第27話  勘当(前編)

「それで大喧嘩して帰って来たと」



 別邸に戻ったバナージュがエリザに城であった出来事を告げると、まずは驚き、次いで微笑み、最後に大笑いしてしまった。


 貴人としての品のある笑いなどではなく、腹を抱えて大笑いする庶民的な笑いだ。



「いやはや、参りましたわ。よもやそのような苛烈な一手に出られようとは。ですが、吐き出すものを吐き出したのですから、案外スッキリなさったのでは?」



「ああ、妙に清々しいと言うか、肩が軽くなったと言うか」



 呆れられるかと考えていただけに、エリザの笑いはバナージュにとて救いとなった。やはり自分が選んで寵姫としただけに、それが間違いなどではなかったと実感を得ることができた。


 次いで控えていたアルジャンとデナリにも視線を向けた。なお、ソリドゥスはまた別行動中であり、この場には不在であった。



「はっきりと申しますが、殿下」



「もう殿下と言う身分ではないぞ。名前で気安く読んでくれ」



「そうですか、では、バナージュさん」



「本当に気安いな、おい」



 アルジャンからのまさかのさん付け呼びであった。様かと思いきや、いきなりのさん付けであり、逆に新鮮で笑いが込み上げてきた。



「訂正した方がよろしいでしょうか?」



「いや、いい。そのままの方が、今の私にはいいのかもしれん。文字通り、何もかもを失ってしまったのだからな。領地も召し上げられ、財産もなくなり、臣下も去っていくことだろう。残ったのは、自分の体一つだけだ」



「随分と身軽になりましたね。しかし、後悔はなさっていないご様子。芸術に携われなくなる、と言う点では寂しいかもしれませんが」



「あぁ~、そうなるか。いや、財を失った後援者パトロンは意味を成さないし、芸術家連中もまた、私の前から去っていくのか」



 それはさすがに残念でならなかった。芸術をこよなく愛し、幾人もの画家や彫刻家を応援し、名画名作をいくつも世に送り出してきたのだ。


 そんな芸術に囲まれた生活と離れるとなると、さすがに寂しい思いを感じてしまった。



「そうだよな。私は全てを失ってしまったのか。いや、これが本来の私なのかもしれんな。今まで良い暮らしをしていたのも、あくまで王子と言う肩書を持っていただけに過ぎない。特に何をするでもなく放浪できていたのも、後援者パトロンとして華を愛でれていたのも、すべて私の力などではない。与えられた状況と金銭が、それを許していただけに過ぎない。そんな空っぽの存在か」



 自らを嘲笑うかのような言葉であり、バナージュは心の中がぽっかりと空いてしまった感覚に襲われた。怒りと勢い任せに怒鳴り散らし、親兄弟とケンカして、何もかも失った。


 後悔はないが、先の見えぬ状況に不安を覚えた。



「まあ、そんなに悲観することもないでしょう」



 そう言って元気付けてきたのは、デナリであった。


 この場においては最年少。まだ十二歳の少女であり、子供ゆえの楽観的な態度とも言えるが、無邪気に、それでいて闊達でいてくれるのは、暗い雰囲気を和らげるのに一役買った。



「殿下、じゃなかった、バナージュさん、少なくともここに居る顔触れは、あなたを見捨てることはありません! その点はご安心ください!」



「あ、俺、後援者パトロンが潰れたんで、屋敷に帰って庭師になります」



 空気を読まずに薄情な物言いのアルジャンに、デナリは思い切り蹴りを入れた。



「バカ! 空気読みなさいよ! ここは『どこまでもお供いたします!』って言って、再起を図る事を誓い合う場面でしょうが!」



「いい蹴りだ。やはりそういう態度を見ていると、お嬢様の妹なのだと実感する」



「それよ! ソル姉様が今ここに居ないのも、なにか考えあっての別行動! きっといい思案があるに違いないわ!」



 デナリの姉に対する信頼は固く、それを信じて疑うことはなかった。


 やっていることは無茶苦茶だし、とんでもない大ポカもする。だが、ここぞという場面では、信じられない方法で状況をひっくり返してしまうこともある。今回もそれを期待しての発言であった。


 そして、それはやって来た。別行動をとっていたソリドゥスが勢いよく部屋に飛び込んできたのだ。



「お兄様から聞いたわ! 状況が動いたわよ!」



 ソリドゥスの第一声がそれであった。


 さすがに耳聡い情報網であった。集まっていた面々はパシー商会の実力恐るべしと、改めて認識させられることとなった。



「いや~、それにしても殿下、あ、もう殿下じゃないか。バナージュ、よく啖呵切って陛下に堂々とケンカ売ったわね」



「さん付けどころか、呼び捨てか……」



 ソリドゥスの切り替えの早さはアルジャン以上であり、バナージュは失笑した。


 とはいえ、王子ですらなくなった無一文無職の男と、大商会のお嬢様である。ある意味、正しいと言えば正しいとも言えた。



「と言ってもさぁ、策なんてないわよ。指咥えて、バナージュが全てを失う様を見届けるだけ」



「おいおい、本当に何もないのか。まあ、今回の事は私がキレたことが原因であるし、過剰な期待はかけられんが」



「まあ、今は一部の耳の速い人だけの情報。でも、明日の朝にはしっかり広がっているでしょうね。バナージュが陛下から勘当されたって」



「勘当、ああ、確かに勘当だな。二度と顔を合わせないと宣言したのだ。もう親子の縁はないものと思わねばならんな」



 改めて指摘されると、その言葉の重みと言うものを感じてしまった。


 親とは言え、正面切って国王とケンカをし、その不興を買ったのである。あるいは、その内、死を告げる使者でも来るのではと考えるのが自然であった。



「まあ、その時はその時よ。でも、ここにいる四人は、ちゃんとついて行ってあげますから」



「あ、俺は」



「逃げるな! あんたも来るのよ!」



 逃げ出そうとするアルジャンに蹴りを入れ、ソリドゥスは少し顔をしかめた従者を睨み付けた。



「いやはや、やはり姉妹ですな。血は争えぬ、というやつでしょうか。半分しか繋がっていないと言うのに、よく似ていらっしゃる」



「荷物持ちがいなくなるのは困るからね。これからここも引き払うことになるでしょうし」



 その言葉も、バナージュに重くのしかかった。


 何かと使ってきた城下の別邸であるが、王子と言う肩書を失い、無一文になったからには、ここを維持することなどできはしないのだ。屋敷の手入れや切り盛りするのは、執事や召使などであり、その給金を払えなくなるからだ。


 そう、全てがいなくなるのだ。取り入ろうとする貴族も、応援してきた芸術家達も、身の回りの世話をしてくれた臣下も、なにもかもがいなくなるのだ。



「明日の朝には、全員きれいさっぱりいなくなるでしょうよ。人の噂って早いですからね~。勘当された王子なんて、誰も見向きもしないでしょう。余程の物好き以外はね」



 そんな物好きはこの場の四人だけであり、しかもそのうち一人は無理に引き留めている状態だ。


 いよいよそうなるのだと、改めて思うバナージュであった。



         ~ 第二十八話に続く ~

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