第28話 勘当(後編)
四人がワイワイ騒ぐ部屋の中に一人の老紳士が入って来た。屋敷を管理してきた執事であり、バナージュにとっては古くからの家臣であった。
「爺やか、どうした?」
「はい、王宮より使いの者が参りまして、こちらをお渡しするようにと」
そう言って書簡を一つ差し出してきた。
差出人を見てみると、かなり乱暴な字で国王レイモンの署名捺印がされており、やはり相当ご立腹のようだとすぐに感じ取った。
さて、何を言って来たのかと中身を確認すると、そこには予想通りのことが書き込まれていた。
「ふむ……。まあ、そうだわな。絶縁状、みたいなものだ。もう親子ではない。お前は王子などではない。二度と顔を見せるなということだ」
バナージュは手紙を放り投げ、それをソリドゥスが拾い、中身を確認すると確かにそのようなことが書き込まれていた。
国王からの、そして、父親からの正式な縁切りであった。
無論、国王として署名している以上、その効力は勅命であり、国内では絶大な威力を発揮する。これで正式に王族から庶民に格下げされたことを意味していた。
「う~ん。王族としての権利や権限の剥奪、年金の廃止に、領地の召し上げ。こりゃ見事なまでの素寒貧ね~。あ、でも、このデカン村ってところだけは残すって書いてあるわ」
「そこはお母君のご領地であった場所でございます」
答えたのは室内で待機していた老紳士であった。
「元々若のお母君であられるミラ様は、貴族とは名ばかりの貧しい家柄。デカン村が唯一の領地と言う、地方の小領主の家でございました。国王陛下が二人目のお妃様を亡くされ、臣下の者が次のお妃様をとお考えになり、王宮にて舞踏会を開かれ、そこで見初められたというわけでございます」
その話はソリドゥスも初耳であった。
まさか、バナージュの母親が“シンデレラ”のような成り上がりであり、今度はその息子が“シンデレラ”と結ばれようとしているのだ。
なかなか奇妙な巡り合わせと言うよりなかった。
「で、爺やは輿入れの際に、母上の領地から付いてきた者だ。そこからずっと母上に仕え、亡くなってからは私に仕えてくれていた」
「かれこれデカン村を離れて、もう二十数年はたちましたでしょうか」
「そうか、そんなにもなるのか」
長く仕えてくれた老紳士には感謝しかなく、自然とそちらに歩み寄っていた。バナージュは自然とその皺枯れた手を握り、笑顔を向けた。
「爺や、今の今まで母の代から良く仕えてくれた。だが、それも今日この日までとする。このように枯れるまで働いてくれて感謝する。あとはお前の自由にするとよい」
「若……、しかし、それでは」
「他の屋敷に者にも伝えてくれ。今日をもって
突然の解雇通告であったが、屋敷を維持することができなくなった以上、それはやむを得ないことでもあった。
老紳士としては無念極まりないことであるが、主人の気持ちを汲み、それを受け入れることとした。
「畏まりました。皆にそう伝えてまいります」
「うむ。ああ、それと屋敷の中にある物は、私とエリザの部屋にある私物を除き、すべて好きに使ってくれとも伝えておいてくれ。退職金を出せるでもないし、売り払えば当面の生活には困るまい」
屋敷を引き払うとなると、持ち出せる荷物には限りがあるし、まして家具などの大きな物は引っ越しの際に邪魔になる。どうせ動かせないのなら、売ってしまって現金化し、皆で分けてしまえばいいだろうと言うバナージュの心配りであった。
主人の配慮に恐縮し、老紳士は涙を流しながら感謝の意を示した。
「それで爺やはどうするか? 私はデカン村に行くこととなるが、あそこは爺やにとっても思い入れのある場所であろう。付くてくるのであれば、同行を許すぞ」
「それは止めておきましょう。今更この老骨の活躍の場はございますまい。それに、この王都にはお母君の墓所がございます。離れるわけには参りません」
「そう、だな。ああ、そうだ。母上はここでお休みになられているのであったな」
どこまでも忠義の士である老紳士にバナージュは感じ入り、もう一度強くその手を握った。
「爺や、重ねて感謝する。体を大事にせよ」
「はい、若もお達者で……。ですが、たまにはお母君に会いに来てくだされ。王宮への出仕は禁じられておりますが、墓所への立ち入りが禁じられているわけではございませんので」
「うむ、そうだな。その内、会いに来るとしよう」
それだけでも老紳士には十分な言葉であった。
再び頭を深々と下げ、そして、名残惜しそうに部屋を出ていった。
バナージュは閉じられた扉を沈黙のままに眺めた後、こちらも沈黙を守っていた四人の方に振り向いた。
「さて、聞いての通りだが、私はデカン村に居を移すつもりだ。何もないド田舎で、村人もせいぜい百人いるかどうかの小さな村だ。暮らしぶりもまた、激変するだろう」
なにしろ、王都の屋敷から、ド田舎のあばら家が新たな住居となるのだ。何もかもが違い過ぎる。
しかし、王族からちっぽけな土地しか持たぬ小領主となり、しかも無一文になったからには、ある意味それが相応しいとバナージュは理解していた。
そんな変化はあるが、望むべき変化もあった。もう恐れるものは何もなく、なにより反対する者もいなくなった。
そう考え、バナージュはエリザを手を取っていた。
「エリザよ、一緒について来てくれないだろうか? 何もない田舎暮らしとなるが、お前がいればそこは私にとっての都と同じ。だから、私と……」
「お断りします」
まさかの拒否であった。
今までの会話の流れから、まさか断られるなど露ほども考えておらず、バナージュにしてみれば衝撃的な返事であった。
あまりの衝撃に立ち眩みを覚え、フラフラと近くの机に手を置いてどうにか体を支えた。
そんなバナージュにエリザはさっと歩み寄り、その頬を軽くつねって引っ張った。
「呆けた顔などしないでください。そんな女々しい事で、世間の荒波を乗り越えられましょうか。シャキッとなさい、シャキッと!」
「エリザ……」
「あなたが口にするべき言葉は、『付いて来てくれないだろうか?』ではなく、『付いて来い!』でございますよ」
にっこり微笑むエリザに、バナージュもまた笑顔で応じ、そして、その体を抱き締めた。
互いに抱き締めてその温もりを感じ、それから抱擁を少し緩めて、顔と顔を見合わせた。どちらも喜びと共に微笑んでおり、なんとも憑き物が落ちたかのように穏やかであった。
「エリザよ、ならば告げよう。今をもって寵姫の任を解く。そして、私の妻となれ!」
「はい、喜んで!」
告白した方も、された方も、どちらも満面の笑みだ。
再びその幸せを噛み締めるかのように抱き締め合い、それを見ていた三人はあらん限りの力を込めて拍手を贈った。
何もかもを失った元王子の元に最後に残ったのは、伴侶となるべき女性と年若い三人の友人だけだ。
だが、バナージュは失ったものへの後悔も未練もない。得たものの方が遥かに大きく、得難いものであるからだ。
一国の王子の新たな門出としては、あまりにささやかな数の取り巻きではあるが、それを気にする者は少なくともこの場には存在しなかった。
~ 第二十九話に続く ~
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