最終話 ①
前林ドリームホール
講演会当日がやって来た。
私設の大ホールには天廷会の新規会員が中心に集っていた。
大々的な発表があるということで既存の会員も大勢来ており、そこには楓の母親の姿もある。
楓はここで新しい修行についての説明を行う予定だ。
もちろんそれだけではなく、教主としてのいわゆる『ありがたい話』というのもするつもりでいて、大きなプロジェクターを用いてセミナーと同じような時間を送る予定もあった。
「……出番です、教主様」
「はい」
幹部に指示されて楓は舞台裏からゆっくりと表に出ていく。
パチパチパチパチパチパチ
会員達の拍手に包まれながら、楓は舞台の真ん中に立った。
そこで楓は右手をバッと掲げた。
マイクに風を切る音を乗せることで、ホール中に楓が手を掲げたことが伝わり、その瞬間拍手は止んだ。
「……おや? お終いですか?」
楓の声もまた響き渡る。
今のが第一声だった。
楓はパチンと指を鳴らす。
「少し……いや、かなり物足りないように感じました。もう一度拍手をお願いしてもよろしいですか? はい、せーの」
サクラの幹部たちが拍手を始める。
それに伴って観衆たちも拍手を始めた。
「もっと!」
楓がそう言うと観衆たちは拍手の音を大きくさせる。
「まだです! もっともっと!」
拍手の音がホールの外にも聞こえるのではないかという勢いで増大を続ける。
楓はその音に合わせて両手でジェスチャーをする。
もっと音を上げるようにと、下から上に突き上げる動作を連続で行う。
そして、数回やってから両手を更に高くまで上げると、手を震わせながらもうすぐ止めるという合図を観衆に伝え――勢いよく両手を下ろした。
拍手は一斉に収まり、ホール内は一気に静まり返った。
「……なんてね」
楓はニッコリ笑ってみせた。
一連のやりとりで、ホール内は楓の支配下にあるかのようになっていた。
「皆さんこんにちは、天廷会教主の黒倉楓です。本日はわざわざこのような場所までお越しいただき誠にありがとうございます。それに、私のような若輩者の言葉に耳を傾けて下さるということで、心から恐縮申し上げます」
完全に場の空気を手にした楓はそのまま話を始める。
楓は学生の頃から大舞台での司会や発表には慣れている。
誰もが彼の言葉に耳を澄ませた。
*
講演が進むと、新しい修行についての説明の時間が訪れる。
楓を妨げるものは誰もいない。
この場で会員達に新しい修行について説明してしまえば、それで彼の計画は遂行される。
楓は口を動かしながら内心ではほくそ笑んでいた。
――順調だ。
――ここで大々的に宣伝すれば、新しい修行への参加者も増えることだろう。
――間接的に発表するのと俺が直接伝えるのとじゃ効果は違う。
――これで終わり……いや、始まりだな。
「……では、これより皆さんに重大な発表がございます」
ホールの聴衆は僅かにざわめきを見せる。
新しい修行についての話をすることは、実は会員達には秘密だった。
まだ幹部の間でしか決まっていないことなのだ。
「それは――」
楓がそれを言おうとした時、突然照明が落ちた。
「何だ!?」
「どうなっている!?」
舞台裏では幹部連中が騒ぎ立てている。
聴衆のざわめきも激しくなっていた。
――何だ……?
――トラブルか?
