第2話 ②
ショッピングモール『KAKAKA』
楓と真白の二人は、ショッピングモールにやって来ていた。
それなりに機嫌の良い楓に対し、真白は不機嫌さを露わにしていた。
「何で私が無職とデートしなきゃいけないんですか……」
「まあまあ、仲を深めるためだから」
「何で私が……」
真白は自分が元々の言い出しっぺでもあるため、楓の提案を断ることができなかった。
「で、見たいモンある?」
「ありませんよ。今すぐ帰りたい」
「服とかは?」
「買えないのに見てどうするんですか」
「電化製品は?」
「だから高いんですよ、そんなの」
「じゃあゲーセンでも行く?」
「嫌です」
「…………よし、クレープ奢ってやるよ」
楓は女性とデートに行くことは初めてではなかったが、ここまで嫌われている相手と行動を共にするのは初めてのことだった。
しかし、男女の仲は時間が育むものだという考えだったので、彼は文句一つ言わずに彼女をエスコートしようと考えた。
*
真白が選んだクレープはキャラメルバナナ、楓が選んだのはチョコブラウニーだった。
真白は嫌々ながら受け取るも、貰ってすぐにクレープに口をつけた。
「美味しい?」
「……別に、貴方が作ったわけではないでしょう? 言っておきますけど、借りだとは思いませんからね?」
「奢るって言ってんじゃん……」
二人はクレープ屋のすぐ傍のベンチに座った。
真白はひたすら真剣な表情でクレープを食べ続けていた。
「屈辱です……むしゃむしゃ……無職なんかに……むしゃむしゃ……奢られるなんて……むしゃむしゃ」
「食べてから喋ろうな」
楓に言われて真白はゴクンと飲み込んだ。
「……というか、無職の癖に何でお金あるんですか?」
「ああ、それは…………父親の慰謝料だよ」
「え?」
「俺の両親は三年前離婚した。父親が不倫してたんだ。……不倫の証拠を掴んだのは俺だった。父親は、証拠を突き付けた俺を殴ろうとした。母さんは俺を庇って父親に殴られた。結果、父親はいなくなって、代わりに八百万が流れ込んできたわけだ」
「……」
真白のクレープを食べる手が止まった。
「……黒倉さんは、傷心で無職に?」
「いや?」
「え?」
「普通に考えて、貯金があったら働かなくていいだろ? 貯金がなくなるまでは無職でいるつもりだよ」
「……そうですか……」
真白は安心したのか呆れたのか、自分でもよくわからない息を吐いた。
実際、就職の時期にその事件が重なったのは、確かに楓の精神にも影響を与えていた。
しかし、真白に心配をさせないために、楓は敢えて自分はもう乗り越えているのだという体を装った。
「まあ、そういうわけだから、俺は特別マザコンの気が強いんだよ」
「……わざわざ教えてくれてありがとうございます」
「仲を深めるためだよ」
楓は微笑みかけた。
しかし、無理をしていないと言えば嘘になる……そんな微笑みだった。
*
クレープを食べ終えると、楓は真白を連れてアパレルショップへやって来た。
「あの、買いませんからね?」
「わかってるって。何なら奢ろうか?」
「……流石に服はちょっと……」
楓は店の衣服を物色し始めた。
そして、その内一着を手に取る。
「お、これ似合うんじゃないか? 着てみろよ」
「は? 嫌です」
「いいからさ。仲良く仲良く」
真白は渋々試着室へと向かった。
そして、言われるがまま楓の言う服を着させられた。
「……着ましたけど」
「はい、オープン」
そう言われてカーテンを開ける。
彼女が着たのはガーリー系のモノトーンコーデ。
白いブラウスに黒いスカート。
背の高くない彼女に、少女らしい服装は非常にマッチしていた。
「ふむふむ」
「な、何ですか?」
楓は顎に手を当ててじっくりと彼女の姿を眺める。
「うん! 似合う似合う! よし! 次はこっちいってみよう!」
「え、次?」
そうして既に用意していた次の服を渡す楓。
真白は再び言われるがまま着替えさせられた。
「……着ました」
カーテンを開くと、彼女が着ていたのはカーディガンを使ったレイヤードスタイルに、マーメイドスカートのコーデ。
