第29話  都落ち(前編)

 元王子(勘当された)と元人妻(婚姻無効)が結ばれた翌日、あまりにも分かりやすい事態が発生した。いつもの顔触れを除き、人々が回りから一斉にいなくなったのだ。


 財を失い、もう援助を受けられないと分かると、今まで散々後援してきた芸術家達はいなくなった。


 王子と言う肩書を失うと、それまで知人友人の顔で寄り添ってきた人々も、波が引くかのごとくいなくなった。


 残っているのは別邸にいる召使達であるが、そちらもバナージュには目もくれず、退職金代わりに何を貰っていこうかと、屋敷の家財を物色している有様であった。



「いやぁ~、見事に何もかも無くなったな」



 人も物も一気に消えてなくなった周囲を見渡し、バナージュは苦笑いするよりなかった。


 予想出来ていたこととはいえ、バナージュと言う一人の人間には何の価値もなく、それに付随していた王子の肩書や財貨の方に価値があることが証明されてしまった。


 だが、それを薄情とは思わない。品がないとは思うが、彼らにも生活や考えもあるのだろうし、それを強要する権力も財力も、今の自分にはないことを自覚しているので、文句を言うつもりはなかった。


 また、国王の不興を買ったとの話も流れているため、下手に関わって巻き添えを食らいたくない、という考えもできた。



「さて、物好きにも残ってくれた皆には悪いが、一応これからのことを聞いておこうか」



 今、バナージュの下に残っているのはたった四名だけだ。


 妻となることを約束した女性エリザ。


 大商会のお嬢様で、エリザとバナージュを引っ付けるために色々と画策したソリドゥス。


 そして、ソリドゥスの従者たる妹のデナリと、幼馴染のアルジャン。


 この四名だけが残ったのだ。



「バナージュは唯一残された領地である、デカン村に行くんでしょう?」



 尋ねたのはソリドゥスであった。すでに殿下でもなんでもないただの無職無一文の男であるため、呼び方は敬称略となっていた。



「そうなるな。人口が百に届くかどうかと言う小さな村だが、母上の生まれ故郷であり、私も何度かぶらりと立ち寄ったこともある。そこで静かに暮らすことになるかな。愛する女性と一緒に」



 バナージュの見つめる先にはエリザがおり、向けた視線の返事として笑顔で返してきた。絶世の美女ではなく、素朴で闊達な雰囲気の笑顔があり、それがバナージュに活力を与えてくれていた。



「まあ、そうなりますよね。なら、あたしも一緒について行きますね」



「おいおい、ソリドゥス、正気か? お前はパシー商会のお嬢様ではないか。わざわざド田舎の村落に来なくても、十分やっていけるだろうに」



「それは否定しませんわ。でも、あたしはバナージュとエリザに賭けたんですから、それを最後まで見届る義務があります」



 ソリドゥスも同行することに迷いはなかった。なにしろ、借金した金貨千枚の支払いが残っており、その返済期限までは自由に動き回れるのだ。


 まだ五カ月とちょっとの期間はあるので、その間は最大限の自由を満喫するつもりでいた。



「あの、お嬢様、一応尋ねておきますが、借金取りから逃れるために、人のいないド田舎に移られるなどとは申しませんよね?」



「んなわけないでしょ! 商人にとって契約は絶対なんだから、無様を晒すつもりないわよ」



 アルジャンのツッコミをソリドゥスは全身全霊を以て否定した。


 契約とは、商人にとって神聖不可侵な物だとソリドゥスは考えており、いかなる内容であろうとも、それに沿った支払いが行われるべきだと考えていた。


 約を違えること禁忌であり、それを自分が犯そうなどとは微塵も考えていなかった。



「まあ、それなら頑張ってくださいね。俺は田舎暮らしなんぞ真っ平御免ですから」



「抜かしおるわ~、この従者! あんたも当然、同行するのよ!」



「はて? 就労規定に転勤について、何か記されていましたっけ?」



「記されてない。就労規定は『支配人ソリドゥスに絶対服従!』だから実質、何でもありって事!」



「ああ、酷い職場だ。せめて給金の上乗せをお願いしたいですな。危険手当と転勤手当」



 相変わらずのソリドゥスとアルジャンのやり取りに、他三名も大いに笑った。決して変わる事のないいつもの光景に、ある意味で安心を与えていた。



「ソル姉様が行くのなら、私も当然ご一緒しますよ」



「ええ、デナリにも来て欲しいわ。これからも期待しているわよ」



「は~い♪」



 ソリドゥスは愛らしい笑顔を向けてくる妹の頭を撫でてあげた。



「てなわけで、あたし達も同行いたしますね」



「物好きな事だな。付いて来ても、何も出せんぞ」



「そんなものは百も承知です。お金っていうものは金持ちからふんだくるから効率的なのであって、無一文のバナージュから絞ったところで、何も出ませんからね」



「ひどい言い草だ。だが、その通りだ」



 バナージュとしては、目の前にいる四人と過ごす時間が何よりも楽しかった。すべてを失ってもなお付いてくる、とても奇特な連中だ。


 本音で語り合える世界でたった四人しかいない、伴侶と友人達だ。おべっかも騙りもない、純粋にバナージュという一個人に、肩書も関係なしに付き合える貴重な存在であった。



「本来ならな、ソリドゥスには王子として、御用商人にでも推挙して、手広く商売ができるようにしてやってもよかったのだがな。今となっては後の祭りか」



「まあ、今の私の力量じゃ、その看板に負けてしまいますからね。欲しくはありますが、いずれバナージュの後押しなしでも手に入れられるくらいには、商人として強くなって見せますよ」



 口では強気なことを言っているが、かなり時間が押しているのも事実であった。


 借金の返済期日はすでに半年を切っている。このまま何事もなく時間が流れれば、自分自身を借金の担保にした以上、兄に飼い殺しにされるのは目に見えていた。


 それまでは全力で駆け抜ける気でいるし、後悔だけはしないように徹底的に励むつもりでいた。



          ~ 第三十話に続く ~

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