3月4日 ああ愛しきスミレ
散歩に出た先で、今春初のスミレの花を見付けた。
全国的にそうであるかは分からないものの、スミレは実は冬にも咲いている。少なくとも私の家の近くに自生しているスミレたちは、11月~1月の寒いうちにも花を咲かせているので、可愛らしいスミレと1年ぶりの再会! というわけではない。
それでもやはり、春に見付けるスミレの嬉しさはひとしおだ。2月にもなると、さすがのスミレたちも花をつけるのをやめ、葉を黄色く変色させて縮こまっている。そこに色彩が戻っていく様子が、たまらなく好きだ。
スミレの美しさは、その色彩の濃さにあると私は思う。
スミレにも種類がある。タチツボスミレ、ニオイスミレ、エイザンスミレ……しかし、このページで指すスミレというのは、ただの「スミレ」だ。学名でいうとビオラ・マンジュリカ。
この種のスミレの、葉や花の色の濃さといったら、土中の春という春をかき集めて、とろとろになるまで煮詰めたような深みがある。濃い緑。濃い紫。道端に咲く春の化身が、スミレという花なのである。
花だけでなく、種にもスミレの魅力が詰まっている。昨日の記事でも書いたが、スミレは「アリ散布」という面白い方法で種を撒く。
スミレの種には、白い塊――エライオソームがくっついている。これは、アリが好む物質(糖とかアミノ酸とか)で出来ている。
働きもののアリさんが、おや何だかおいしそうなものが落ちているぞと、エライオソーム付きの種を巣の近くまで運んでいく。でも食べたいのはエライオソームだけだし、おいしいとこだけ齧り取って残りは捨てるかあ。と、種を巣の周りに置き去りにする。スミレはまんまと、親株からアリの巣に至るまでの道に、種を撒くことができるというわけだ。
アリさんもおいしい。スミレも嬉しい。仕組みを知った私も楽しい。「アリ散布」、とても素敵な種まき方法だ。
こういった散布方法のため、スミレの花はアリの通り道に沿って直線的に咲いていることが多い。スミレを辿ってアリの巣を見つけるのも、また楽しい遊びかもしれない。(見つけたアリの巣は、そっとしておいてあげよう。私は幼いころ、アリの巣を見つけたそばから水を流しこんでいた。最悪な子供である)
なおスミレは、アリに頼らない散布方法も持っている。種を射出するのだ。
スミレの種は、一見すると「つぼみかな?」と思われるような形の、房の中で成熟する。充分に成熟した房は空を向き、ぱかっと三つ又に開く。さながら天からのメッセージを受信せんとするアンテナである。しかし、彼らは何かを受け取ろうとしているわけではない。できるだけ遠くまで種を飛ばせるよう、射出角度を最大にしているのだ。(たぶん)
種たちを抱いたまま、三つ又の房は次第に乾いていく。青々しい緑色だった房が茶色になり、水分が失われ……そして充分に乾燥したとき、パチッという小さな音と共に、種が射出される。乾いて収縮した房に押し出されるのである。
本当に飛ぶのか、どのくらい飛ぶのか気になって、射出間近であろう房を取ってきて観察してみたことがある。(ちなみに、この「スミレの種どこまで飛ぶか検証」に使用した種はプランターに撒き、今は「すみれちゃん」として我が家のアイドルとなっている)
三つ又に開いた房を部屋に置いて、しばらく乾燥させる。静寂と私とスミレ。
そして待ちに待った射出の時、小さな小さな「パチッ」が、部屋の空気を震わせた。……というのは正直なところ大げさで、実際は「あれ? なんか音した?」という程度だった。しかし音はささやかでも、射出能力はとんでもなかった。狭い部屋の中で、私は見事に種を見失ったのだ。
スミレはひとつの房に沢山の種ができる。その後もまだまだたくさん種は飛び、たくさんの種が部屋中にばらまかれ、私はようやく「スミレの種はどれくらい飛ぶのか」、だいたいのところを知ることができた。少なくとも私の部屋の端っこから端っこまで、3~4メートルは飛ぶ。
フローリングの上を転がっていったものもあっただろうから、単純な飛距離とはいえないだろうが、これまたとんでもなく飛ぶものである。しかも飛んだ先でアリに見付けられ、運ばれることもあるだろう。
もし、あるひとつのスミレに標識をして、その標識スミレの種がどこまで運ばれるか検証したら、どんな道筋を描くだろう。
標識スミレの種が芽吹き、花を咲かせ、種をつけたら、その種はどこまで行くのか。その種がまた芽吹き、花を咲かせ……何世代もかけて、スミレは旅をするのだ。スミレの遥かなる旅路に思いを馳せるのも、春の休日の有効活用かもしれない。
やや変則ではあるが、もうひとつスミレの好きポイントを追記しておく。スミレは、ツマグロヒョウモンの食草なのだ。
ツマグロヒョウモンというのはオレンジと黒の蝶で、その幼虫はスミレの仲間を食べる。もちろん園芸用のビオラやパンジーももりもり食べるので、園芸的には害虫だ。だがツマグロヒョウモンの幼虫、たいへんに可愛らしいのだ。
蛹化する直前には、大人の親指くらいかそれよりやや大きいくらいのサイズにまで成長する。黒い体にオレンジの線状模様と、毒々しい色合いだ。しかも、全身からトゲが生えている。
予備知識がなければ、絶対に毒があると思うだろう。しかしツマグロヒョウモン、無毒なのである。写真検索をしたら分かると思うが、絶対に明らかにどう考えても毒がある。でも、無毒なのだ。(トゲがチクチクはするけど)
いかに無毒と分かっていても、触るのに勇気の要る見た目だ。私も、かなり勇気を振り絞って手に乗せた。分かっていても怖い。見た目で威嚇をするというのは、こうまでも有効なのかと驚いた記憶がある。
春、暖かな大気の中に、濃い緑と濃い紫をぐんと伸ばしているスミレたちの中に、ツマグロヒョウモンはいる。葉を、花を、もりもり食べている。
大きく育つ幼虫というのは、当然その分だけ多くの食料を必要とする。たいへんな大喰らいだ。スミレはあっという間に丸裸にされてしまう。
スミレも好き。ツマグロヒョウモンも好き。被食者と捕食者のどちらも好きというのは、時々複雑な心境になったりしなくもないが、今のところあまり深く考えず、「どっちも同時に観察できてラッキー」くらいにとどめることにしている。
これを読んでいる皆さんも、道を歩くときはぜひ、道の端っこの方をよく探してみてほしい。春を煮詰めたような濃い緑と、濃い紫がきっとある。運が良ければ、ツマグロヒョウモンにも出会えるかもしれない。
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