第10話 メイキング・シンデレラ(前編)
服や装飾品などを仕入れた後、三人はバナージュが普段使っている街中の別邸へと足を運んだ。そこにエリザを連れ立って帰宅したことを聞き付けたからだ。
予約なしの訪問であったが、どうやらバナージュがソリドゥスの来訪を予想していたようで、すんなりと中へ通された。
そして、エリザに面会できたのだが、当のエリザは昨日とは打って変わってしおらしくなっていた。
「いったい、何がどうなってるのやら。混乱する一方です!」
ソリドゥスの顔を見るなり、エリザは助けを求めた。なにしろ、昨日までは厩舎番の妻であったのが、今日は王子様の客人扱いである。
食べたことのないような食事が出されたり、来ている服も上等な物だ。母親以外に髪を梳かれたり、身だしなみを整えられたりしたのも初めてであった。
今は人払いをしているが、召使まで付けられていた。
何から何まで、昨日とは違う世界に放り込まれ、どうしていいのか分からないのが、現在のエリザのおかれている状況であった。
「まあ、丁重に扱われているようでよかったわ。そして、それが“永続”するようにこっちも頑張るから、任せといてね!」
「えぇ・・・」
確かに、何もしなくていいのは楽でいいのだが、楽過ぎて落ち着かないとエリザは感じていた。なにしろ、農村にいた頃は家や畑の仕事はいくらでもあるし、結婚してからも似たような生活をしていた。
それが今や、何もする必要がなくなったため、ただ椅子に腰かけてボ~っとしているだけであった。体がウズウズして、思わず雑巾がけでも始めてしまいそうになるのをグッと堪えていた。
「お嬢様、このような茶番をずっと続けていろと!?」
「茶番じゃなくて、本気よ。エリザ、私はあなたと殿下を引っ付ける。結婚させる。だから、そのつもりでいて。私、頑張って二人の
「はぁ!?」
いきなりの王子との縁組である。混乱するなという方が無理であった。
しかも、目の前の知己のお嬢様は至極真面目な顔をしており、なにかの冗談を言っているようにも見えなかった。
つまり、本気で王子様とただの村娘の結婚を成立させるつもりなのだと感じ取った。
「なんでそうなるんですか! というか、離婚ってできないはずですよね!?」
「大丈夫。そっちはどうにかなりそうだから。ザックとの関係はきれいさっぱりオサラバよ」
「え? 毒殺でもするんですか?」
「アルジャンと同じ発想ってどうなの!?」
基本的に、離婚は法的に出来ないため、死別以外の手段で再婚するのはほぼ不可能である。そのため、ザックを亡き者にしてエリザを独り身に戻すのに、暗殺というのはある意味で普通の発想なのであった。
家系図に新たな線を引っ張って、婚姻無効を画策する方がどうかしているのである。
「とにかくね、エリザ。あなたが殿下と添い遂げないと、私が大変なことになるのよ」
「なにしろ、自身を身売りして膨大な借金をしたあげく、それを二人が結婚することを前提とした計画を立て、それに向かって全ツッパする気ですからな。博打が過ぎるというものです」
「うるさい、アルジャン! あんたも巻き添え喰らって、解雇されんのよ!」
「それなら、親父の跡を継いで、庭師に戻るだけです。親父ほどじゃありませんが、庭木の手入れは心得がありますので」
特に痛くもないですよと言い切るアルジャンに、ソリドゥスは恨めしそうに睨みつけた。なにしろ、この賭けに負けたら、飼い殺しの生活が待っているのである。
自分から仕掛けたとはいえ、大躍進には博打が必要であり、それに勝たねばならないと、必死に頭を働かせている最中なのだ。
「なんと言いますか、そちらも大変なんですね」
「いいのよ。あなたと違って、自分で決めた道だし、茨で覆われていようが、落とし穴があろうが、絶対に駆け抜けるって決めたんだもの」
ソリドゥスはエリザの手を取り、そのまま引っ張って化粧台の前に座らせた。
「さて、それじゃ、早速着飾ってもらいましょうか。デナリ、宝石類、持ってきて」
「は~い♪」