ウエストが引き締まっている彼女には、体のラインがフィットするスカートが丁度良い具合だった。
「ふむふむふむ」
「だから何なんですか?」
真白は少しだけ照れ始めていた。
「うん! 可愛い! よし! お次はこれだ!」
「ま、まだあるんですか……」
三度真白は言われるがまま着替える。
「着ました」
バッとカーテンを開く。
彼女が着ていたのは――。
「何ですかこの服! どこから持ってきたんですか!?」
ゴスロリコーデだった。
黒を基調にしたフリフリのスカート。
リボンがいくつも付いた、いかにもすぐにそれとわかる服装だった。
「うおお! すごい! メッチャ似合ってるよ!」
「着替えます!」
真白は顔を真っ赤にしてカーテンを閉めた。
一方の楓は満足したようで、うんうんと頷いていた。
*
真白が苛立ちで顔を膨らませながら出てくると、楓は笑顔で彼女を慰めながらカフェへと連れて行った。
カフェに入ると、楓は真白に飲みたい物を聞いた。
彼女は顔を背けながら『タピオカ』と言うので、楓は二人分のタピオカを注文した。
タピオカを受け取り席に座ると、真白は不機嫌に口を開く。
「何ですか? 私、辱めを受けているんですか?」
「ちげぇって。あんまり可愛いからついつい」
「…………」
楓は誉め言葉のつもりで言ったのだが、真白は煽られているのだと感じてしまった。
「……あの、まさかとは思いますけど、私のこと懐柔しようとしてませんか? 貴方の目的は母親のためだけのはず……そもそも、私に協力するのがおかしいし……」
「あのなぁ……」
流石の楓も何度も自分を疑われると溜息を吐いてしまった。
「お前、何でそう人のこと信じられないんだ? 自分から俺を頼ってきた癖にさ」
「それは……別に、貴方が信用に値しない人間なだけですよ……」
「じゃあ、お前にとって『信用に値する人間』は誰だ?」
「…………」
真白は黙ってしまった。
「はぁ……まあいいよ。……なあ真白、お前は俺と仲良くしたくないんだよな?」
「当たり前じゃないですか」
「でも、俺の力は借りたいと」
「……」
真白は目を逸らす。
ばつの悪い顔をしていた。
「……何というかさ……別に俺のことは信用してくれなくてもいい。でも、せめて俺を利用する気概は見せてくれてもいいんじゃないか? お前は俺に『教主になってほしい』って言っただけで、何もしないじゃないか」
「……」
「真白?」
これ以上はまたキレだすかもしれない。
そう思った楓は次の言葉が出て来ない。
「…………私は、貴方のような人が嫌いです」
「ん?」
「自分に自信があって、余裕があって、いとも容易く他人の言葉を信用する……」
「俺、褒められてる?」
「馬鹿にしてるんです。私はそういう人が嫌いなので」
「というか、俺が誰の言葉を信用したんだ?」
「私の、『貴方が教主様になればいい』という言葉です。何日か考えて、私はその実現の難しさを思い知ってきたんです。でも……貴方は本気で目指そうとしている」
「それは、目指そうとしないことには達成できないってだけだ。俺だって、人の言葉はそう簡単に信じられない。……父親のこともあるしな」
楓はタピオカのストローに口をつける。
「私は……自分でもどうしたらいいかわからないです。頼れる人はいない……でも、天廷会はどうにかしたい。でも……貴方は信じられない……」
楓は、真白が自分を信じたいと少しでも思っているのだと気付いた。
彼女の表情には、それだけの葛藤が見受けられたのだ。
「……オーケーわかった。ゆっくりやっていこうや。俺とお前がそんないきなり仲良くなれないのなんて、わかってたことだしな」
「黒倉さん……」
真白はまだ、タピオカに口をつけていなかった。
彼女の頭はずっとゴチャゴチャになっていたのだ。
それもこれも、彼女にとって楓はイレギュラーすぎる存在だったからだ。
しかし、ゆっくり、確かに彼女の心に変化は起き始めていた――。
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