第7話 ②

 数日後 路線バス内




 楓と真白はバスに乗ってボランティア活動を行う目的地へと向かっていた。

 二人は一番後部座席に座っていた。


「……」

「真白、今日は静かだな」


 最近の真白は楓に会う度に激しく悶絶したり声が上擦ったりしていたので、落ち着くことが少なかった。

 ――馬鹿! 違いますよ!

 ――ドキドキして喋れないんです!

 日数は経っていたが、まだ彼女は自分の気持ちを制御できずにいた。

 当然目線は窓側の方を向いていた。


「……今だから言うけどさ」

「え?」

「俺は、捕まる覚悟であの白髪坊主を陥れようとしたんだ。嘘の証拠を用意してさ」

「そ、そうだったんですか?」


 思わず楓の方を向く。

 真白は、玄野が自ら辞任して、楓を推薦したという話を聞いてはいたが、何故そうなったのかは聞いていなかった。


「ただ……アイツが面白がって俺を教主にしただけなんだ。俺は……何もしてないんだ」

「そんなことないですよ!」


 真白はすぐさま否定した。

 しかし、恥ずかしさが勝ってしまう。


「あ……いや、別に……その……多少は! まあ? 役に立ったんじゃないですか? いや! 私は何とも思ってないですけど!」


 照れ隠しにしか見えないので、楓は微笑んだ。


「サンキュ。でも、謝りたかったんだ。母さんにはもう全部話したんだけど、俺……普通に捕まって、実刑食らってた可能性もあったわけだしな」

「あ……そ、そうですよ! 何勝手なことばっかしてるんですか!」

「だから、ごめんな」


 楓の笑顔を見て、真白は顔を紅潮させる。

 ――違う……。違うのに……。

 ――責めたくなんてないのに……。

 矛盾したことばかりしてしまう自分自身が嫌になっていた。


「いやー、嬉しいな。真白も俺がいなくなったら嫌だと思ってくれてたんだな。ハハハ」

「な……!」


 楓は冗談のつもりで言っただけだが、真白は意識を強めるだけだ。


「違いますからね! 私はただ……貴方に利用価値があると思っているだけですから……」

「ハハハ、照れてら」

「うがああああ」


 真白は再び楓から目を逸らした。

 楓はそれも照れ隠しだと気付いていたので、幸せそうに微笑み続けていた。



 征西せいせい川 河川敷




 天廷会主催のボランティアには、天廷会の会員以外にも一般人の参加が行われている。

 そこでの勧誘活動は最小限に抑えられているが、そこから入会する人間も確かに存在した。

 本日のボランティア活動は、地域の河川敷の清掃活動だ。

 楓は主催として、参加者の前に立って挨拶を始めた。


「本日は天廷会主催の清掃活動にお集まりいただきありがとうございます。これから早速河川敷のゴミ拾いを始めていただこうと思っているのですが……その前に一言」

「?」


 真白は楓の隣にいながら、楓が何を言おうとしているかがわからなかった。

 楓は皆に笑顔を向けている。


「こちらにあります、皆さんに配られるゴミ袋に、一番多くゴミを集めた方には、私より賞品をお渡しします。……ま、ちょっとしたインセンティブですよ」


 参加者はそこまでの盛り上がりは見せなかった。

 賞品が何かわからなかったからだ。

 楓はニヤリとしてみせた。


「皆さん、賞品が何か知りたがっていますね? いえ! 言われなくてもわかります! 私がお渡しする賞品とは……」


 楓は自身の荷物からビニール袋を取り出した。

 そして、そのビニール袋に入っているものを取り出し、掲げる。


「こちらのミックスジュースです! どやあ!」


 拍子抜けの品物だったが、楓のテンションに皆愛想笑いを浮かべてくれている。

 無償のボランティアで物がもらえるというので、中には張り切ろうとする者もいた。


「……しょーがない、頑張りますか!」

「ミックスジュースのためにもねぇ!」

「ハッハッハ」


 大人は空気を読んで盛り上がりを見せた。

 中には学生もいたが、暑い日にジュースを無料で貰えるとなると、彼らもやる気を出さざるを得ない。



「……それでは! 皆さんよろしくお願いしまーす!」


 ゴミ袋を配り終えると楓が号令を掛けた。

 それを機に参加者たちはゴミ拾いを開始する。


「……黒倉さん、何故賞品を? 意味あるんですか?」


 真白は楓の傍を常にキープして質問した。


「別に、変なこと企んでるわけじゃねぇよ。ただ、天廷会に良いイメージを持ってもらいたいからな。ボランティア活動を、多少は楽しんでやってほしくてさ」

「ミックスジュースじゃ……心許ないですけどね」

「そこはまあ……俺の自費だからなぁ。あ、もちろん真白も頑張れば賞品あげるよ」


 真白は溜息を吐いた。


「いりませんよ……別に」

「なんだ、ミックスジュースはそんなに好きじゃなかったっけ? あ、やっぱタピオカか? タピオカがいいのか?」

「そういうわけではないですよ……。私が欲しいのは……」


 真白は、ふと楓の荷物を見た。

 彼女は荷物の中身を知っている。


「まさか、俺の昼飯とかいうなよ? お前、自分の分持ってきてるだろ?」

「それはまあ……」


 当然そういうわけではない。

 彼女はただ、楓から何かを貰えるのなら、楓の物が欲しいと思っただけなのだ。

 だが、楓にそれはわからない。

 彼女の視線が荷物から自分の方へ移っていることに気付いた彼は、ふぅと息を吐いた。


「……仕方ねぇな」

「え?」


 楓は、自分が身に着けていた羽織を掴む。


「そんなにこれが羨ましかったのか……」

「はい?」

「まあ、確かにカッコいいからな。わかるぜ」

「いや、別にそういうわけでは……」

「よし! お前が一番ゴミを拾ったら、ミックスジュースをあげるついでに、この羽織を着せてやろう! 特別にな!」

「……いや、何言って…………ハッ!」


 真白に電流が走る。

 ――黒倉さんが着ている羽織を……私が……!?

