第36話  分析(後編)

 王都に異変が起こった。それもバナージュの兄王子に関わる何かだと言う事は、ソリドゥスとアルジャンの分析ですんなり解明できた・


 だが、それでも謎の部分は多い。



「そこまで頭が回らないほど、耄碌してるとは考えにくいし、陛下の焦りとやらが深刻でないことを祈っておきましょうか」



「軍が動いた場合はお手上げですから、まあその際はさっさと降伏しましょう」



「諦めが早いわね」



「無理を無理と言えず、無茶を通すよりかはマシな判断かと。それともお嬢様は、黒字化が見えない事業に資本投下いたしますか?」



 そうまで言われると、ソリドゥスは引き下がらざるを得なかった。


 無駄金と言われてしまえば、商人としては恥以外の何物でもない。黒字化の目途が立たないのに、金だけは注ぎ込むなどあってはならないのだ。



「結局、商人は商売できる環境がなければ、ダメだって事かしらね」



「危険な商売と言えば、従軍商人などはいかがですか? 戦に巻き込まれる危険性は大ですが、その分見返りも大きいですよ」



「行商系はダメね。店を構えてどっしりやりたいから、あたしは」



「それを聞いて安心しました。その内、戦場にまで引っ張り出されやしないかと思い、ひやひやしておりましたので」



 アルジャンはわざとらしく肩をすくめ、その態度があまりにも面白かったので、ソリドゥスはつい笑ってしまった。


 同時に、行くと言えば付いて来てくれるのかとも考え、ここ最近は頼もしくもなってきたなと評価をまた一段上げることにした。



「まあ、次の商売の場所は血生臭い戦場じゃなくて、煌びやかな王宮ね。買い手は国王陛下! 売り手、商品はバナージュ! 仲買人はあたし! フフフッ、がっつり稼ぐわよ!」



「やれやれ。シンデレラを売り飛ばしたかと思ったら、今度は王子様まで売りに出されますか。ある意味、魔女には相応しい行動ではありますね」



「売れる商品を高く売って、何が悪いって言うのよ。あたしは商人としての本分に従ったまでよ」



 ソリドゥスの言は商人としては正しくあるが、お姫様や王子様を商品扱いするのは、どうなんだろうなと思うアルジャンであった。



「こっちは金貨千枚を先行投資しているんだし、手加減してやるつもりはないわよ。状況としては、値札を付けずに店先に並べた商品に対して、やって来た客が『これください』って言って来たのよ。しかも涎垂らしながら! 値札無し、つまり“時価”ということで価格交渉できるわ。こんな美味しい状況なんて、滅多にないわよ!」



 目を輝かせながら喋るソリドゥスに、アルジャンは拍手を送った。


 最近は畑仕事や家事など、普段らしからぬ行動が目立っていた。それもこれも待機中の待ち時間の暇潰しであり、ようやく本職に戻れる時が来たとはしゃいでいるようであった。


 ようやくらしくなって来たと、一気に動き始めたソリドゥスへのアルジャンなりの激励であった。



「とはいえ、相手は国王陛下なのですから、あまりふっかけ過ぎて、ご不興を買わないようにしてくださいね。その気になれば、こちらを権力と暴力で踏み潰すことくらい、簡単にやってしまえる御方なんですから」



「その辺は分かっているわよ。それに、私が欲しているのは、前にも言ったけど、たった一つなんだからね」



「“御用商人”の免状、ですね」



「そう、それ! 王宮で王族相手に商売できるなんて、商人としては最高の舞台よ。この好機を逃す手はないわ! そのためにあれこれ手を回したんだから!」



 ソリドゥスはこれを狙って、様々な策を弄してきた。エリザのシンデレラストーリーを完成させたのも、すべては魔女役として側に侍り、“おこぼれ”を頂戴するためだ。


 細い道のりではあったが、それがようやく実を結びつつあるのだ。


 だが、まだ笑うことはできない。他の誰がどんなに不幸になろうが、自分には関係ないことだと割り切るが、自分を含めたいつもの五人が、全員揃って笑って終わらせる、ハッピーエンドの喜劇でなくてはならないと、ソリドゥスは考えていた。



「とはいえ、ソリドゥスと名乗る商人が最初に手掛けた商品が、あろうことかお姫様で、その次に取り扱ったのが王子様とは、字面だけ見ればゲスの極みですね」



「うるさいわよ! あんたも恩恵を受けれるんだから、少しは感謝しなさい!」



「でしたら、お給金を弾んでいただきたいものです。今は実質タダ働きな状態なのですから、ジャラリジャラリと自分の財布が金貨で埋まる音色を聞きたいですね」



「お~、良いわよ。たっぷりくれてやろうじゃないの。仕事がちゃんと終わったらね」



「空手形にならねば良いのですが」



 どこまでも一言多いなと、ソリドゥスは少しばかりイラっと来た。


 だが、それもまた修行の一環だと感じ、すぐに心を鎮めた。


 これから先、商人として突き進む限りは、いくらでも理不尽な状況と言うものが訪れるだろう。目の前の幼馴染の嫌味や皮肉を流せる程度の度量がなければ、バカげた失敗を犯すとも思っていた。



「無駄口叩いてないで、家に帰るわよ。皆で今後の打ち合わせをするから」



 ソリドゥスは身を翻し、バナージュの屋敷の方へと歩き始めた。


 ようやく先行投資が回収できそうな芽が出てきたため、その足取りは軽く、鼻歌すらアルジャンの耳には届いていた。



「はい、では戻りましょうか、ソル」



「ブホォッ! こ、こら! 急に呼び方を変えるな!」



 完全な不意討ちに、ソリドゥスは吹き出してしまった。後ろを振り向くと、性格の悪い幼馴染がニヤニヤと笑っており、完全におちょくられているのが分かった。



「不意討ちだからこそ、面白い反応が見れるのですよ、お嬢様」



「あ、また戻した!」



「普段使いすると、デナリが拗ねそうなので、使うのを控えているのですよ。いやぁ~、四方八方に気を遣って、俺も大変です」



「やっぱ給料の件はなし! そのままタダ働きしてなさい!」



「やれやれ。部下の労をねぎらえぬ商人とは、呆れ果てますね。そういう態度では、いずれ誰も付いて来なくなりますよ」



 どこまでも皮肉や嫌味を続けるアルジャンに対して、ソリドゥスは落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせつつ、早足でバナージュの屋敷の方へと戻っていくのであった。


 しかし、今なら何でも許してしまいそうなほどに、心が澄み渡っていた。


 時間潰しのため、畑仕事をする田舎娘をやって来たが、それも今日この瞬間で終わる。


 状況の変化が訪れた以上、これからは本職である商人に戻るのだ。


 さあ、商売の時間だ、稼ぎ時だと意気込み、ソリドゥスはいよいよ最終局面を迎えるのだとやる気をみなぎらせるのであった。



         ~ 第三十七話に続く ~

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