化粧台の上にいくつもの装飾品が並べられ、ソリドゥスとデナリはエリザの雰囲気と合わせながら、身に付ける物を選んでいった。
「まあ、素材は悪くないし、手入れをすれば更に磨きがかかるわね」
「そうですね、ソル姉様。エリザさんはあたし的には中の上くらいかしら。あ、おっぱいは特上だと思います!」
「それには同意見」
なにやら好き放題二人に言われているが、産まれて初めて身に付ける宝石を前に身震いしてしまい、身動きの取れないエリザであった。
「あ、あの、お嬢様、これらっていくらだったのですか?」
「服や靴、装飾品やなんかで、全部合わせて金貨五百枚ってとこかな?」
「ごひゃ!?」
聞いたこともない数字が飛び出し、エリザは眩暈を覚えた。人をより輝かせる宝石類は、それを身に付けるにふさわしい人物がまとってこそ、美しく輝くのである。だというのに、ただのどこにでもいるような庶民の娘に、このような高価な物品を用意するなど、正気の沙汰ではなかった。
「いくらなんでも使い過ぎでは!?」
「大丈夫。あとで万倍にして返してもらうから」
「それもさすがに無理では!?」
金貨一枚あれば、割と良い物を食べての一家族一ヵ月の食費を賄うことが可能である。
その万倍を稼ぎ出すと闊達な少女が述べているのだが、どう聞いても夢物語にしか聞こえなかった。
なにしろ、何をどう間違えたら、王子が庶民の娘などと結婚しようなどと考えるのだろうか。そこが最大の疑問でもあった。
だが、そんなエリザの心配をよそに、ソリドゥスはデナリと一緒になってテキパキとエリザを飾り立て、貴人の横に並ぶのに相応しい格好を作り上げていった。
「心配なのは分かるんだけど、分が悪いのは認める。でも、そうなる可能性は十分ある。あなたと殿下を引っ付ければね。『奇貨居くべし』、祖父から教わった言葉。奇貨とは将来値段の跳ね上がる商品のこと。それを見つけたら、何が何でも確保して売り時に備えるべし、とね。私にとっての“奇貨”は殿下とエリザの夫婦がそれなの。だから、スタートラインに立つために、まずは二人の結婚を成立させることに全力を尽くす。そこが最初の目標ね」
ソリドゥスは亡き祖父より商売のアレコレを教わって来た。もちろん、祖父のすべてを引き継いだわけではなく、経験不足も否めない。
それでも、こここそが勝負時だと決めた。
「まあ、見てなさい、エリザ。あたしはあなたをシンデレラにしてあげるから」
「えっと、確か、お隣の国のお話でしたっけ? 継母やその連れ子の義姉に虐められていた娘が、魔女の力を借りて王宮の舞踏会に紛れ込み、王子に見初められたっていう」
「そうそう、それそれ。で、私がそのお話の魔女役って感じ。みすぼらしい娘を着飾らせ、王子の目に留まる位置にまで導くのよ」
「あの、私、魔女に売り飛ばされちゃったんですけど!?」
「横暴な亭主から逃げられたんだし、セーフってことで!」
とんだ魔女もいたもんだと、エリザは呆れ返ったが、今更どうすることもできず、目の前の魔女を名乗る商人娘のなすがままであった。
「なお、王子と娘を結びつけたのは、ガラスの靴ではなく、荒縄という俗な物品。魔女様、もう一度脚本を練り直した方がよろしいのでは? 観客はドン引きですよ」
相変わらずのアルジャンの皮肉が炸裂し、ソリドゥスはキッをそちらを睨みつけた。
「やかましい! あほみたいなツッコミ入れてないで、今日使わない服を衣装棚に入れておきなさい!」
「ツッコミを入れるのが、俺の仕事だと思っていたのですが?」
「間違ってないけど、時と場所を選びなさいとも言ったわよ!」
変わることのない二人の応酬劇。よく見かける光景に、エリザはクスリと笑った。なにしろ、今この場は言ってしまえば、居辛い豪華な牢獄とも呼べる場所。とにかく落ち着かないのだ。
しかし、今この部屋にいるのは見知った顔ぶればかり。漂う空気は、いつも吸っている賑やかな厩舎や農園のそれを思い起こさせ、安心感が少しばかり湧いてきた。
~ 第十一話に続く ~
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