第3話 ①

 天廷会館




 楓が天廷会に入会して一週間程が経過した。

 毎日会館に訪れて幾人と会話をするため、少しずつだが楓の存在が周囲に認知され始めていた。

 今日も楓は何人かに挨拶を済ませた後、エントランスのベンチに腰を下ろしていた。


「人望は集まりそうですか?」


 楓に話しかけてきたのは真白。

 ぶっきらぼうな態度を取っていた。


「ぼちぼち……かな。何かこう……目立つことをしないと駄目なんだよな。ただ元気よく挨拶をして、面白い話をしているだけじゃ、人気は増えても信頼は生まれない」

「どうするんですか?」

「……実際に天廷会に貢献する必要がある」

「どうやって?」


 楓はフッと笑って立ち上がった。


「マルチに協力する」



 真白は楓の提案に反対だったが、楓に一時的なものだと諭されると、不満を抱きながらも静観する方向に決定した。

 楓は真白から、マルチの商品売買を担当している天廷会の幹部の一人・周防すおうを紹介してもらった。

 周防は体格のガッシリとした中年で、目も声も大きく、見た目からは青果店の店主と言われても納得のいく風貌だった。

 楓は会館の事務室で彼と対面した。


「聞きましたよ、周防さん。うちのお母さん、なんか良く効くサプリを買ったって」


 楓はニコニコ笑いながら話を始めた。

 周防は当初楓の人相の悪さから不安を感じていたが、真白が共にいることで警戒は解いていた。

 周防は元々真白の祖父の部下だったのだ。


「ああ、売れ行きに貢献してくれて助かっているよ。まあ、怪しまれることが多いからね」


 周防はガハハと笑った。冗談のつもりでいる。


「ハハハ、確かに。……ところで、その言い方だとあまり売れていないように聞こえますね。やっぱり、連鎖販売取引は難しいんですかね?」


 具体的な取引の手法を口にした楓に、周防は少々解いた警戒を再び強めた。


「あ、ああ……。まあ、最近はみんな警戒が強くてね。確かに、一見聞こえは良くないからねぇ……」


 周防はわざとらしく、『商品自体は良いものなんだけどなぁ』と呟いた。


「俺が買ってもいいですか?」

「え?」


 微笑みながら言う楓に、周防は虚を突かれる。

 だが、楓はなおも微笑み続ける。


「俺の友達に、そういうサプリが欲しいっていう人がいるんですよ。売るかどうかはともかく、試しに俺も協力させてください、周防さんに」

「いいのかい? まあ、君が言うなら私は構わないが……」

「俺だって会員ですよ。折角会員割引が利くなら、買うのも悪くないでしょう?」


 周防は楓の考えが読めなかった。

 ただ、周防にとっては商品を取引する相手がいるのなら他は何でも良かった。

 あまり深くは考えず、彼の提案を断る理由はない。


「……そうだな! ありがとう、えっと……」

「楓です。黒倉楓」

「ありがとう、楓君! 毎度あり!」


 楓は不敵に微笑んだ。

 隣に座って話を聞いていた真白は不安な表情を浮かべていたが、静観すると決めた以上、何を言うことも出来なかった。



 レストラン『カステイラ』




 その日、楓と真白の二人はファミレスにやって来ていた。

 目的は、楓の友人と会うためだ。

 真白は楓が何を企んでいるのかがわからなかった。


「あの、ちゃんと売れるんですか? まともな人なら、マルチってバレたら断られる可能性高いと思いますけど……」

「真白、今日は『売る』だの『買う』だの『マルチ』だのは禁句な。できればずっと黙って座ってるだけでも構わないからさ」


 真白は頭に疑問符を浮かべるが、楓に言われた通り、今日は黙って座り続けることにした。

 自分にとってもその方が楽だからだ。


「……来た」


 楓の言う通り、入り口からこちらへと向かって来る客が一人。

 女性だった。


「やっほー、楓。元気?」


 金髪で、派手な外見の人物だった。

 真白は、明らかに自分とは相容れないタイプだと悟った。


「ああ。青子あおこも元気か?」

「もち! 卒業以来じゃんねー」


 青子と呼ばれる女性は笑顔のまま席に着いた。

 真白から見ても楓とは親しげな様子だった。


「というかその子誰? まさか……彼女? ロリコン?」


 青子は背の低い真白を見て中学生くらいかと予想してしまった。

 実際は青子と真白の年齢差は五つしかない。

 真白は彼女の言葉に苛立ちを見せていた。


「ちげーよ。ただの知り合い。たまたま同席してるだけで、人見知りだから変なこというなよ。あと、年も一応子どもじゃねぇから」

「そうなんだ……。あ、あの、ごめんね?」


 青子の謝罪に対して真白は睨みを返すだけだった。

 楓の言う通り『人見知り』を演じることにしたのだ。


「てかさ……その……大丈夫? あれから……」

「ああ、心配ねぇよ。むしろ、暫く貯金で暮らせるから気が楽だな」

「そ、そう……。ならいいけど……」


 青子が心配しているのは、楓の両親の離婚に関してだ。

 楓は心配させまいとするが、青子は素直に受け止め切れていなかった。


「でさ! 今日はどうしたん? なんかどうしても頼みたいことがあるって聞いて、ちょっとワクワクしてきたんだけど」

「ああ、実は――」


 楓は、自分のカバンから手帳とペンを取り出した。


「アンケートに答えてもらいたかったんだ」


 真白は、楓の言っていることがチンプンカンプンだった。

 てっきり商品の宣伝とマルチ勧誘をしに来たと思っていたので、まるで状況が理解できなかった。


「アンケート? 何の?」

「まあ、健康に関して……かな?」


 ――何言ってんのこの人……。 

 真白の疑問を他所に、楓は話を続ける。


「まあ、そこまで時間は取らねぇよ。いいか?」

「うん、いいよー」

「じゃあ、まず……年齢は?」

「いや! 同い年でしょうが!」

「次、身長は?」

「百六十だけど」

「体重は?」

「……答えなきゃ駄目?」

「いや、言いたくなければ別にいいよ。それじゃあ、スリーサイズは?」

「ノーコメントで!」

「最近健康に関して悩んでいることは?」

「うーん……そうだなぁ……ちょっとだけ……いや、ちょっとだけだよ? ……お腹が出てきたことが……いや! ちょっとだけね! ホントちょっとだけ!」

「成程。それじゃあ次の質問――」


 そんな調子で、楓は次々に質問を続けた。

 とても意味がある様には見えない質問。

 ほんの雑談も交えながら、そんなまったく勧誘とは関係ない質問をし続けるだけだった。

 そして、アンケートと称される質疑応答が終わりを告げた。


「……さて、アンケートは以上だ。あとはまあ、折角再会したわけだし、テキトーに談笑するか」


 楓は手帳とペンをカバンに戻した。


「あ、そうだ。ねぇ楓。楓は同窓会来るの?」

「うーん……まあ、考えとくよ」

「えー、来なよー」

「ハハハ、行けたら行くよ」

「それ来ない奴じゃん!」


 笑いながら飲み物を一口喉に通すと、楓は話を変えてきた。


「……ところでさ……さっき、『ダイエットしたい』みたいな話してたよな?」

「え? ああ……いや! そ、そこまでではないからね!? ホント少しウエストが気になる様な……ってくらいで!」

「そういえば、母さんがダイエットに効く良いサプリ見つけたって言ってたな……」

「え! 何それ!?」


 青子はものすごい勢いで食いついてきた。


「あー……でも、市販では売ってないみたいなんだよなぁ……」


 楓はスマホをポケットから取り出した。

 そして、手慣れた手つきで検索機能を使う。

 いや、実際には使っていない。

 隣で画面を見ている真白にはわかっていた。

 楓はただ、予め開いていた検索結果画面を出していただけだった。


「ほら、確かこれだ。……ネットだと、ちょっと高いんだな……」


 そう言ってスマホの画面に映ったサプリメントの写真を青子に見せる。

 それは、ネットのショッピング検索で出てきた画像と値段で、楓はわざと一番高く値段がついているものを、拡大して青子に見せていた。


「うーむ……確かに。まあ、買う程ではないかなぁ……」

「だよなぁ……って! 俺の母さんは買っちゃったんだけど!」

「いやいや、そういう意味じゃないよ」


 これは楓の演技。

 そもそも、楓の母親が買ったのは天廷会の人間からで、ダイエット効果があったとも言っていなかった。


「つーかさ、実はうちにちょっとだけ余ってんだよね、コレ」

「え? そーなの?」

「ああ。買い取ってくれたりしねぇよなー? なあ、女神青子様?」

「しませーん」

「ハハハ、わかってるよ」


 真白は、楓がいつの間にか勧誘を始めていることに気付いた。

 しかし、どうしてここまで遠回しな言い方を続けているのかがわからない。

 そもそも、青子が勧誘を受けそうな人物にも見えていなかった。


「じゃあさ、処分してくれないか?」

「? どういうこと?」

「コイツを青子にあげるって話だよ」

「え? 何で? いいの?」


 青子は自分に上手い話が来たので、少しだけ懸念を始めようとする。

 だが、楓はそれよりも早く口を動かす。


「でも、その代わり頼みたいことがあるんだ」

「えー、何? 面倒だったら要らないよ?」

「いや、たいしたことじゃねぇよ。もし……そう、もしもでいいんだ。このサプリがさ、青子に効果があったら、売るのを手伝ってくれないか? ネットで売られてるのと同じくらいの値段でさ。そしたら俺も余った分の元が取れる。でも、効果が見られなかったら別に手伝ってもらわなくて構わない。効果が無いんじゃそもそも売れないからな」

「……うーん、まあ、『効果があったら』……って話なら、別に私は構わないけど……。私に損は無いしね」

「だろ? なあ、頼むよ青子様」


 楓は心底困っている風を見せて頼み込んでいた。

 青子にこれを断る理由は特に無かった。

 『売るのを手伝う』というのは、別にそれを強要されているわけではなかったからだ。

 自分には損が無い。むしろ、サプリの効果があったならメリットしかない。効果がある商品なら、売るのも難しくなくなるからだ。

 だから青子は頷いた。


「まあ、いいよ。楓がどうしてもって言うならさ」

「マジか! 助かるよ!」


 楓は笑顔を青子に見せた。

 青子は、楓が何か企んでいるような気がしていたのだが、それでも断るには至らなかった。

 結果として、楓は後日サプリを青子に郵送することを決めた。 

 二人はその後取り留めもない会話をしばらく続け、やがて青子が先に店を出ていった。



「……で、何の話をしていたんですか?」


 真白は、二人きりになってから楓に話しかけた。


「聞いてた通りだよ」

「いや、わからないですよ。マルチに勧誘するんじゃなかったんですか?」

「……残念ながら、俺の知り合いにマルチをやってくれる奴はいない。簡単に騙される様な奴もな」

「じゃあ、一体何を……」

「だから、俺の代わりに売り手を任せようと思ったんだ。みんな俺の知らない人と関わりがあるだろうからな。まあ、ネットで売るって発想もあるけど、俺一人でやるよりは大勢巻き込んだ方が長期的に見て効果あるだろ?」

「でも、『商品に効果が無かったら』売り手にはなってくれないんですよね?」

「ああ。でも、そもそも効果が全く見込めない商品なら、マルチ商法だって成立させられないだろ? 多少なり効果が見込めるから売りを始めたんだ。もちろん、数撃って当たるのはほんの数人だけだろう。でも、それだけでも充分だ。俺は何もせず、みんなが俺の代わりに売ってくれるなら、そんなに楽なことは無い。しかも、売り上げは全部俺の下に来るわけだしな」


 真白は楓の目論見を理解したが、それでも期待はしていなかった。


「タダで働かせる売人ですか……。なんか騙しているのと変わらない気がしますね」

「そうか? そもそも効果が見られないって言われたら協力してもらえないんだぜ? 友達のたくさんいる俺だから、数撃ってほんの数人の『タダ働き』を作れるんだ。いや、まだ『作れる』とも言えないな。何なら誰も効果が出たって奴は現れないかもしれない」

「その時はどうするんですか?」

「どうもしねぇよ。俺がサプリを買うだけで充分天廷会には貢献できてるだろ? 利益が出たなら更に貢献できるってだけだ」


 楓の目論見は、あくまで天廷会に自分の存在を売り出すことだけだった。

 マルチ商品の購入は、そのための投資でしかない。

 彼はそのように考えていた。


「……ただ、俺の母さんも買った以上、効果はそれなりにある商品だと見込んでるぜ」

「まあ、私は期待しないでおきますよ」


 天廷会の始めたマルチ商法は、楓が当初想像していたものほど悪質ではなかった。

 しかし、それは『今の段階では』という話で、この先商品が目に見える物品ではなく不透明な情報商材や投資などに移っていくと、何の効果も見込めない商品に高値を付けて売り払うような商売が始まってしまう可能性がある。

 それを恐れている楓は、マルチ勧誘で新規会員を増やして天廷会に貢献するよりは、できることなら自分一人が無数の売人をタダで雇って、それによる利益を天廷会に収めて貢献する方がいいと考えた。

 つまり、マルチ商法を成功させずに貢献する方針に出たのだ。

 彼は、最終的に天廷会からマルチ商法を排除するつもりでいたのだ。



 一ヶ月後 天廷会本部 教主の間




 楓の存在は、もはや会館に通う人で知らない者はいなかった。

 彼は毎日会館に顔を出し、たまに修行にも参加していた。

 講演会にも欠かさず出席して、加えてサプリの販売にも大きく貢献していた。

 彼が声を掛けた友人は約三十人程だったが、その中で『売人』になってくれたのは四人だった。

 四人の中でも上手く商品を売っているのは二人だけだったが、それでも多少なり利益が得られていた。

 楓はその利益を、周防を通して天廷会に収めていた。

 彼の売買の仕方では会員は増えていなかったが、それでもたったの一ヶ月での行動の成果は見張るものがあった。

 彼自身が既に大量にサプリメントを購入していたので、天廷会としてはかなりの儲けが出ていたのだ。

 当然このような活躍をする人間は今までいなかったので、天廷会の幹部の間でも楓の名前は話題に挙がる。

 そして、教主である黄道麟示郎の耳にも彼の名は届いていた。


「……売り上げの割に、会員は増えていないようだね」


 本部の和室で、彼は幹部からの報告を受けていた。

 和室には教主の座する場と対面する人間との間で段差がある。

 彼は脇息に腕を置きながら楽な姿勢で座っていた。


「ええ、何でも、妙に熱心な信者の方が入って来たようで……。その人物が大量に購入されたようでして……」

「……へぇ……」


 彼は、手元の資料を眺めていた。

 その一枚には、売り上げに関わった人間の名前が書かれている。

 彼は、そのうちの一人に目をやった。


「……黒倉楓……か」

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