第3話 ②
天廷会館
「ホントですか!? 知らなかったなあ!」
楓は、会員数名と談笑していた。
オーバーなリアクションを取りながら相手の機嫌を取って会話をする。
自分の話ばかりではなく相手の話にも耳を傾け、必死に話題を繋げる。
だが、その必死さが露わにならないように注意するのも欠かさず、常に笑顔を絶やさない。
人相が悪い彼は真顔でいると印象が悪く取られる可能性があったので、表情を作り続ける必要があった。
修行の時間が始まると、人々は祈りを始める。
ようやく一人になった楓はエントランスのソファに腰を下ろす。
「フー……」
彼は疲れていた。
常に周りに気を遣い続ける日々を送っていたためだ。
「疲れてますね」
「ああ、真白か……」
真白はゆっくりと楓と対面する様に向かいのソファに座った。
「大丈夫ですか? 心配してるわけじゃないですけど」
「……ああ、万事順調だ」
項垂れていた楓は顔を上げる。
「もう会館の名物オヤジですね」
「『お兄さん』って言ってくれ」
「商売は上手くいってますか?」
「まあ、赤字だな。でも……黒になるまでそうはかからない」
「え、本当ですか? 売人の方が頑張ってるんですか?」
「ああ。一人大量に売りさばいてる奴がいてな。……営業の才能があるよな」
「誰ですか? それ」
「青子だよ。
「ああ……あの、パツキン年増おばさんですか」
真白は青子にとんでもない渾名を付けていた。
最初に『ロリ』扱いを受けたのがかなり堪えていたのだ。
「お前酷いな……」
「何がですか?」
澄ました顔で誹謗中傷をする彼女に楓は逆に安堵した。
色々な人物を相手にしていると、変わらない彼女が傍にいることが清涼剤になっていた。
しかし、まだまだ計画の途中でしかない。
楓は改めて襟を正すように気合を入れ直した。
*
株式会社リーディングトライデント
竜胆青子は、アパレル関係の業種で働いていた。
本部の企画課で働いている彼女は、現在昼休憩に入っていた。
トイレのすぐ傍で同僚と談笑していると、たまたまダイエットの話になり、楓から貰ったサプリメントについて喋り始めた。
「でね、それが思ってたより効果があってさー。そうだ、涼香も買ってみる? ちょっと値は張るけど」
「あーうちはいいや」
「そう? マジで効くよ?」
「……ってかさ、あんたそれ、利用されてるみたいじゃね? 何でそこまで売るのに協力してんの?」
同僚の涼香の言う通り、青子は他の誰よりも熱心に楓との約束を守っていた。
自分の周りやネットを駆使してかなり売りさばいていた。
「いや、別に……そう約束したから……」
「まあ青子が良いならいいけどさ……なんか、騙されないか心配だわー」
「騙されるって……やだなーそんなわけないでしょ?」
「でも、なんか怪しいよね」
「……怪しい?」
「怪しい」
「……」
青子は目を逸らしながら苦笑いをした。
*
レストラン『カステイラ』
青子に呼び出され、楓は真白を連れて再び会合していた。
理由は当然サプリメントの売買についてだ。
「……という感じで、なんかあまり周りに心配されたくなくてさ」
「売るのを止めたいって?」
「……まあ、うん」
楓は微笑んだ。
「わかった! 別に強要するつもりはないよ。つーか、ここまで手伝ってくれてマジで感謝してる。ホントありがとうな!」
「いや、私の方こそありがとね。力になれなくてごめん」
「いやいや! メチャメチャ助かったっつーの! マジサンキュー!」
青子は当初不安を抱えながら断りを入れに来たのだが、予想以上に明るく受け入れた楓を見て安堵を示す。
「それじゃあ、そういうことで!」
*
青子が店を出て少ししてから、楓と真白も店を出た。
二人は歩きながら先の出来事を振り返っていた。
「あのパツキン、黒倉さんの策略に勘付いていたんでしょうか?」
「……いや、別にそういうわけじゃないだろう。まあ、ここらが潮時だったかな」
「いいんですか? もう売れなくなるのに」
「前に言っただろ? 俺は天廷会に貢献して目立てればそれでいいんだ。それに、正直ホッとしてる」
「何でですか?」
「最悪なのは、売り上げを折半しようと提案されることだ。友達っていうのは金に換えられない関係なんだよ。ビジネスの関係にしたくはないからな……」
友達のいない真白にはあまり理解できない言葉だった。
「? よくわかりませんね。別にビジネスの関係でもいいと思いますけど。まあ、売り上げが減ってしまう問題はありますけど」
「いや、それより『売るのを止めたい』って頼まれる方が遥かにましだ。『友達』の関係を続けられるんだからな」
「……そんなに大事ですか? 『友達』とかいう関係が」
楓は真白にもわかりやすいように説明する必要があると考えた。
その為、彼女の価値観でも『友達』の重要性が伝わる様に言葉を選ぼうとする。
「いいか? 友達っていうのは、『利用し合える』関係なんだよ。見返りを求めずにな。これって、なかなか作れない関係なんだ。だからあっさりと手放すわけにはいかない。俺が青子たちをマルチに勧誘しなかった理由はこれもある。捨てるにはもったいないんだよ。……後々まだ利用価値があるんだからな」
「……悪い顔してますよ」
真白は苦笑いをしたが、楓が他人を悪く言うのは気分が良かった。
もちろん、楓は真白にも伝わる様にこういう言い方をしただけだが、真白からすれば楓が素直な態度を隠さずにいるように見え、好印象となった。
しかし、二人が歩きながらそんな話をしているのを、その人物は路地裏に隠れて聞いていた。
二人より先に店を出た人物――青子だった。
青子は、楓の真意を確かめたかったのだ。
そして、今の言葉を真意だと受け取ってしまった。
青子はあんぐりと口を開いていた。
*
前林駅前広場
楓と真白は、ベンチに座って頭を下げていた。
その理由は、二人の前で両腕を腰に当てて睨み続ける青子の存在が全てを語っていた。
「……で、どういうこと?」
まるで青子の背中から、ゴゴゴと音を立てて熱気が溢れてくるようだった。
彼女は怒り心頭だ。
彼女は、楓の『利用価値がある』という言葉が、自分のことを言っているとすぐにわかった。
二人を呼び止めた彼女は、話を聞くべくベンチに座らせた。
「あー……その、実はですね? 色々わけがあってですね?」
「じゃあ説明してくれる?」
「……実はその……俺さ」
「うん」
青子の言葉の節々から怒気が込められていた。
楓は、ゆっくりと口を開く。
「教主になろうと思ってるんだ」
「…………は?」
*
楓は、事の次第を全て洗いざらい説明した。
それは、彼がまだ青子との友人関係を失いたくないと考えていたからだ。
当然真白が何者かも彼女に伝えた。
しかし、真白は頭を下げながらも青子に対して睨みを利かせていた。
彼女は楓とは違い青子のことを知らないため、警戒し続けていたのだ。
「……えっと……まあ、そういうわけだからさ。悪い、利用する形になって」
楓は話の複雑さに狼狽している青子を見ながら余裕を出していた。
ただし、悪いと思っているのは本当のことだ。
「……なんか、色々大変なんだね……」
青子はまだ状況を理解しきれていなかったがとにかく同情心だけは生まれていた。
彼女にとって楓は悪い人物ではなく、むしろ色々と助けられた相手だったのだ。
「まあな……。ホントは巻き込みたくないから黙ってたんだけど……」
「楓……」
青子はしゃがみ、楓の両肩に触れた。
「楓、そんなこと言わないでよ。私達、友達でしょ? その話を聞いたら私が断ると思ったの? もっと私のこと信頼してよ」
「青子……」
二人はほんの僅かな間、目を合わせた。
青子は優しい微笑みを向け続ける。
しかし、真白はそんな彼女を横から見て、フンと鼻で笑った。
「……何が『友達』ですか」
「え?」
低い声で呟いた真白に驚いたのか、青子は両手を楓から離して彼女の方を向いた。
「『友達』? 『信頼』? バカバカしいにも程がありますね。貴女、どうして黒倉さんが初めに全部話さなかったかわからないんですか? 単純に、貴女が足手まといだからですよ。役に立つと思わなかったからです。でも、正しいのは黒倉さんです。だって、話そうが黙ってようが貴女は協力していたんでしょう? だったら、余計なことをさせないために黙っておくのが正解ですよ」
二人は黙ってしまった。
それは、あまりにも真白の言うことが屈折していたからだ。
自分から、聞いてもいないのに『友達』という存在を批判するだけの彼女には、明らかに過去の経験から来る諦観のようなものが見え隠れしていた。
「……じゃ、もういいですか? 私はこれで帰ります」
真白は沈黙が訪れると、立ち上がってその場を去ってしまった。
二人は彼女の背中を見つめる。
「……楓、あの子、何があったの?」
「……さあな。俺は知らねぇよ」
楓も立ち上がる。
「私のこと、頼ってくれて大丈夫だからね?」
「……ああ。ありがとう。アイツの言ったことは気にすんなよ?」
「うん。でも……楓はあの子のこと気にしてあげなよ」
青子は一般的な価値観を持ち合わせていた。
だから、真白が歪んでいることは今のやりとりだけで判断できた。
今真白の傍にいるのが楓だけならば、彼女を正せるのは楓しかいないと思ったのだ。
「……楓は、お母さんとあの子のために頑張ってるんでしょ?」
「……まあ、そうだな」
「実際その……教主とかいうのにはなれそうなの?」
「そうだな……正直言って、上手くいっても数年はかかるだろう。何なら、十年以上必要かもしれない。俺が天廷会の中で立場を上げていくのに、どれだけ時間が掛かるかわからないからな」
楓は、真白の前では自信たっぷりな様相を見せていたが、冷静に計画の行く末を見据えていた。
「アイツの前では強がるけれど、やっぱり内部からゆっくり変えていくにはどうしても時間が掛かるし、不安はないわけじゃない。でも――」
「でも?」
「俺さ、楽しんでるんだよ、今を。だからまだまだやれる。母さんの為や、アイツに同情しているのは間違いないけれど、今はそれが一番なんだ」
「楓……」
*
青子は、ふと初めて楓と出会った日のことを思い出していた。
それは、彼女が大学生の頃のことだ。
彼女は授業の過去問を手に入れるため、色々な人を盥回しにされて楓に辿り着いていた。
『よく俺の下に辿り着いたな』
『【過去問屋の黒倉】ってあんた?』
『ああ、そうだ』
『……いくらで貰える?』
『金は要らねぇよ。俺が欲しいのは過去問だ』
『え? 何で?』
『俺はこの大学の全ての授業の過去問を手に入れる。そして、裏で大学を支配してやるのさ!』
『だ、大それたこと考えるのね……。ってか、何で?』
『決まってる。楽しいからさ!』
*
今の楓が見せた笑顔は、青子が初めて見た時のものと同じだった。
楓は昔から、行動力と計算高さを持つ人物だった。
しかし、その行動力の高さが、時として災いを生んでいた。
彼は大学四年の時期に探偵業を始めようと考え、周囲から依頼を得て浮気調査などをしていた。
そして、試しに自分の父親も調べてしまったのが、両親の離婚に繋がった。
青子はその時、何も楓にしてあげることができなかった。
友達だった彼女は、ずっと楓のことを心配していた。
「楓は変わらないね」
「そうか?」
あの日から楓がどう過ごしていたのかは、青子にはわからない。
今もなお、結局傍から案じることしかできずにいる。
だからこそ、彼女は胸の内に秘めた思いを、決して表に出すことはなかったのだ。
決して――。
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