第20話  説教

 兄王子二人に挟まれ、困惑するバナージュを見ていた付き添いの四人であったが、さすがにこれに割って入る度胸はなかった。


 だが、それでも動かねばならなかった。



「しゃ~ない。エリザ、あなたが止めて来なさい」



「うぇぇぇ!?」



 ソリドゥスからの突然の支持に、エリザは困惑した。いくらなんでも、王子二人の喧嘩止めて来いなど、命がいくらあっても足りないのだ。



「ちょっと、ソリドゥス様! それはいくらなんでも無理です!」



「無理であろうが、それをやるためにあなたがここに居るんでしょう! 何のために殿下があなたをここに連れて来たと思っているの!?」



「妙な女が寄り付かないようにするための、女の形をした装飾品アクセサリー的な役目」



「うっし、分かっているわね。ほれ、女じゃないけど、妙なのが憑り付いたから、お役目を果たしなさい。ほれ、ほれ!」



 言っていることがメチャクチャであった。お役立ちできるなら頑張りもするが、いくらなんでも相手が悪すぎた。


 どこの世界に、次期国王候補二人に対して、堂々と正面から喧嘩を売れる庶民がいるだろうか。


 とてもそんな暴挙に出れるほど、エリザの精神は狂ってはいなかった。



「いい? こここそ、絶好の好機じゃない! おとぎ話や英雄譚でお馴染みの場面じゃない! 怪物モンスターに襲われているお姫様を、白馬に跨った騎士が颯爽と現れて、バッタバッタと切り伏せていく場面!」



「逆では!? 私がお姫様役じゃないのですか!?」



「ふっふ~ん、このあたしが脚本手掛けてんだから、そんなありきたりな話で済ますとでも?」



 エリザにはソリドゥスの浮かべる笑みが、悪魔のそれに見えてきた。競売にかけられた時からそうであるが、この目の前にいるお嬢様は何もかもがぶっ飛び過ぎていた。



「さすがソル姉様! 誰も思いつかないことを平然とやってしまうなんて! 痺れます!」



「いいぞいいぞ~。もっと褒めなさ~い」



 デナリもデナリで、暴走する姉をさらに煽り立てるだけで、止めてくれそうになかった。



「こんなバカげた『シンデレラ』など、誰も見ないでしょうな。脚本と、魔女役を変更し、今少しまともな人を連れてくることを提案いたします」



「残念~。総監督もあたしだから、今更の変更なんて有り得ません~」



「だそうです、エリザさん。諦めて突っ走る以外、道はないそうです」



 止めてくれそうなアルジャンまで匙を投げてしまった。


 完全に退路を断たれたことを知り、エリザは顔を真っ青にした。


 二人の王子に喧嘩を売り、それを咎められ、絞首刑場へまっしぐら。そんな光景がエリザの脳内で駆け巡り、こんなことなら“元夫あに”とケンカしていた方がマシだったと、今更ながら後悔した。