 ――それはつまり……。

 真白は閃いた。

 ――私と黒倉さんが抱き合うことに等しいのでは……!?

 真白は、自分と楓が抱き合っている様を思い浮かべながら悶えた。


「ふ……ふひ、ふひひひ。ふへへへへ」

「そ、そんなに嬉しいのか……」


 楓は真白の汚い笑い方に気圧されてしまった。

 そして真白は、絶対に誰よりもゴミを集めることを決意するのだった。




 真白は誰よりもやる気を出してゴミ拾いをしていた。

 河川敷にはそこまで大きなゴミは落ちていなかったので、袋を満タンにするのは困難だった。

 だが、彼女は河川敷の端から端まで。さらには橋の付近や、少し河川敷を離れた所まで出張ってゴミを探していた。


「黒倉さん! 見て下さい! どうですか! このゴミの数!」


 真白は自信たっぷりの表情で楓に袋を見せびらかした。

 楓は見回り役を務めながらだったので、あまりゴミを拾えていない。

 なので、彼女は自分と比べればかなりのゴミを拾っているように思えた。


「おお! やるなあ、真白。流石だよ!」

「え、そ、そうですか? え、えへへへへ」


 真白は褒められた経験が少ないので、顔をフニャフニャにしながら頭を掻いた。


「でも、さっきの茶木さんの方が多かったなあ。というか、敬虔な信者みたいでさ、賞品について、『ミックスジュースもいいけど、教主様の連絡先も知りたいです!』なんて言われちゃったよ。アハハハ」

「あ?」


 真白の顔は強張りを見せる。

 人生で初めての嫉妬の感情だ。


「ま、俺の人相の悪さでも、立場でこうも人の態度が変わるんだなって思ったよ。今まで自分から行くことしかなかったからさ」

「……私の方が多く集めますから」

「へ?」

「賞品は私のモノですからね!」


 真白は振り返ってゴミ拾いを再開した。

 楓は何が何やらという気分だったが、彼女のモチベーションは最高潮だった。



 数時間後




 ゴミ拾いが終わると、最初に皆が集まった場所に参加者は戻ってくる。

 それぞれのゴミ袋を一ヶ所に集積するためだ。

 楓は中心に立って全員に聞こえるように話し始める。


「さて! それでは皆さんのゴミ袋を比べてみましょう!」


 参加者達は自分のゴミ袋を自身の正面に置く。

 楓はそれを一人ひとり見て回った。

 人数はそれほど多いわけでもないので、楓は一人で全員分を確認した。


「どうですか! 黒倉さん! 私はなんと二袋も満タンにしましたよ!」


 真白は満面の笑みを浮かべる。

 自分が一番だと既に確信していた。


「おおー、凄いな。今日はやけにやる気があったな」

「まあ? それほどでも? ないですけど?」


 楓に褒められると更に有頂天になる。

 続いて楓は他の人のゴミ袋も確認しに行く。

 全員分を見て終わると、再び中心に戻った。


「……さて、それでは優勝者を発表しましょう! 一番ゴミを集めたのは……」


 真白は自分が呼ばれるとしか思っていなかった。

 他の人がどれだけ集めていたのかは見ていなかった。


「茶木さんです! おめでとうございます! こちらのミックスジュースを贈呈いたします!」

「はあああ!?」


 真白は愕然とした。

 楓の言った『茶木』という人物は、先程楓に連絡先を貰おうとしていた者だとわかったからだ。


「ば、馬鹿な……この私が……?」


 真白は楓の下に向かった。


「ま、待って下さい! こ、これは何かの間違い……間違いです! そんな……私が……負けるなんて……」

「いや、流石に見るも明らかだろ。茶木さんの袋三つだし」

「三つぅぅ!?」


 完全に敗北が確定した。

 真白はその場で項垂れてしまった。


「そんな……私……頑張ったのに……」


 流石に落ち込みようが半端ではなかったので、楓はすかさずフォローすることに決める。


「そんなに落ち込むなよ。あ、羽織だったら後で着せてやるからさ」

「え!? いいんですか!?」

「ああ、もちろん」


 真白は少し表情が明るくなったが、まだ気分が晴れたわけではない。

 何故なら、楓と『茶木』という人物が親交を深めるようなことになるのが嫌だったからだ。


「あ、あの……でも、連絡先……」

「教主様!」


 すると、一人が楓の下にやって来た。


「ああ、茶木さん。それではミックスジュースをどうぞ! あと、連絡先もついでにプレゼント!」

「わあい、ありがとうございまーす」

「…………」


 真白は唖然としていた。

 楓があっさりと連絡先を渡したから……ではない。


「どうした? 真白?」


 『茶木』と呼ばれた人物は、どこからどう見ても――。


「男かよ!」

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