第22話 観察
それからと言うもの、バナージュはエリザを連れて出かけることが多くなった。
ある時は後援している彫刻家の新作お披露目の場に連れて行ったり、あるいは王城の郊外にある領地の視察に一緒に出掛けたりと、連れ立って歩いている姿が各所で目撃された。
そのため、社交界ではちょっとした注目を集める組み合わせとなり、話の種に登ることもしばしばであった。
なにしろ、実質的なデビューの場となった、先頃のパーティーではエリザが二人の王子の襟首を掴み、引き倒し、説教まで入れるというとんでもない破天荒な言動を周囲に見せつけた。
変わり者のバナージュ殿下が、これまた変わり者のお嬢様を気に入ってしまったのだろう。これが人々の噂話の内容だ。
なお、この件で二人の兄王子からはただちに引き渡すなり、厳罰に処すなりしろと言われていた。
だが、それに対してのバナージュの返答は“寵姫”に任命するという形で応じた。
要するに、「彼女は私の“おきに”なので、余計なちょっかいはダメです」ときっぱりと言い切ったことを意味する。
当然、これには反発も生んだが、かと言って弟を自陣営に引き込もうとも考えているだけに、どちらの兄王子もあまり強く出れないのであった。
「殿下がエリザを“寵姫”に指名したのは、これも狙いの内なのよ。何の地位もない庶民の女性を処断するくらい、王族なら訳ないですからね。でも、寵姫の地位を得ることで、庇護下にあることを周囲に知らせる効果もある。気に入っているのは間違いないでしょうけど、それ以上にエリザの身を心配しているのですよ」
そうエリザに吹き込んだのは、ソリドゥスであった。
この発言は本当にところ、どうだかは分からないことであるが、エリザがバナージュへの想いを強める切っ掛けになればと囁いたのだ。
寵姫に指名して以降、二人は一緒によく出かけ、仲は親密そのものである。それに弾みをつけ、添い遂げる段階まで持って行くのが、自分の役目であり狙いだとソリドゥスは考えていた。
そのための手管に抜かりはなかった。
エリザにはバナージュの良い点を、バナージュにはエリザの良い点を、それぞれに吹き込みつつ、仲の進展を図った。
そして、同時進行でエリザへの
同時にこれは、バナージュへの好感度稼ぎでもあった。
驚くべきことに、エリザはバナージュに“おねだり”というものをしたことがないのだ。寵姫ともなれば、それこそ装飾品や服飾などに要望があって然るべきなのだが、エリザはそれを一切しなかった。
ソリドゥスが勝手に買い揃えたと言うこともあったが、普段は実に質素な生活を心掛け、逆に要望がないことにバナージュがヤキモキするほどであった。
しかも、勉学には一切の手抜きはなく、寵姫になってからもソリドゥスやデナリの指南を受け、学問に勤しんでいた。
時には夜遅くまで書庫に籠り、一人で自習している姿すら見受けられるほどだ。
(まあ、そういうのも狙っているのだけどね)
ソリドゥスからすれば、そうしたエリザの励む姿をバナージュに見せつけることが目的でもあった。
バナージュは芸術家達の
だからこそ、怠けることなく努力を重ね、納得のいく作品を作り上げる姿勢を評価する性質が自然と身に付いていたのだ。
エリザもまた、“自分磨き”という努力によって自己を研鑽し、高めていくことを志していた。
(根が真面目なエリザと、努力家を評価する殿下。この組み合わせはやり易いわ)
などと計画通りに仲が進展していく二人を見守りつつ、ソリドゥスはほくそ笑んだ。
今もエリザはデナリに字を習いつつ、その光景をバナージュが見守っているという状況であり、実に微笑ましい光景であった。
「悪い顔をしていますね、お嬢様。少しはエリザさんの真面目で真っ直ぐな性格を、ほんの一片でも構いませんので、取り入れられてはいかがですか?」
ニヤつくソリドゥスに、毎度おなじみアルジャンのツッコミが入った。折角の気分が台無しにされ、ソリドゥスは襟首を掴んで睨み付けた。
「アルジャンさぁ、少しは役に立とうって気はないの?」
「それは誤解ですよ、お嬢様。バナージュ殿下は俺の事を気に入ってくれているみたいなので、隙あらばエリザさんのいいとこアピールは吹き込んでます」
意外な返事に、ソリドゥスは素直に感心した。普段の飄々とした態度とは裏腹に、きっちりやる事はやっていたことに驚いた。
「そうそう、そう言うのを仕事って言うのよ。分かってるじゃない。偉い偉い! てか、どうやってバナージュ殿下に取り入ったのよ?」
「お嬢様の情報をいくつか渡しておきました」
「前言撤回! 褒めて損した! ったく、何やってくれてんの!?」
アルジャンの言葉であるので、嘘はない。あろうことか、主人を売り飛ばしてしまうなど、従者にあるまじき所業であった。
「あ、ご安心ください。財務状況とか、体型体重の事とか、性癖とか、知られると危うそうな情報は流しておりませんので」
「どっちみち流していることには変わらないでしょ!? 従者の分際で、主人を売り飛ばすなんて最ッッッ低!」
「かつて仲人を買って出たにも関わらず、エリザさんを売り飛ばしたのは、どこのどちら様でしたでしょうか?」
「んんん~!」
痛い返しが飛んできて、ソリドゥスは口を閉じることを強いられた。
口を開けば余計なことを喋るが、話術が巧みであることは認めざるを得なかった。
並外れた洞察力と、得た情報で組み上げた
嘘のつけない体質の幼馴染に危ういなと思っているが、ここ最近では別の意味で危うさを感じ始めていた。
(アルジャンは“
とにかく、勘が鋭すぎるのだ。これで経験が積み上がっていけば、恐るべき参謀が誕生することは間違いないだろう。
(まあ、同じく“
ソリドゥスの
早めに抱えておいてよかったと、ここ最近では特にそう思うようになっていた。
~ 第二十三話に続く ~
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