第2話 ③

 三日後 天廷会館




 楓は、今日も天廷会館に来ていた。

 時節は過ごしやすい春。

 だが、今日の会館内は暑苦しかった。

 今までになく人が集まっていたからだ。

 ――何だ? 

 疑問に思いながら楓が見つめる人々が向かうのは、第一ホール。

 スケジュール表に目をやると、どうやらそこで『講演会』というのが開かれるようだった。


「あの、立花さん、講演会って何やるんですか?」


 楓は会館にやって来た人の中から、一番顔を合わせる人物に声を掛けた。


「教主様の面白い話を聞けるのよ。いつも色々話題を変えてくるのだけれど、どれも凄く興味深いの」

「はあ、成程……」


 ――教主様?

 ――来てるのか? そいつが……。

 楓は目を鋭くさせる。

 彼はすぐにでも『教主』に会いたかった。


「教主様と直接話すことってできるんですかね?」

「うーん……教主様も忙しいからねぇ……楓君も講演会に出たら? 生教主様見れるわよ。なーんて」

「……そうします」


 笑いながら冗談のような誘い方をする立花だったが、楓は彼女の言う通りに参加を決めた。

 宗教活動への参加はまだだったが、会費を払っている以上、講演会の参加も自由だった。

 楓は次々にやって来る人々と共に第一ホールに入っていった。

 そして、暫くの後、講演会が始まる。



「皆さんは、コンビニで釣銭を募金箱にいれたことはありますか?」


 教主は、そんな問い掛けから語り始めた。


「私はあります。しかし、それは果たして合理的な行動なのでしょうか? 募金をすることによって、我々は何か得をすることがあるのでしょうか? ……私は、『ある』と考えます。募金には、社会貢献による自己肯定感を高める効果があります。また、お金への執着を断つという意味でも、長い目で見れば投資効率があると考えてもいいかもしれません。……一見意味の無い行いでも、それは必ず自分の為になるのです。他人を救済することは、自分を救済することに等しい。これは、天廷教の教えにも出ています。……さて、本日は『募金』について話をしていきましょうか。私の経験談を交えて、『募金』がどのように私達の行動に関わってくるのか、またどのような効果が実際に見られたのかを皆さんに伝えていきたいと思います」


 柔和な微笑に、教師のような語り出し。

 これから話すことが至極平凡な講釈の様にも聞こえた。

 だが、楓はすぐに違和感に気付く。

 ――コイツ……自然に天廷教と繋げてきたな。

 ――下らない話をすると見せかけて、天廷教の理念を説きたい算段なのか?


 教主は白を基調とした装束に、幾つもの装飾を身に着けている。

 見た目からは年齢が予想できず、髪は白い。

 日本人とは思えない風貌だったが、装束に違和感はない。

 常に不敵な笑みを浮かべていて、楓は何か不気味な雰囲気を感じ取っていた。



 講演会が終わると、楓は受付のあるエントランスの方まで戻ってきていた。

 講演会に出ていた人々は、そのまま修行を続けていた。


「あの、ちょっといいですか?」

「はい?」


 楓に声を掛けてきたのは、真白でも他の知り合いでもない、謎の娘だった。


「貴方が最近真白にちょっかい出してる人ですか?」

「えっと……そちらは?」

「私は佐奈。灰原佐奈はいばらさな

「俺は黒倉楓。よろしく」


 楓の差し出した手に、彼女は触らなかった。


「あの、貴方真白の何なんですか?」

「え? いや……うーん……友達とか?」

「は?」


 彼女は苛立ちを見せていた。

 楓は彼女の態度を疑問に思いつつも、他の会員と同じ様に愛想よく応対しようと考えた。


「いや、友達っていうのは、俺が勝手に思ってるだけで……。俺は多分嫌われてると思う」

「……あの、真白を狙ってるなら忠告しておきますけど、あの子に手を出すのは止めといた方がいいですよ? あの子は教祖様の孫ですから」

「えっと……ああ、知ってるよ。てか、俺は別にそんなつもりじゃ――」

「知ってる!? な、何で知ってるんですか?」

「いや……そりゃ、本人に聞いたからだけど?」

「本人から!? 私だって本人からは聞いてないのに!?」


 佐奈は愕然とし、項垂れた。


「えっと……おたくは真白の友達?」

「な……呼び捨て!? というか、貴方には関係ないですから!」

「はあ……」


 ――この子……真白と仲良くなりたいのかな?

 ――大学生……には見えないけど……。

 佐奈は真白より大分背が高く、楓の少し下というくらいだった。

 見た目からは成人しているように見えたが、あまり落ち着きは無かった。



「やあ、こんにちは」


 その時、二人の後ろから挨拶をする人物が現れた。


「教主様……!」


 先程まで講演会で演説をしていたその男は、さも当たり前の様に楓たちに話しかけてきた。

 近付くと、教主の存在から発せられる威圧感がヒシヒシと楓の両肩にのしかかった。

 上背は楓の頭一個分高く、見下ろされる感覚がその男に対する不快感を増長させていた。


「…………」


 オーラに当てられた楓は、言葉を失っていた。

 しかし、教主は不敵な微笑みのまま接し続ける。


「真白ちゃんの友達なのかい?」


 声色は優しげで、どこかで聞いたことがあるかのような安心感があった。

 そのおかげで楓の緊張感も僅かに薄れる。


「……まあ、知り合いですかね」

「そうか。佐奈ちゃんは?」


 突然振られた佐奈はビクッと体を震わせた。


「あ、いや、私は別に……。知りません、その人は」

「……そうか。ありがとう」


 教主が微笑むと、佐奈は安心したように笑顔がこぼれた。


「真白ちゃんとはどう知り合ったのかな?」

「え? いや……普通に彼女に勧誘されただけですよ。別にいつもここに来てるし、疑問に思うことではないんじゃないですか?」

「ちょ、ちょっと! 失礼ですよ!」


 佐奈は慌てて身振り手振りをする。


「いや、気にすることではないよ。……確かに、君の言う通りだ」


 教主は片手で佐奈を制した。


「君は、最近入ったばかりだね?」

「え、ええ……。それが何か?」

「真白ちゃんの勧誘を受けて入った……ということでいいのかな?」

「まあ、そうですかね」

「……あの子とは仲良くしてあげてほしい。教祖様の望みだからね」

「……はあ……わかりました」


 教主はそれだけ言うと会館を出ていった。

 外には既に迎えが来ており、そのまま車の中へと消えていった。

 

「……アレが、教主様か……」

「あの……」


 出入口の方を見続けていた楓に声を掛けたのは佐奈だった。


「何?」

「貴方、結局真白とは何でもないの?」


 二人はもう敬語を使っていなかった。

 少しのやりとりで、互いに気を遣う必要が無い相手だと思ったのだ。


「まあ、今のところは」

「……何よそれ」

「ところで、教主様の名前を聞いてもいいか?」

「え? 貴方、知らなかったの?」


 当然真白に聞く機会はあった。

 だが、現教主の話をするのは地雷である気がしてなかなか聞きだせていなかったのだ。


「……教主様のお名前は、黄道麟示郎おうどうりんじろう。しっかり覚えておくといいわ」

「黄道麟示郎……」


 楓は、その名を胸に刻みつけた。

 いずれ自分が退けなくてはならない、その名前を――。

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