楓も状況がわからずにいた。
だが、この程度のトラブルは想定内ではある。
動揺はしていなかったが、それでも事態をどう収めようかと思案するのに時間が掛かった。
そして……そこに隙があった。
バッと舞台の中心に照明が寄せられた。
そして、照らされた人物は――。
「皆さんこんにちは! 天廷会アイドルグループ『believe`s』です!」
「……は?」
楓が面食らうのも仕方がない。
舞台上には、いつの間にか暗闇に紛れて四人の人物が上がって来ていた。
それは、真白、青子、朱音、佐奈の四人だった。
四人は謎のアイドル衣装のような派手な服を着ていた。
楓は頭が真っ白になっていた。
「ま……真白? みんな? な、何やってんだ……?」
「私達の歌! 聞いてください!」
真白は楓を無視して聴衆に語り掛ける。
しかし、ここで楓の方に目線を向けた。
まるで挑戦を吹っ掛けるかのように。
「曲名は……『私は貴方の狂信者』!」
楓が何か言う前に、既に四人は歌い始めていた。
――何だ……これ……。
もう、楓は困惑で頭を抱えずにはいられなかった。
*
一週間前 天廷会館
「はぁ!? 歌!?」
真白は声を荒らげた。
「ああ、そうだ。講演会をぶち壊すにはそれしかない」
「いやいやいやいやいや! 確かに講演会をぶち壊せば黒倉さんの計画の邪魔にはなるかもしれませんけど……でも歌って……」
提案をしたのは玄野だった。
楓を止めるための『面白い考え』とは、講演会をぶち壊すことだったのだ。
「彼の計画では、きっと講演会で新しい修行の参加者を莫大に増やす魂胆なのだろう。それだけ自身の人心掌握術に自信があるのだ。だが……だからこそそこに隙がある。講演会さえ台無しにしてしまえば、彼は会員達への説明の機を失う。それどころか、上手いこと君が彼と同じかそれ以上に会員達の心を掴めば、新しい修行を否定する君に、味方をする人間も増えるかもしれない。聡明な楓君ならば、天廷会に対立関係が生まれる可能性があるというだけで計画を取り止めるはずだ」
真白だけではなく、青子も朱音も佐奈も玄野の話をその場で聞いていた。
「いや……流石に私がみんなの心を掴むなんて、そんなの……」
「だからこその『歌』だ」
「えぇ……」
真白は呆れ気味だったが、玄野の表情は真剣だった。
「歌には力がある。正確には『音』だがね。大きな音は強制的に場を支配することができるのだ。他の誰にも邪魔することはできなくなる。講演会で君らが突然現れて歌を披露すれば、聴衆は楓君ではなく君らに注目を寄せる」
「それは間違いなくそうでしょうけど……」
「真白ちゃんの味方が増えるとは限らないんじゃないですか?」
青子は真白より真面目に玄野の提案を聞いていたが、やはり素直に同意はできなかった。
「歌の終わりに自己紹介するといい。……真白ちゃん、君には力がある。それは、君自身がこの天廷会の教祖・虎崎輪道の孫だということだ。その事実と、唐突に歌を披露した度胸と行動力。そこに……カリスマが生まれるのさ」
「カリスマ……?」
「そうだ。楓君に対抗したければ、君が楓君と同等の立場になればいい。天廷会に対立を生みたくない彼の心理を利用するために、君の信者を作るんだ。この講演会でね」
「で、でも……そんなに上手くいくのでしょうか……?」
朱音も疑問に思って口を開いた。
「そうですよ。真白たんは確かに滅茶苦茶可愛いですけど、そんな簡単に信者が作れるものではないと思います」
佐奈もまだ否定的だった。
だが、玄野はフッと笑った。
「『簡単』……? では、君は今から一週間で、数百人が見守る舞台に立って、歌を歌えるようになれと言われてできるかな? それも、失敗は許されない、たった一度きりのチャンスだ。歌詞を間違えずに歌い切ってみせることができるか? ホールの奥まで聞こえるように声を張る様になれるか? カリスマを見せつけたければ、多少の『上手さ』は必要不可欠だ。せめて、一度も噛まずに、歌詞を間違えずに、音程を間違えない程度の『上手さ』くらいは……ね」
玄野にそう言われると、朱音も佐奈も逆に不安になってしまった。
突然大舞台に立って、一度もミスを出さずに歌を歌い切れる自信などは彼女らにはない。
彼が難題を押し付けてきていることを理解した。
ただ、青子は一人その先まで理解していた。
「……だから、『私たち四人で』……なんですね」
「君は理解が早いな」
「歌詞を分担して歌えば負担はかなり減らすことができる。それでも難易度はかなり高いと思いますけど……やり切れば確かに注目は集められる」
「そうだ。そして、歌の終わりに真白ちゃんが教祖の孫だということが知れ渡れば、彼女の言葉はそれはそれは大きな力を持つようになる。一際目立ってしまった真白ちゃんがその場で天廷会の『金儲け』を否定すれば、楓君は何もできなくなるだろう」
四人は納得した。
楓が天廷会のことを大事に思っていることはみんなわかっていた。
佐奈と朱音が真白と楓の対立を嫌うように、楓もまた天廷会の人々が対立することを嫌うと確信していたのだ。
真白が大勢の会員の前で目立ちさえすれば……その上で、楓と逆の意見を先に言ってしまえば、楓は新しい修行の話など二度とできなくなるはずだ。
四人はお互いに目を合わせて頷いた。
「一週間……練習期間としては少ないですね……」
「でも、私は真白たんの為に頑張るよ!」
「人前に立つのは初めての経験ですけど……が、頑張ります!」
「私も有休取るよ。真白ちゃん、一緒に頑張ろう!」
真白は決意を新たにした。
ただ、一つだけ疑問が生まれた。
「あ、でも……何を歌えばいいんですか?」
「私が作詞、作曲した歌がある。それを歌ってみないかい?」
「……何なんですか貴方は……」
玄野は不敵に笑うだけだった。
真白は改めて気合いを入れ直す。
――待っていてくださいね、黒倉さん。
――必ず……止めて見せますから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます