還せよ、とのことです。これに付随しまして、王族としての権限を復活。また召し上げていた封土も、拡張した上で返還することも承っております」
使者の口から出た話は、悪くない条件であった。
権限をすべて戻し、さらに没収前よりも良い状態で領地を出すとさえ言ったのだ。
だが、肝心な情報が抜けていた。なぜ呼び戻さねばならなくなったのか、それが判明するまでは迂闊に返事を出すわけにはいかなかった。
「悪くない話ではありますが、なぜ呼び戻さねばならなくなったのか、陛下の考えが見えてきませぬ。その辺りはどうなのでしょうか?」
ここからが実質的な交渉の開始であった。
ソリドゥスが手で合図を送り、バナージュに対して、ここから先はお任せあれと、以後の交渉を任せるようにと促した。
バナージュはそれを了承し、頷いた。
「はい、その件につきましては、バナージュ様に是非、王位を継いで欲しいとのことで、直ちにお戻りいただくようにと承っております」
使者の口から驚くべきことが漏れ出した。上二人の王子を捨て置いて、勘当した三男に後を継がせると言って来たのだ。
予想の範疇であったとは言え、やはり言葉にされると衝撃的な話であった。
バナージュも驚きのあまり目を見開いたが、その動きを察したエリザがその膝にそっと手を置き、落ち着くようにと無言で制した。
「なるほど、随分と大きな話でございますわね。ですが、王都にはグランテ殿下とシーク殿下がおられるはず。後継者であれば、どちらかを指名すれば済む話ではございませぬか?」
ソリドゥスの聞きたい話は、まさにここであった。
使者が慌てて駆け込んできた段階で、バナージュへの後継話が持ち上がっている可能性を考えたが、そこへ至る道筋が見えなくては、迂闊に飛びつける話でもなかった。
「それができないから、陛下は私を使者としてバナージュ様の下へと走らせたのです」
「そのできない理由とは?」
「……御二方が、すでにお亡くなりになられたからです」
これこそ最大の爆弾発言であり、その衝撃はこの部屋の中だけでは納まりきらないほどの爆発力を持っていた。
(そう来たか。面倒事の中でも、最悪をキメられてしまった)
ソリドゥスはどうにかギリギリ表情を崩さずに堪えたが、心の中では舌打ちを連発していた。
~ 第三十八話に続く ~
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