3月3日 迷子のビオラ


 春といえども、明け方はまだまだ寒い。今朝も、植え込みに霜が降りていた。芽吹いたばかりの植物たちには、それこそ身も凍るような冷たさだろう。

 私の家の近くに、どうやらどこかの企業が管理しているらしい花壇があるのだが、そこにも霜は降りていて、パンジー(ビオラかもしれない)の花弁が真っ白にふちどられていた。


 パンジー、あるいはビオラ。どちらもスミレの仲間だ。スミレ科スミレ属。植物の中でも、私が特に好むものたちだ。

 スミレの「良さ」について語りたいところだけれど、今日のところは表題にもある「迷子のビオラ」について書こうと思う。スミレについてはまたのちほど。



 いつも通る道の隅にビオラが生えているのを、つい先月発見した。「自分、雑草でござい」とばかりにアスファルトの隙間から生えているそれは、明らかに園芸種の様相である。嘘つくな、お前雑草(ここでいう雑草とは、「日本列島に本来存在する種であり、なおかつ人間の手入れを受けず自力で生育、繁殖している植物のこと」と定義する)じゃないだろ。


 生えている場所からして、人の手によって植えられたものではない。どこからか種が運ばれてきて、芽吹き、成長し、そして開花したのだろう。この迷子のビオラは、いったいどこから来たのだろうか。



 ビオラはパンジーの小型版のような花で、元々はヨーロッパとかその辺りの植物のはずだ。調べてみると、日本原産のスミレと違い日本の夏の暑さに耐えられないため、自然環境下での夏越しは難しい……らしい。

 ということは、このビオラは夏以降に生えた株ということだ。どこかの花壇から落ちたこぼれ種が、はがれかけたアスファルトの隙間で芽吹き、無骨な用水路のすぐそばに華やかな色をもたらしたというわけだ。


 スミレの種は「アリ散布」という愉快な方法で、広範にわたって撒かれる。これは種にアリの好む物質がくっついていて、それ目当てにアリがスミレの種を運ぶ……という素敵システムなのだけれど、もしかしてビオラにもこの機能が備わっているのではないか。

 ここにかんしては調べてみなければなんとも言えないけれど、そんな気はする。アリが通りやすそうな、アスファルトの溝や縁石の間をたどっていけば、迷子のビオラの「実家」を見付けることができるかもしれない。

 うららかな春の休日の、貴重な時間を割く価値はありそうだ。



 ビオラの実家探しに加えて、せっかくなのでもうひとつ、やりたいことがある。種の採取だ。アスファルトの隙間から芽を出し、見事に開花までこぎつけたド根性ビオラの種、欲しい。

 我が家にはすでに、道端のスミレから種を採取して撒いて芽吹いたスミレ(通称すみれちゃん)と、夏蜜柑を食べたら種があったので何となく撒いてみたら発芽して育ってしまった夏蜜柑(通称みかんちゃん)がいる。

 ここに「ビオラちゃん」が加わると、我が家はもっと賑やかになるのではないだろうか。


 というわけですべきことは、迷子のビオラの受粉作業である。自家受粉に頼ってもいいが、ここは確実に種を取りにいきたい。歩道と用水路との間には手すりが設置されており、ビオラはその手すりの向こう側に咲いているのでやや困難ではあるが、やってできないことはないだろう。


 こういう時、自分の性別が女性であることに心から感謝する。虫好き苔好き地衣類好きはなにかと不審者になりがちだが、ただ女性であるというだけで不審者感が減るのだ。これ私が男性だったら確実に通報されてるな、と思ったことも一度や二度ではない。

 ちなみに職務質問は二度ほど受けたことがある。その節はご迷惑をおかけしました。まだ地面に這いつくばって何やらかんやらしています。



 好きなことを好きなようにやるには、どうしても困難がつきまとう。残念ながら私は「好きなことをするために、周りの目なんて気にしない!」と堂々と言えるほど強くはない。

 なので私は、なんとなく隠れながら、こっそりこそこそ爪楊枝を手に持って、ビオラを受粉させに行くのである。






 ……公道に生えている植物を採取するのって、やっぱり厳密には違法なんだろうか……。


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