第44話
「あなたは黙ってて。どうせその足じゃ無理」
エディナは腕の力だけでロストを簡単に椅子に座らせると、テーブルを押しのけ、ちょうど自分の額の高さにある銃口に正面から向き合った。
エディナに人形みたいに操られているロストをクレールが笑い、引き金に指がかかったまま、銃口が不安定に揺れた。
「ロスト、こうなったのはあんたのせいだよ。あんたがエディナを見る目が許せなかった。私の息子を殺した女を、そんな目で見る男がいるのがね」
エディナが眉をひそめて振り返り、今度はロストが目を逸らす。
「もういいから、そいつをよこせ。あんたの息子が『運送屋』でただの宅配してたわけじゃないのはわかってんだろ? 今のあんたがやってることを、クホリンに対してやったんだ」
クレールは天井の紐に吊した草の束を見上げ、匂いを嗅ぐ。
「うちの村の風習でね、死者の霊は愛するものの側にいようとするから、霊の嫌いな匂いで追い払うんだ。ちゃんと天使の導きに従えるようにね。順番通りならいいけど、逆になってると我が子にむち打つみたいで酷だわ」
「追い払ってくれるやつがいるならまだいい」
ロストの心からの羨望がクレールに引き金を引かせた。廃材の食器棚に小さな穴が空き、中で食器が砕ける。クレールの手が震え、銃を捨てたがっているのに指が開かずに手放せない。
ロストはゆっくりと、両手を開いてクレールに近づき、銃を持った右手に手を被せて指を一本ずつ開いた。強張った手は冷たく、指が伸びると小枝が折れるような音がする。
「あの子のせいだって言うの? あそこにいたのも、銃を持ったのも、その女に殴り殺されたのも」
馬鹿が馬鹿になった責任なんて取れるか。
いつもみたいにそう言えよと、ロストは思う。仕事のうちだろ。
唇が半開きで口の中が乾いていた。喉の奥まで乾きは入り込んでいて、空気が通るだけで喉が痛む。
冷蔵庫に隠していた氷のように冷えた銃をポケットに入れてどっちの罪が重いだろうと考える。少年を殴り殺すのと、その死を隠してなかったことにしてしまうのと。
クレールは自分の身体を支えきれなくなってロストの胸に倒れ込む。彼女の頭を抱き、固く編み込んだ髪の下で汗ばんだ皮膚を指先で引っ掻くように撫でながら、ロストはエディナを振り返る。
誰のせいでもない。毎日誰かがどこかで死ぬ。必然的に発生する排泄物みたいなものだ。エディナが無表情な瞳で押し殺しているのも、クレールがロストの肩に吐きかける熱い吐息を生むのも同じ感情で、どこにでもありふれている。
「クホリンの動画を観ながら、あの子たちに言ったよ。やりかたは違っても、みんなが自分の居場所でクホリンみたいに戦えたら、きっと世の中はよくなるって。今思うと馬鹿みたいだけど、あの子たちの前だと本当に聞こえた」
嗚咽交じりで途切れ途切れに喋るクレールを向いたまま、エディナは車椅子を後ろに動かしてドアに向かって移動する。期待はずれの舞台の途中で席を立つ観客のような態度だ。
ロストはクレールが倒れてしまわないように支えながら、床に静かに座らせた。銃も彼女の手に返す。息を殺してゆっくりと身を引くロストに気づかないみたいに、クレールはロストの肩に顔をつけた姿勢で泣いていた。
「あの子は戦ったんだよ。自分のやりかたで、この貧しい生活とね」
エディナは指を一本立てて顔の前で回す。狭い室内で方向転換しにくいから、旋回させてほしい。ロストはサンドイッチを一つ口に入れ、一つをポケットにしまうとダンスを踊るみたいにエディナを腕の下で回した。
「お前のせいだ。お前が私たちに戦い方を教えたせいだ。ヒーローなら、ほんとにそうなら、誰にも知られずに戦って死ね」
呪いをかけるみたいにクレールが叫び、エディナは車輪を強く掴んで家を出ようとしない。ロストは車椅子ごと彼女を持ち上げて外に出し、後ろ手にドアを閉める。
一人しかいない家の中から銃声が聞こえるのを恐れ、ロストは車椅子を押して家から離れる。背もたれのグリップがなく、仕方なくエディナの肩胛骨の辺りから肩に手を被せて押していく。
白い襟の下に汗が染みて黒く滲んで、背中は張り詰めて固く、顔以外の全てで泣いている。
クレールの家がある辺りは降砂の吹きだまりになっていて、足音は砂に吸い込まれ、車輪の回転する音だけを聞いていると、ここで見たものは全て過去の記憶で、クレールもその子供たちもずっと昔に死んだ人間に思えた。
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