第10話 ②
数日後 天廷会本部
定例会は今まで通り本部で行われている。
楓と真白はお互いに顔を合わせることは無いまま会議室に訪れた。
会議室には二人の他に幹部達が顔を揃えている。
全員が集合すると、早速会議が始まる。
「では、お願いいたします、教主様」
補佐役の幹部に振られて、楓は立ち上がった。
「本日は新しく導入を検討している修行について話し合いたいと思います。質問は説明を終えた後にお願いしますね」
楓はわざとらしく真白の方に目を向けた。
真白も、楓が自分に対して言っているのだと判断する。
「……さて、皆さんは天廷会の現状を御存知ですよね? 天廷会は今、金銭的にゆとりを持つことができずにいます。その結果、このままでは運営の維持が困難になると考えられます。……私は、天廷会を守りたい。天廷会を信じる人々を守りたい。何故なら、人々の『救済』と『結束』こそが、天廷教の第一理念だからです! 今回新しく導入を考えている修行は、その目的を達成するためのものです。では、その内容について説明していきましょう!」
楓は身振り手振りを激しくさせて、幹部達の心を掴みに行く。
たとえ彼の言葉が詭弁でも、聞こえが良ければ彼らはそれに従う。
幹部達は皆天廷教の信者ではあるが、それはあくまで立場上の話であり、盲目的に心酔しているわけではない。
彼らにとって重要なのは、自分たちにもたらされる利益だ。
そして、その利益を享受する大義名分を必要としている。
なので、もっともな理由を楓が伝えさえすれば、楓の計画が頓挫することは無い。
「まずはこちらの資料をご覧ください」
楓はそう言いながらプロジェクターで資料をスクリーンに映した。
彼が用意した資料は、新しい修行をわかりやすく説明するためのものだ。
「新しい修行の内容は、自然を利用して身を清めるというものです。修験道や滝行、数日を掛けてみっちり活動を行います。特別なものとして取り組むため、会員の皆さんには有償で行ってもらいます。もちろん、費用はそれによって補填されるのですが、無理のある内容だとは考えていません。何故なら、それだけの価値がこの修行にはあるからです。では、詳しい説明をしていきましょう」
幹部達は黙って楓の話を聞いていた。
そもそも、幹部達の内数人は既にこの計画を把握している。
それどころか、楓と協力して資料の作成も行っている人間もいる。
計画の遂行は、全て始める前から決まっていた。
「…………」
真白は冷や汗をかきながら楓の話を聞いていた。
――なんてハッタリを利かせた資料……。
――もう全部黒倉さんの予定通りに進んでいるということですか?
楓の場を支配する能力に呑まれまいと、真白は改めて意思を固めた。
*
楓はそれから先もスラスラと新しい修行を説明していった。
それによって得られるメリットだけではなく、デメリットについても言及した。
計画に現実性を持たせるためだ。
「……確かに、これまでの天廷会の方針とは少しだけズレた形にはなります。今までの会員の皆さんが賛同する保証はありません。……しかし! これは後退ではなく前進です! 天廷会を更に発展させていくためには、必要な取り組みだと私は考えています! ……皆さんはどうですか?」
楓は不敵な笑みを浮かべている。
自信たっぷりな雰囲気だけで、誰も反対意見を言う気にはならなくなる。
だが、真白だけは楓を睨み続けていた。
「……さて、それでは質問のある方はいますか?」
真白は楓が言い終わるよりも早く手を上げた。
「……何ですか?」
真白は立ち上がった。
「私が聞きたいのは、それによって損をする会員が現れてしまうのではないかということです。それについてはどう思っていますか?」
楓は待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。
「言いたいことはわかります。確かに、有償だと自身の財力を考慮せずに投資する人々も現れてしまうことでしょう。……ですが、私の目的は天廷会を守ることにあります。その目的は果たせると考えています」
