第35話  分析(前編)

 村人達に囲まれて、家路につくバナージュ。その姿こそ、王族の地位を捨てて、この地に埋まる覚悟でやって来た決意の体現であり、村人もまたそれを認めた温かい一幕であった。


 その光景を微笑ましく思い、思わず笑みがこぼれるソリドゥスであった。すっかり村人の心を掴んでいるバナージュの為人ひととなりに感心しつつも、クルリと振り向いて馬が走り去った方向に振り向いた時には、真顔になっていた。


 その横に立っているアルジャンも同様であった。



「状況が動いた、と見てよろしいでしょうか?」



「間違いなくね。思った以上に早かったみたいだけど。それも“悪い方向”にね」



 ソリドゥスとしては、エリザの持つ“天賦ギフト”【内助の功】に期待をしていた。伴侶に幸運をもたらすという、かなり強力な能力だ。


 エリザの前夫あにであるザックにもこの力が働き、厩舎番だった男がソリドゥスの父ダリオンの命を救い、結果として厩舎頭に加え、馬廻りとして侍るようになった。


 結婚して一月も経ってないような時の出来事であり、それを目の当たりにしたソリドゥスは凄い効果だと、掛け値なしに称賛したほどだ。


 そして、今回もそれが早速発動したのだろうと考えた。



「お嬢様、悪い方向に、ですか?」



「実は私が期待していたのはね、財宝を発掘することなのよ」



「幸運をもたらす能力で、ですか?」



「ええ。こんな人のいないド田舎でさ、降りかかる幸運なんかだと、畑を耕している時に何かを掘り当てて、それが凄いお宝でした! みたいな?」



 確かに、その手の話は“おとぎ話”にはつきもののストーリーの一つである。本当に幸運を授かる能力であるならば、あるいはおとぎ話を現実のものにしてしまう可能性もあった。



「それならば近くの洞穴が、実は大昔の宝物庫で、隠れていた財宝が出てきました! というのもアリですね」



「もっと現実的な話だと、近くの山に金銀の鉱脈があった! とかね」



 二人の会話は夢物語のそれである。現実的とは言い難い。


 だが、それを可能にする力を秘めたのが“天賦ギフト”なのだ。神様からの贈り物、人間に降り注ぐ奇跡の力なのだ。



「ですが、目の前に現れた変化は、王都からの知らせ、というもの」



「だから“悪い方向”だって言っているのよ。バナージュを呼び戻すなんて事態、余程の事が起こったと見るべきだわ」



 変化は望んでいた。もちろん、良い方向への変化である。


 しかし、呼び戻しの知らせはそうだとは考えにくいのだ。


 呼び戻されると言うことは、ここでの生活を捨てることを意味する。王族の権限剥奪の経緯で、バナージュは人間関係に疲れているし、失望をしている。ここで無理に呼び戻すような事があれば、それは悪い方向に動きかねないのだ。



「考えられる一番のものは、陛下が崩御された、というものですが、それは先程のお嬢様の問いかけですんなり消えました」



「まあね。わざわざ『陛下に伝えなさい!』ってぶちまけたら、相手も驚いていたものね。つまり、こちらのカマかけが図星だったってこと!」



「機転の速さは、田舎暮らしでも鈍っていないご様子で安心いたしました」



 泥まみれの生活をしていようとも、その心の中にはまだ商人としての閃きが息づいていた。のんびりとした生活も悪くないが、商人として動いている時の方が輝いていると、アルジャンは素直に思った。


 そんな幼馴染の心中を察してか、ソリドゥスもニヤリと笑った。



「つまり、陛下はまだご存命で生きている。しかも、使者を送り出せるくらいには、頭も体も正常である」



「勘当したのはやり過ぎだと思い直し、復縁を求めてきたと言うのであれば、使者の振る舞いがおかしい。慌てて駆け込んできた、という感じだったから、寄りを戻す、なんて穏やかな話じゃないのは明白だわ」



「となると、答えは一つしかありませんな」



 二人は顔を見合わせ、深く呼吸をし、そして、同時に吐き出した。



「「上二人の王子に何かがあった!」」



 二人の結論は一致した。そうとしか考えられないからだ。



「問題は何があったか、ですね」



「そうよね~。今までは派閥形成での勢力増強と、水面下での足の引っ張り合いくらいだったしね。それがいよいよ流血沙汰にまで発展した、ってことじゃないかしら」



「それで嫌気がさした国王陛下が、第三の候補としてバナージュさんを選び、ケンカばかりしている長男次男を切り離して、辺境にいる三男との関係修復に動いた、と」



 いかにもありそうな話であり、アルジャンもソリドゥスの意見に賛同した。


 同時に、言い表し難い苛立ちも覚えた。



「十分に有り得ますが、それは有難迷惑ではありませんか?」



「ええ、そうよね。バナージュにとったら、何を今更、としか思わないでしょうよ」



「まったくです。国王陛下は王としては優秀な方ですが、父親としては、あるいは人間としては、あまり好ましくありませんね」



「それが許されるだけの、権力、財力、武力を持ってるもんね。でも、そう言うのにうんざりしたから、バナージュは都を離れた。なにより、エリザを軽く見たのが悪かったんだし、心は離れてしまうわよ」



 バナージュは王都での人間関係に疲れて、愛する妻と“本当の”友人だけを連れて、田舎の小さな領地に引っ込んだのである。


 新婚ホヤホヤの生活に介入されるのを嫌うであろうし、王都に戻れと言う指示も絶対に無視するだろうと二人は考えた。



「まあ、先程の使者も王命で動いていますし、準備を整えるなりしてまた来るでしょう。お嬢様、その際はどうします?」



「話くらいは聞く。情勢の把握には、情報収集は必須だもの」



 商人にとって、情報は命だ。これの有無で交渉の行方がいくらでも変わるし、儲けの幅も違ってくるからだ。


 ソリドゥスもその点は承知しているのだが、商人としての損得勘定よりも、友人夫婦の新婚生活を邪魔されるのを嫌い、感情任せに追い返してしまった。


 商人らしからぬ手痛い失態ではあったが、後悔はない。


 情報収集は機会があればいつでもできるが、エリザとバナージュの新婚生活は“今”しかないのだ。


 友人として、あるいは二人を結び付けた仲人として、しっかりと見守る義務がある。前回の仲人が失敗した分、今回は失敗すまいとソリドゥスは意気込んでいた。



「問題はさっきの使者が軍を率いて、無理やり連れ去ることを選択した場合かな。それをやられると、こちらとしては手も足も出ないわ」



「それはないかと思います」



 ソリドゥスの心配をよそに、アルジャンはそれを平然と否定した。


 焦りも何も感じさせず、話をしっかり聞こうと目線を向けて、続きを促した。



「誘拐等の強硬策に出るのであれば、初手からそうします。兵を一人もつけず、使者だけ送り出したのであれば、強硬策の線は捨ててよいかと」



「なるほど。それもそうね」



「なにより、あの使者はバナージュさんの事を“殿下”と呼称していました。勅命を伝えに来た使者が、勘当された元王子を公の場で殿下と呼称したのであれば、それは陛下がそうするように指示したということ。復縁を考えての措置かと考えられます。誘拐なんてして身柄を押さえたとしても、バナージュさんが陛下の命令を、唯々諾々とするとは思えません」



 アルジャンの説明は理路整然としており、ソリドゥスを納得させるのに十分であった。


 あの僅かな会話の中だけで、ここまで情報を分析し、ソリドゥスに対して提言してきたのはさすがと言えた。



(嘘を付けないことと、余計な一言が多いこと、これさえなければ、参謀役としては最高なんだけどな~)



 ソリドゥスは幼馴染の少年の能力を改めて見せつけられ、やはり確保しといてよかったなと、昔の自分を褒め称えた。



         ~ 第三十六話に続く ~

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