第21話  寵姫

「うぉほぉふぉぉぉ! ひぎぃぃぃ! がぁぁあぁ!」



 王宮のとある一室において、けたたましい叫び声が響いていた。


 そこは王宮内にあるバナージュの私室だ。バナージュは“放浪の王子”と呼ばれているだけあって、あちこちを移動して暮らしており、王宮に寝泊まりすることは稀であった。


 ここ最近は城下の別邸での生活が多く、エリザが招かれていたのもその別邸の方だ。


 他にも、領地には屋敷を構えているし、王家御用達の保養地には別荘もあったりと、わりとあちこちに住処が存在していた。


 王宮の私室も子供の頃から使っている部屋で、今は所用で王宮に登城した際に用いる程度であった。


 なお、その王子の私室でなぜけたたましい叫び声がしているのかというと、エリザが恐怖と後悔にのたうち回り、バナージュの寝台だということを考慮もせずに、その上で転げ回っているからだ。



「ハッハッハッ! さすがに先程の事は驚いたぞ、エリザ! だが、連れて来て正解だったな! 見たか、先程の兄上達の顔を! 今まで見た事のない呆け顔を拝むことができた! 良い余興であったぞ!」



 なお、部屋の主であるバナージュは転げ回るエリザを見ながら大爆笑しており、広間での一件を叱るどころか武勇譚として褒め称えていた。


 元々、兄弟仲は腹違いと言うこともあって疎遠であり、一番下のバナージュを露骨に見下すことすらあった。


 ゆえに先程のエリザの暴走は、留飲を下げるのに十分すぎる威力を発揮したのだ。


 なお、エリザ自身は気が気でなかった。ソリドゥスに煽られ、つい“いつもの”が出てしまい、夫婦喧嘩をしていたノリで二人の王子を突き飛ばし、説教まで垂れてしまったのだ。



「私、不敬罪でしょっ引かれちゃいますか!? そのまま絞首台に直行ですか!?」



 枕を頭から突っ込み、足をバタバタさせ、自らの行いを後悔しているエリザであったが、もう完全に後の祭りであった。



「などと、咎人のエリザが罪を告白しましたが、今後はどうなるでしょうかねぇ?」



 ソリドゥスは意地悪く言い放ち、連れの二人に意見を求めた。



「まあ、仮にも王家位継承権者の襟首を掴んで突き飛ばし、挙げ句にこれでもかと言うほどに罵声を浴びせましたからね。良くて地下牢行き、悪くすれば処刑台の露と消えましょう」



「エリザさん、ちゃんと丁重に埋葬してあげますからね」



「いやぁぁぁ!」



 恐ろしく冷酷なアルジャンとデナリの未来予想を聞き、エリザの絶叫が再び響いた。


 もちろん、それにつられてバナージュが再び大笑いし、膝をバシィッと叩いた。



「安心しろ、エリザ。兄上達がなにか文句を言ってきても、何とかするさ。いざとなれば、放逐しましたとか適当言って誤魔化す」



 バナージュとしても、兄達の横柄ぶりには辟易していたので、ある意味で丁度いい手切れとなった。


 どちらかが王位に座った後、嫌がらせをしてくるだろうが、どうせ日陰者なのは今も大して変わらないし、その時になってから考えればいいかと楽観視していた。


 なにより、後継者問題に巻き込まれなくなったと言う点では、逆に気楽になったとも言えた。


 そして、それをもたらしてくれたであろう“幸運の牝馬”に、興味を覚えた。アルジャンの冗談かもと思っていたが、運気を巡らせると言う点では本当なのかもしれないと、バナージュは判断した。


 なお、それはバナージュの誤解であり、アルジャンの読み違いでもあった。


 エリザの“天賦ギフト”は【内助の功】というものであり、その効果は『伴侶の運気を上昇させる』というもので、今は発現の条件を満たしてはいなかった。


 運気を操作する、と言う点ではアルジャンの洞察は当たっていたのだが、その効果対象や発現条件を間違えていたのだ。


 【内助の功】を正確に把握しているのは、【なんでも鑑定眼】を持つソリドゥスのみであり、二人を引っ付けると面白いことになると、両者の間を取り持つことに躍起になっていた。