「私が聞きたいのはそんなことじゃありません! 損をする人も天廷会の一員なんですよ? 会員一人を守れなくて、天廷会を守れるというんですか?」
声を大きくする真白とは対照的に、楓は冷静さを保ち続けていた。
「……どうやら私の言葉の意図を理解していないようだ。天廷会を信じる人々を守ることと、それによってその人達が損をすることは両立しているのですよ」
「……は? 何を言って……」
真白は楓の言葉が理解できない。
その様子を見て、やれやれといった表情で楓は語り始めた。
「わかりませんか? …………真白、お前の言う『損をする』っていう話は、あくまで金銭的な問題を抱える恐れがあるってことだろ?」
楓は言葉を砕き始めた。
真白に対して敬語で話し続けることに、違和感を隠しきれなかったのだ。
自然な態度を出した方が、彼女を言いくるめられると考えた。
「それは……当たり前じゃないですか。他に何があるって言うんですか?」
「じゃあ聞くが、例えば会員の一人が天廷会にお布施を出すことができなくなり、借金を背負ったとする。さて……彼らは一体何を頼りにするだろうか?」
「何って…………わ、わかりません……」
真白が答えられないことも、楓の予想通りだった。
「答えは一つ、天廷会だ。当然だろう? そもそも、それ程までに天廷会を信じてくれたから、借金を抱えてくれたんだ。彼らは……最後に天廷会を頼ってくれるんだ」
「でも……でも! 頼ってくれたからといって、その人達を守ることはできないじゃないですか!」
楓は首を横に振る。
「お前と俺は『守る』っていう言葉の使い方が違うらしい。彼らは天廷会を心の拠り所としてくれているんだ。それだけで『守る』ことができているんだよ。俺の目的は達成されているんだ」
「心を救うことができれば……他はどうなっても良いって言うんですか!?」
楓はニッコリと笑った。
「我々宗教法人にできることはそれだけですから」
楓はわざとらしく敬語口調に戻してくる。
真白は唇を噛み締めた。
ここで引くわけにはいかなかった。
「皆さん! それでいいんですか!? 天廷会を信じてくれている人たちを、裏切ることになるんじゃないですか!?」
激昂する真白に、幹部たちはたじろぐことしかできない。
「真白、お前はわかってない。天廷会を継続させていくためには、これは仕方のない処置なんだ。ここにいる幹部の皆さんも全員それはわかっている。……大人になれよ、真白」
真白は拳を強く握りしめた。
「違います! 天廷会の為じゃない……みんな自分のことを考えているだけなんじゃないですか!? 自分の立場を守りたいから同調しているだけで……末端の人達のことなんてどうなろうと構わないと思っている! そうなんじゃないですか!?」
楓は不敵な笑みを続ける。
真白は完全に口を出し過ぎていた。
彼の思い通りになっていたのだ。
「……議題と関係のない質問はお止めください」
「……黒倉さん……!」
真白は、ニヤリとしている楓を見てハッとする。
周囲を見渡すと、幹部たちは誰も真白に目を合わせてくれなかった。
幹部たちは、既に自分に味方をしてくれそうになかった。
彼女の先程の発言で、心証を悪くさせてしまったのだ。
――しまった……!
――幹部達の心証を失ったら否決は通らない……。
――全部……全部黒倉さんの思い通りだ……。
真白はようやく、楓が自分に幹部の印象を悪くする発言をさせてきていたことに気付いた。
楓は、真白が計画に対して否定意見を述べてくることはわかっていた。
最悪なのは、真白の否定意見に対して幹部たちが同調してしまうことだった。
だから、楓は真白と幹部達とで対立関係を作ることを考えた。
幹部たちは真白が発言しない限り自分に否定してくることはないと考えていたので、真白が何かを話してきたら、すぐに幹部達が全員自分の側にいると真白に思わせようとしたのだ。
真白がするべきだったのは、楓に賛成しきっていない幹部の心を掴んで、新しい修行のデメリットをひたすら挙げることだった。
――真白、誰の入れ知恵でこの場に来ることを考えたのかは知らないが……お前は話し合いが苦手だろう?
