第11話  メイキング・シンデレラ(後編)

「さて、まあ、こんなもんかな」


 手入れが終わり、装飾品を身に付けた装いのエリザの姿が鏡に映し出された。


 丁寧に梳かれた金髪は真っ直ぐに下ろされ、日の光を浴びて身に付けた宝石と共に輝いていた。そこそこに奇麗な顔立ちは化粧によって磨きがかかり、今まで見てきた自分とは思えぬほどに奇麗な女性となって鏡に映っていた。


 それを澄んだ碧眼でまじまじと見つめ、変われば変わるもんだとエリザは素直に感心した。



「ソル姉様、ちょっと宝石が地味じゃありません?」



 仕上がり具合に少し不満があるのか、渋い顔でエリザを眺めた。色々と用意してきた中では、小ぶりな宝石が多く、思ったよりも地味だったのだ。



「ああ、これはこんなもんでいいの。別に宴の席に出ていくってわけじゃないしね。普段着的な装いって感じで」



「え? これが普段着?」



 エリザの目には輝くドレスと装飾品が自分を照らしており、かつて着た結婚式の花嫁衣裳より、今現在の服装の方が余程上等であった。



「まあ、王子の横に立って歩いて、恥ずかしくない程度にはね」



「うん、やっぱり住む世界が違うわ」



 服一つでこの有様である。村娘と王子の間にはやはりとんでもない高さの壁があると、改めて思い知らされた格好となった。



「エリザさぁ、別に殿下が嫌いってわけじゃないでしょ?」



「その尋ね方は卑怯ですよ。会ったばかりの私に、ここまで厚遇してくださっているんですから。まあ、投げやり気味な義務感ってのもあるでしょうけど」



 なにしろ、エリザがバナージュの屋敷に招かれた理由は、“競売で競り落としてしまった”というとんでもない状況のなせる業であった。そうでもなければ、一国の王子とただの村人が接点を得ることなどできなかったであろうことは疑いようもなかった。


 ソリドゥスはその特異点を最大限に活かし、二人を結びつける愛天使キューピッドになることを選んだのだ。



「なら、全部任せなさい! 私があなたと王子を引っ付けてあげるから! それにほら、相手もさ、王子といっても三番目だし、後継者レースからは外れて誰からも見向きもされない日陰者だから、そこまで肩肘張らなくても大丈夫よ」



「まあ、そうかもしれませんけど、やはりそこは身分差を意識してしまいます」



「その辺りも含めて、私に任せなさいってこと!」



 ソリドゥスは不安がるエリザに対して笑顔で応じ、なにも心配はないと励ました。



「なお、励ましている本人が、一番余裕がないと言うオチですな。早いところ、金の工面をしませんと、一年後には今度はお嬢様が首に縄がかかっている状態になりますよ」



「アルジャン、あんたねぇ、少しは口を閉じててくれないかしら? エリザを鼓舞しているってのに、これじゃ逆効果になっちゃうじゃない!」



「博打な策を張らずに、ごく普通の対応をしていればよかったのでございますよ。にもかかわらず、金貨千枚も借金なさって、やることはエリザさんへの御機嫌取りというか、貢納というか。狙いの物が手には入らなかったら、本気で破産だと自覚なさってくださいね」



 特に深く話してもいないのに、すでに自分の“狙い”を見抜いている辺りはさすがだと、ソリドゥスはアルジャンの察しの良さに舌を巻いた。



「で、あたしの狙いはなんだっての?」



「“王宮御用商人”の看板」



「ほんと、勘がいいわね、あんたは」



 やはり正解を引き当ててきた従者に対して、ソリドゥスは拍手を贈った。この洞察力や思考力はさすがだと認めざるを得なかった。これで口数が少なければさらにいいんだけどな、と思いつつ話を続けた。



「“王宮御用商人”は商人の持つ看板としては、もうほんと最上位に位置するものよ。王宮に上がることを許され、王族相手に商売することができる。色々と奉仕の義務もあるけど、その代わりに信じられないくらいの、美味しい話や情報が転がり込んでくる。お爺様も御用商人を経て、パシー商会を国一番の大店に育て上げたくらいだもの」



「先代様の言葉は覚えておりますとも。『畑を耕せば、利益は十倍。宝石を磨き上げれば、利益は百倍。開拓して村や町を開けば、利益は千倍。王を仕立てて国を作れば、利益は万倍』と」



「そう、それ! だから、あたしは御用商人を目指す。これを機会に手にしてみせるわ!」



 そして、ソリドゥスは改めてエリザに向き直った。



「だから、エリザと殿下を結びつける。そうすれば、エリザは妃殿下。私は妃殿下のお友達。その伝手から実質的に御用商人の仲間入りってわけ」



「捕らぬ狸の皮算用」



「そうならないために、今、必死になってるの! いちいち茶化さないで!」



 やはり一言多い従者を窘めつつ、エリザの顔に触れた。奇麗に整えられた顔に服装、貴族のお嬢様と紹介すれば、誰も疑問に思わないほどに上手く化けていた。



「今日この日から、エリザと殿下の恋愛劇場が幕を開けるのよ! そして、終幕は二人の晴れやかな結婚式で彩る。みんなにもしっかり役回りがあるから、しっかり働いてもらうわよ」



「は~い」



 デナリとしては面白い話が聞けたうえに、敬愛する姉が本気でシンデレラストーリーを作り上げようとしているのにいたく感心していた。自分も役に立つべく、気を奮い立たせた。


 なお、アルジャンは案の定、ため息を吐き出していた。



「脚本や演出を兼務し、財政負担まで請け負った挙げ句、魔女として舞台に上がる。お嬢様、いささか働き過ぎではありませんかな? 途中でバテて、医者の厄介になるのだけは勘弁してくださいね」



 皮肉めいた口調の中にも、ソリドゥスを労わる気持ちも入っていることが意外であったが、休んでいられるほど余裕ある状況でもなく、やれることは全部やりきるつもりでいた。


 なにしろ、実績のない状態から、いきなり御用商人を狙うのである。無茶を承知でやらねば、なれるものもなれないのだ。


 場数を踏み、徐々に階梯を上がっていくのが正しいのであろうが、残念なことにアルジャンの言う通り、目の前の愛天使キューピッドはせっかちなのであった。



「んじゃ早速、殿下の篭絡作戦やっちゃうわよ。エリザ、殿下はお出かけ中よね?」



「はい。所用があるからと、早めにお出かけになられました。夕刻には戻って来るとも」



「よしよし。なら、夕食はご一緒って感じになるかな。その際にね・・・」



 ソリドゥスはエリザにどう行動すべきかを指南し、いくつもの想定をして、バナージュの思考を先読みしていった。


 その日の夕刻より、強欲なる愛天使キューピッドによる『王子篭絡作戦』が開幕するのであった。



          ~ 第十二話に続く ~

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