第30話

 自分のメモをしまった場所がわからずにさっそく時間を無駄にしているケイトに、シュリが自分のメモを渡して最初の質問を指す。

 まるで新人研修だ。


「初めまして、ケイトです。今日はインタビューを受けてくださり、ありがとうございます」


「こちらこそ、課題として選んでもらえて嬉しい。

私の活動を幅広い世代に理解してもらえるきっかけになればと期待してる」


「まず、レディ・クホリンとしての活動についてですが──」


 喉を詰まらせたみたいに言葉が切れ、ケイトが困惑した視線をシュリに向ける。質問の内容がケイトのメモとは違うようだ。


「現在、活動しているCVヒーローの多くが活動内容の動画を編集してから公開しています。

レディほどの認知度で、ライブのみで配信をしているのはレディだけです。

なぜ、現場を中継するという危険を伴う手法にこだわるのですか?」


 インタビューの入りは悪くない。

 ヒーローになった経緯や活動の概要は省いてレディの本質へと切り込んでいる。

 エディナも思ったよりやりやすいと感じたのか、満足そうにうなずいている。


「編集を否定しているのでないことは最初に言っておくわね。

捜査段階で映像を公開することはできないし、解決までに時間がかかれば編集せざるをえない。

でも、私の活動は『モリグアイ』の研究データを集めるために、即応部隊と連携することから始まったの。現場の映像は多角的に撮影、分析するという前提だった。

つまり、私のこだわりというよりは原型なのよ、ヒーローとしての」


「『モリグアイ』はレディが現場で着用する特殊なリムのことですね」


 シュリがケイトから引き継ぐ。交互に質問することでテンポ良く、相手に余計なことを考える時間を与えない。


「非殺傷装備のみの仕様となっていますが、犯罪者の制圧に用いるにはオーバースペックでは?

映像から分析されたモリグアイの反応速度は軍事用の類似品の数値を遙かに上回っています。機動性、アシスト率も同様です」


「やりすぎってこと?

私もときどき家で自分の映像を観ているときにそう思うわ。ちょっとひどすぎるんじゃないかって。

でもね、足の不自由な身体で、最長二メートルの武装だけで、銃を持った相手に向かって走っているときも思うわ。ちょっとひどすぎるって」


 ケイトが笑い、エディナがうまくいったと満足したように紫の煙を吸う。

 シュリもケイトからわけてもらったみたいに笑ったが、質問の手を緩めない。


「それです。あなたの、まさに架空のヒーローさながらに戦う姿に憧れて、犯罪者に素手や自作のスティックで立ち向かう動画が数多く撮られています。

中には死傷者も出ている現状に責任を感じられますか?」


「シュリ、ちょっと質問が……」


 ケイトが流れを修正しようとするが、シュリは彼女を見ない。


 エディナは笑顔を崩さないものの、涙袋が微妙に膨らんだ半笑いに近い笑顔をロストは知っている。

 ボディーショップ店員の肝臓を抉ったときの顔。

 誰から誰を護衛すればいいのかわからなくなってきた。


 でも、エディナがその顔をしたのは一瞬。人さし指を立て、質問者を指定する報道官の真似をしてシュリを指す。


「勉強不足ね。クレイドル・バース・ジャーナルへの私の寄稿文を読んでない?

『スーパーアナライズへの反論』

彼はそういった危険な行為について、私の責任は大きいと批判した。

当然ね。私の真似をして無謀な行いをする人たちに対して私には責任がある。

では勇気は? 犯罪者に立ち向かう勇気はどう?

無謀と勇気は別物なんかじゃない。全ての勇気は無謀。闇の中を全力で走る恐怖と愚かさの中にしかないの。

私は彼らの勇気に力を貰うわ、彼らと同じように走るときに」


「オールド・ファッション・ボーイ」


 ケイトがやや興奮しすぎて顔の皮膚の下で表情筋が赤く発色する。本当に花が咲くみたいで、これを綺麗だと思えるならオーファンの顔が好きになる。

 質問を忘れて見とれるシュリみたいに。


「強盗に加わろうとした友達を助けようとした子。

エディナ……じゃなかったレディがモリグアイを使わずに関わった事件ですよね。

レディは少年の無謀の中の勇気を讃えた」


 ケイトはエディナを尊敬しすぎていて、良い面を引き出すインタビューにしようと必死だ。

 シュリがケイトに気を使って妥協してしまわないように、ロストはシュリのためらう目線を捉えて首を傾ける。


 おいどうした? つまらないインタビューになるぞ。


 シュリは奥歯を噛みしめてメモをポケットに突っ込み、ケイトとは真逆の、犯罪者を責めるかのような口調になる。


「危険な行為を推奨しているようにも聞こえます。

勇気は素晴らしいですが、彼らの支払う代償は大きすぎる。

それとも、彼らの死も私たちは誇りに思うべきですか?」


「それはまったく別の話よ」


「今年に入ってすでに二人、レディ・クホリンの作戦中に殉職されていますね?

今、あなた自身が重ね合わせたように、無謀なのはあなた自身の活動では?」


 シュリの微かに震える顎を横から睨みながら、ロストは机の下で親指を立てる。

 シュリが好きになってきた。

 ケイトと付き合うつもりがあるならドギーにに口添えしてやってもいい。


「隊員たちは訓練を受け、覚悟もしている。決して無謀ではないわ」


「そうでしょうか?

あなた自身が限界を感じているから、カット・グラスの捜査に積極的ではないかという見方もあります」


 エディナが問いかけるような視線をロストに投げかける。

 演技力がないと言っていたが、なかなかの演技派だ。


 ロストは顔をしかめて首を小さく振る。

 インタビューを無理矢理終わらせようとする展開もいいと思ったが、エディナの印象も悪くなる。

 エディナが口を開こうとするタイミングで被せるようにロストが発言するのがベスト。


「ちょっといいかな?

レッド・ブランチの管轄区内で起きた事件を、自分たちの手で解決したいと思うのは不自然ではないだろう」


「組織犯罪以外でレディ・クホリンが指揮を執った前例はありません」


「学生のインタビューを受けた前例もないよ」


 ロストは笑う。相手を子供だと侮って、ジョークにして終わらせる。

 嫌味で低能な大人は演じるぶんには気持ちいい。


 心配なのはケイトだ。さっきはあんなに色鮮やかだった顔から血が引いて、半透明の皮膚が磁器のように真っ白だ。

 もう終わらせてやりたいが、このままでは訴求力に欠ける。


 これはケイトが望んだインタビュー。


「レディにお聞きします。あなたは自身の活動への批判をかわすために、カット・グラスの事件を利用していませんか?」


 磁器のようになった皮膚が砕けてしまうのではないかと思うくらい強く、ケイトはテーブルを叩いて立ち上がった。


「そんな言い方、ひどすぎる。

シュリ、あなたインタビューで大事なのは相手への敬意だって言ってたじゃない。

でも今のあなたにそんなものぜんぜんない。失礼よ。謝るべきだわ」


 シュリは力なく肩を落とし、エディナはケイトの腕を心配そうに見つめている。


「いいのよ、ケイト。シュリはやるべきことをやってる。

私もそれにちゃんと答えたい。だから座って、私の話を聞いて」

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