――俺は知ってる。お前にこの場を支配することは絶対にできない。人には適材適所ってモンがあるんだよ。
「さて……他に質問のある方はいますか?」
場は完全に楓のものだった。
幹部達に楓を否定する理由は無い。
誰も手を上げることはなかった。
「そんな……」
真白は絶望してしまった。
もう、どうしたらいいかわからなくなってしまった。
「では当初の予定通り、今度の新規会員向けの講演会で、この修行について話をしたいと思います」
「え……講演会……?」
そんな話は真白にとって初耳だった。
「大きなホールを借りてやる予定なんだ。最近新規会員が爆増しているからさ」
「爆増……? 何故……」
「さあ?」
――まさか……マルチを再開したから?
真白は愕然とする。
マルチで入会したばかりの会員に、更に新しい修行に同調圧力で参加させることで、金を毟り取る算段なのだと気付いた。
「黒倉さん……」
「そういうことで……よろしいですね?」
楓の微笑みを見ると、真白は悲しみが溢れ出す。
結局、何もすることができなかった。
真白は自分の意思を貫き通すことに失敗した。
楓を睨み続けることも、もうできなくなってしまった。
*
天廷会本部 教主室
楓は会議が終わった後、三木と今後の方針について話し合っていた。
「……では、講演会はそのような段取りでお願いします」
「はい」
三木は背を向けて立ち上がる。
しかし、彼はそこで立ち止まった。
「教主様」
「はい、何ですか?」
もう一度三木は楓の方を向いた。
「……真白ちゃんは大丈夫ですか? 何か私の方からフォローできることがあればやっておきますが……」
三木は先程の会議で、真白と楓の間に溝が生まれてしまったのではないかと考えていた。
彼は楓の様に合理的な人間だったが、多少の情も持ち合わせていた。
若い二人の関係を心配していたのだ。
「……心配いりませんよ。別に俺は、真白に嫌われたって構わないと思っていますから。俺は教主ですよ? もう……真白一人に構ってもいられないんですよ」
三木は目を細めてしまった。
彼の目から見ても、真白が楓をどう思っているのかは明らかだった。
しかし、楓はあっさりと真白を切り捨ててしまったのだ。
「……君がそう言うのなら私は何も言わないよ。しかし……正しいことをすれば人が付いてくるとは限らないということは……覚えておいた方がいい」
三木はそれだけ言って教主室を去っていった。
楓は三木の言葉の意味を理解していた。
だが、どうしようもないことだと考えていた。
多少の身近な人間は離れていっても仕方がない。
それでも楓は天廷会を守ることに拘った。
「……俺はきっと、『面白いから』天廷会を守りたいと思っているんだろうな……。結局、俺は昔から何も変わっていない。でも、それでも別にいいさ。それも人生。人生なんて所詮……死ぬまでの暇潰しだ」
*
天廷会館
真白は会館に戻って、定例会の結果を青子たち三人に報告していた。
「そっかぁ……上手くいかなかったかぁ……」
しょんぼりとした真白の様子を見て、青子たちは心配する素振りをする。
「もう私……どうしたらいいか……」
「真白たん……」
励ましたいのはやまやまだったが、誰もかける言葉が見つからなかった。
「お困りの様だね」
その時、会館に一人の男が現れた。
「貴方は……!」
黄道麟示郎……いや、本名は玄野武。
天廷会の前教主がそこにいた。
「何故ここに……」
「私は確かに教主を辞めたが、天廷会を抜けたつもりはないよ? ここに来てもおかしくはない」
「いや、そういうことではなく……」
この場で青子だけが彼が何者かわかっていなかった。
恐縮していた佐奈と朱音は口を開かなかったが、青子はそうではない。
「あの……貴方は?」
「私は玄野武。真白ちゃんと楓君の相談役のようなものだ」
「初耳ですけど……」
真白は呆れ気味に言う。
「さて……事情は大体わかっているよ。真白ちゃん、君は楓君を止めたいのだろう?」
「それは……はい、そうです」
玄野は微笑む。
いつもの様に不敵な様子で。
「私に『面白い』考えがある。伸るか反るかは君ら次第だ」
「え……『君ら』……?」
真白は玄野が何を言っているのかわからない。
だが、頼りになるものはほかになかった。
今の真白は誰を疑うこともしない。
藁をも縋る思いで彼を信じることにした。
楓を止める……ただそれだけの為に――。
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