第43話
「一緒に来なさい。一人で残ったら、あなた質問攻めで食べてる暇ないから」
ロストはため息をついてエディナの背後に回った。車椅子の背もたれからグリップは外されていて、エディナはロストが近づくと同じだけ離れていく。人前で介助させる気にはなれないらしい。
クレールの自宅は整地された地域にあり、白塗りの箱のような画一的な建物が等間隔に並んでいた。
「まるで鳥小屋だろ。募金やら福祉予算やらで建てられた、一応の公共住宅ってやつさ。あたしは子供がいたから戸建てに入れたけど、離婚した旦那は蜂の巣みたいなのに今でも住んでるよ」
「機能的だ」
クレールが入ろうとしている家の前でロストは素直に褒めてみたが、エディナに猛禽のような目で睨まれる。
「何か飲み物を用意するから、好きなとこに座って待ってておくれ。置いてあるのは何でも食べていいから」
先に入ったクレールは簾を潜って台所に行った。靴を脱ぐ場所はなく、玄関から入ってすぐに居間になっている。テーブルと椅子が二脚。廃品を再利用した食器棚や腰掛けにもなる物入れが、なるべく手狭にならないように注意深く配置されていた。
天井の中央から紐が放射状に渡され、乾燥した草の束がいくつもかけられている。それの匂いなのか、冷たく濡れた灰のような匂いが立ちこめていた。
「公共住宅なんだから、褒めるなら内装よ。あなた、ほんとに社会性がないのね」
「知るかよ、ここお前の親戚の家か?」
ロストがテーブルの上の大皿から綺麗にカットされたサンドイッチを取ると、エディナは行儀の悪い子供を叱るみたいにロストの膝を叩き、テーブルの周りを一周しながら室内を見回す。
「子供がいるって言ってたけど、一緒には住んでないのかな」
「そういう詮索をするのは失礼だと思うね。それよりこれ食えよ、うまいぞ。何の肉かよくわかんねえけど」
エディナは食器棚の前で止まり、寝かせてある写真立てを起こそうと手を伸ばすが、届かない。
ロストがサンドイッチを持った手で写真立てを起こすと、エディナは写真を見ずにロストの顔を見上げている。まるでロストが写真を見たがっていたかのように。
三つの写真立てに入っているのは徐々に成長していく二人の少年の写真だ。少年たちはクレールよりはやや丸顔で眼が細いが、顎の輪郭がそっくりだ。二人とも体格がよく、最後にクレールと一緒に写った写真では彼女より大きい。
サンドイッチが飲み込めない。喉に、腕くらいの太さがある缶でも詰まったみたいに息苦しい。
二人のうち、一人には見覚えがある。缶底と同じ形に口が広がって、光を知らない深海魚みたいな目をした顔しか見ていないけど、すぐにわかった。
何も気づかなかったかのように写真立てを棚に戻すが、エディナはロストのほうから話すべきことがあるとわかっていて、言葉を待っている。
何て言えばいい?
お前のために殺した。仕方なかった。やらなきゃやられてた。あるいは後悔か? 自分の半分くらいの年齢の少年を残酷に殺した、自覚か?
全部違う。エディナが求めている言葉が見つからない。
「よく三人でレディ・クホリンの活躍を観てたわ。とくに兄のほうが好きでね、自分で動画を編集してた。教会のチャリティーの手伝いにも何度か行ってたよ。エディナと会ってたかもね」
クレールが簾の向こうで壁に寄りかかり、懐かしそうに微笑んでいる。不明瞭な影になった彼女の顔の中で、歯が異様に白い。無理に作った笑顔の攻撃的な白さ。
「だからびっくりしたよ。弟を殺したのはクホリンだって言い出したときはね」
ロストは指で兄弟の頭を弾いて写真立てを倒す。
「集団訴訟に参加しろよ。裁判で好きなだけ恨み言を言えば良い。ここでエディナに言うと、後々不利になるぞ」
クレールは首を振って一応の確認のように、エディナに向かって軽く訊ねる。
「エディナはどう? どっちかに見覚えはない?」
「現場に子供はいなかった。そういうことにしたの」
「実際にはいたのね?」
教会で見せていた自信のある態度も、歯切れのいい喋り方も消えた。信じると信じないを繰り返し、波が少しずつ岸壁を削るように彼女の精神をすり減らした。
「レディの現場に子供はいない。絶対にだ」
「強く殴りすぎて顔面が潰れちゃったから、見てないって言えば見てない。でも残ってたサンプルから遺伝子検査して身元はわかった。この子よ。私が殺した」
ロストが声をかき消すようにテーブルを叩くと、怯えて肩を揺らしたのはクレールではなく、エディナだ。ロストのしてきたことを知っていて、それを無駄にしているのもわかっていて、それでも自分の考えを曲げない。ちゃんとエディナだ。
「何かの勘違いだ。お前は現場にいた連中のことなんか知らないだろ」
「調べ直したの。ムラサメに頼んで」
ロストは目を逸らしたエディナに舌打ちする。エディナに頼まれればムラサメは何でも調べてくるだろう。ロストが昏睡し、ドギーがモールの事後処理に追われているときなら、それを止める人間もいない。
どうしてそんなことを調べた?
聞きたかったが、クレールの手が簾を通り抜け、手のひらに収まる二十二口径をエディナに向けたとなると後回しだ。
「エディナが来るって聞いて、ボランティアに参加したけど、問いただすつもりはなかった。こんなもの用意しても、ただ頭の中で想像して終わりだと思った」
「そうだ。想像するだけにしとけ。それじゃ一発で仕留めらんねえし、俺は二発目は撃たせない」
「あなたは黙ってて。どうせその足じゃ無理」
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