 そんな絶望するエリザの肩にソリドゥスは手を置き、耳元で囁いてきた。



「相手が誰であれ、遠慮は無用よ。今、あなたが立たないと、世話になったバナージュ殿下がどうなるか分からない。だから、あなたが頑張らないとダメなのよ」



「で、ですが、いくらなんでも」



「気負う事はないなわ。誰かとの口論なんて、あなたがいつもやっていた事じゃない」



 それは間違いなかった。元夫とは、事ある毎に喧嘩して、口汚く罵り合ったものだ。


 エリザにとって口論などと言うものは手慣れたものであり、それに比べれば今の王子同士の口論など、温く感じてしまうほどであった。



「さあ、行きなさい、エリザ。猫被る必要はない。“素”のあなたでねじ伏せるのよ」



 ポンと軽く背中を押され、エリザはふらりと足が前へと進んでいた。


 ここ最近、随分と窮屈な思いをした。今までは特に何の変哲もない暮らしをしてきた。


 ありふれた農村で生まれ、そこで育ち、結婚して都会に出て、大きなお屋敷で働くと言う、まあどこにでもありそうな日常を送って来た。


 しかし、紹介してもらった男との相性が悪く、結果はしょっちゅうであったが、平凡と言えば平凡な時間であった。


 それがひょんなことから王子様に買い取られ、言葉遣いや作法などを頭に叩き込まれ、今日にいたっては王様との謁見までやってしまった。


 何をどう間違えたら、たったの十日にも満たない時間で、こうも急展開な状況を作り出せるというのだろうか。


 分からない。分からないが、一つだけ分かっていることはある。


 それは、非常に窮屈だと言うことだ。お貴族様の暮らしのなんと窮屈な事か。それを身に染みて味わい、うんざりしていた。


 出される料理は美味しいが、料理好きなエリザにとって、自分で腕を奮えないと言うのは、なんとも落ち着かないのだ。


 鬱憤が溜まっていた。溜まっていたからこそ、解放してヨシ、とのソリドゥスの言葉が福音のごとく感じた。


 気が付くと、エリザは口論する二人の王子の前に立っており、急に割り込んできた女性に驚いてそちらを振り向いたグランテとシークの、襟首を掴んで捻り上げていた。



「じゃっかぁっしいぃぃぃ!」



 怒号と呼ぶに相応しい叫びであった。捻り上げた二人をそのまま押し倒し、グランテとシークはそのまま尻もちをついた。


 何が起こったのか分からなかったが、尻もちをついたまま見上げる女性は、怒りをあらわにして見下ろしているのだけは分かった。


 そして、怒声とともに広間は静まり返り、流れていた楽団の音楽すら止み、皆の視線が怒声を放ったエリザに集中した。



「さっきから聞いていれば、なんですか、あなた方は!」



 ビッと指をさし、二人をなおも睨み付けた。



「今日この日、この場を何と考えているの!? 今日はあなた方の父親の誕生日を祝う席でしょうが! それだというのに、親への祝賀も敬意もなく、兄弟喧嘩とは情けないと思わないのですか!?」



 エリザの言葉はある意味で正論であった。祝賀の席で主役そっちのけで喧嘩をするなど、礼儀の観点では大いに問題があった。


 だが、二人とも必死なのだ。自身が権力闘争に敗れた場合、信じてついてきた自陣営の知人縁者が損害を被るのであり、機があれば勢力拡大を狙わなくてはならない。


 それがたまたま狙いがバナージュに重なっただけだ。


 もっとも、そんな理屈など、怒れるエリザには関係がなかった。



「しかも、先程からバナージュ殿下をお誘いするのに芸術、芸術と言ってましたが、お二人のどこに芸術を愛でる素養がおありなのですか!? 心を豊かにするのではなく、見栄えだけで人を吊り上げる道具だとか、あるいは金銭を生み出す商材としか考えていないご様子! それでよく芸術に真摯に向き合っているバナージュ殿下に説教がましく口が聞けますね。恥を知りなさい、恥を!」



 更にまくし立てるエリザに、まだ尻もちをつく二人は反論することもできなかった。取り巻き連中も、あまりのエリザの剣幕に押され、動くことすらできなかった。



「あ~、エリザ、あの、だな」



「殿下は黙っててください!」



「あ、はい」



 止めに入ろうとしたバナージュさえこの有様である。もはや、暴走馬と化した“幸運の牝馬”は誰にも止められなかった。


 なお、そんなエリザを見ながら、冷静でいられた者がその広間の中には三名ほどいた。



「煽った側としても、ここまで強烈な場面に出くわせるとは、これだけでも宴席に出てきた価値があるってもんだわ」



 と、呑気に拍手まで送るソリドゥス。



「というか、鬱憤が溜まってて、丁度いい憂さ晴らしをしているだけでは?」



 と、冷静に状況を分析するデナリ。



「デナリの意見に賛成。やはり、バネは抑えるだけ抑え込んだ時の反発力は凄い力を生みますね」



 と、素直に感心するアルジャン。


 なおもまくし立てるエリザの弁はますます熱が入る。もう誰も止められないほどに語り尽くし、フッといきなり言葉が途切れた。


 溜まっていた鬱憤の放出が完了し、“燃料切れ”を起こしたのだ。


 そこでクルリと身を翻し、立ったまま固まっていたバナージュの腕を掴んだ。



「さあ、殿下、参りましょう! このような場所にいては、殿下まで汚れてしまいます!」



 とんでもない暴言であったが、もはやそれを咎められるものなど、その場にはいなかった。


 バナージュはエリザに引っ張られるままに広間を出ていき、他三名も丁寧にお辞儀をした後、続けて広間を出ていった。


 嵐が過ぎ去った後のように、広間は静まり返り、先程の怒声が嘘のように静寂が場の空気に溶け込んでいった。



         ~ 第二十一話に続く ~

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