(でもまあ、今回の件で好感度はかなり稼げたかしら。危ない橋ではあったけど、エリザを煽って正解だったわ)



 バナージュの表情を見るに、エリザへの興味や好感が増しているのは疑いようもなく、今日の一件もまず満足できる結果であったと、ソリドゥスは満足していた。


 また、教会からの報告でエリザとザックの“結婚無効”も確定しており、近日中には正式な書類が届く手筈になっていた。


 未婚の女性に戻ってしまえば、いよいよバナージュとの結婚への道が、細いながらも開けると言うわけだ。気合がますますはいるソリドゥスであった。


 そして、それを加速させることがバナージュによって引き起こされた。


 バナージュはエリザが転げ回る寝台に腰かけると、枕で頭を隠すエリザの腕を引き、無理やり自分の方へと引き寄せた。


「エリザよ、私の“寵姫ちょうき”となれ。拒否は許さんぞ」


「ぶぇぇぇ!?」



 礼儀作法など、完全に頭か抜け落ちた大絶叫であった。


 エリザは間近にあるバナージュの顔をまともに見ていられなくなり、顔を真っ赤にしながらプイッと横を向いた。


 よりにもよって、王子の寵姫となるなど、とんでもない話であった。



「ソル姉様、“寵姫”ってなんですか?」



 言葉の意味を知らなかったデナリが尋ねてきた。


 デナリにはまだ少し早いか、と思いつつも現状把握には必要かと考え直し、ソリドゥスは少し砕いて説明することにした。



「まあ、要するに王族流の恋仲宣言、かしらね。結婚して夫婦になるってわけじゃないけど、『あなたを気に入っているので、側にいてください』というのが“寵姫”なのよ」



「へぇ~、そういうのなんだ」



「まあ、正式な夫婦と違って神の前で契約するわけでもないから、王族の機嫌一つで解消されたりするけど、寵姫の称号を受けた者は王族の側にいても全然咎められたりしないわね。むしろ、今日みたいな宴に列席するのは当たり前だし、周囲の召使や下男なんかに指示を出せる」



「エリザさん、大出世じゃないですか!」



 デナリの言う通り、大出世と言う点では間違いなかった。


 ただの客分から、寵姫となることにより、人を顎で使う立場になったのだ。田舎村で生まれ育ち、結婚で都会に出てきた村娘が、離婚(婚姻無効)から数日後には王子に見初められて寵姫に任じられたのだ。


 普通に考えれば到底望めぬ世界であり、万々歳である。



「まあ、その地位も当人の心がけ次第ですけどね」



 相変わらず冷たいツッコミを入れるアルジャンであったが、それも正しい事であった。


 寵姫の権限は大きいが、それはあくまで寵愛を受けていればこそである。寵が誰か他の女性に移ればそれまでであり、昨日までちやほやされていた寵姫が、明日には路頭に彷徨うなどと言う話も耳にした事があった。


 つまり、いかにして寵を授けてくれる王族の心を掴み続けるのか、それが重要なのだ。


 それは色だけでは心もとない。色は時間の経過とともにせてくるし、どんな美人も三日も眺めれば飽きるものだ。


 必要なのは王族を楽しませる手管や知恵であり、むしろ美貌よりもそちらの方が重要とさえ言える。



(むしろ、その点でエリザはいい。エリザは絶世の美女というわけでなく、先程のように胆力や行動力が気に入られて寵姫に任じられた。色ではなく、心意気によって選ばれた。ここから、ここからが勝負ってもんよ!)



 ソリドゥスはなかなかにアンバランスな組み合わせの誕生に喜びつつ、次なる一手を考え始めた。


 王子と村娘(離婚済)の間をいかに盛り立てていくのか、それは自分の仕掛けが重要だと考え、ますますやる気を出すのであった。



         ~ 第二十二話に続く ~

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