第29話

 シュリが案内したのは複数の飲食店が共同で使っているブースで、共有のキッチンが中央にあり、半円形の舞台みたいに客席が囲んでいる。


 席に着く前に他の客や従業員を確認しておく。

 まだ昼食には早い時間で人の出入りは少ない。

 三分割されたエリアには落ち着いて座れる席のある店が多く、値段も少し高めだ。シュリの生活水準が伺える。


「こっちです。

ちょっと手狭ですけど、周りを気にしなくていい席をお願いしておきました」


 シュリは知り合いの受付の男と軽く挨拶を交わし、壁際の席に案内する。

 店内の照明は外と同じ色で、オープン・カフェの雰囲気があった。


 エディナのためにテーブルの片側の椅子は撤去され、車椅子のまま入れるようになっていた。

 彼女の向かいにはケイトとシュリが、ロストはテーブルの外側に置いてある椅子に座る。


「すみません、こんなとこしかなくて」


「構わないわ。高校生のころを思い出すわね。

あのころはこのくらい狭いほうが居心地がよかった」


「エディナの高校生活って普通に友達と遊びに行ったりしたんですか?」


「当たり前よ。ヒーローはみんなナンダ・パルバットで訓練でもしてると思った?」


「ナン……?」


 意味がわからなくて停止したケイトにシュリが耳打ちすると、彼女は恥ずかしそうに笑ってうなずく。


「そうですよね、パルバットですよね、やっぱり。私も行ってみたい」


 エディナがテーブルに肘をつき、額に手を当てて笑いを堪えている顔を隠す。

 本当に笑っている。退屈で頬杖をついているよりはいいことだと思いたい。

 エディナは身体を乗り出し、空間と秘密を共有する。


「こういうの、ほんと久しぶり。ちょっとダブル・デートみたいじゃない?」


 シュリは冗談だと思って笑い、ケイトは赤くなってうつむく。

 ロストは新しく入ってきた一組の男女を目で追いながら人が増える前に終わらせたほうがよさそうだと判断する。


「先にインタビューをやるか。まだ時間も早いし、昼までには終わるだろ」


「そうね。でもちょっと喉が渇いたわ」


「ここ、持ち込みOKだから、何か買ってきますよ」


「じゃ、有名な煙みたいなやつお願い。あのヘンなやつなんだけど、わかる?」


「わかる、私も行く」


 ケイトが飛び跳ねるように立ち上がってシュリについていくと、ロストはその背中に手を振り、二人が見えなくなってからエディナに向き直る。


「ナンダ・パルバットには恐れ入ったぜ」


「せっかく仕込んできたのに、知らなかった」


 つまらなそうにエディナが頬杖をつく。

 だいたいいつもロストと二人になると頬杖をつく。


「シュリのフォローに感謝ね。あなたより気が利く」


「ダブル・デートなんて記憶にないんで」


「私もよ。高校じゃほとんどプールに浸かってた。友達もいなかった」


 煙草の煙でも吐き出すみたいに、二人同時にため息をつく。

 まだインタビューも始まっていないのに二人で勝手に消耗している。


「どういうつもり?」


「何が?」


「ケイトよ。被害者の女の子と同じオーファンの子に会わせて、私にどうしろっての。抱きしめてオーファンの守護者でも演じろと?

演出過多よ。私は政治家じゃない」


「さすが広報アドバイザー。いいアイデアだと思うが、ケイトのことはただの偶然だ。そんなことに利用したとドギーに知られたらベアハッグで絞め殺される」


 全然信じていないか、本当にそうなればいいと思っているみたいにエディナは冷淡にうなずく。


「ドギーとはどんな関係? 家族ぐるみの付き合いって柄じゃないと思うんだけど」


「あいつは頭のおかしいのが好きなんだ。

自分がおかしいってのを忘れられるからな。

指示されなきゃ便所も行けなくて、ケーブル運びながら全部漏らしてるやつを雇う理由なんてそんくらいだろ」


「あなたのインタビューのほうが面白そうじゃない」


「記憶を失ったかわいそうな男ががんばってクズになったってのがか?

そんなのが好きなのはあんただけだ」


「わあ、五秒で終わった」


 感情を込めずに言って、エディナはテーブルの端から手をスライドさせてメニューをテーブルに表示する。


「私のもそれくらいで終わらないかな。お腹減ってきた」


 飲み物を買ってきたケイトたちがガラス越しに手を振っていて、エディナは笑顔に戻って手を振り返す。

 脊椎に反射制御装置でも組み込んであるんじゃないかと疑いたくなる速さで表情を操る。


「短いのはいいが、カット・グラスの話をするまでは終わるなよ」


「逆に言えば、その話をするまでは終われない、と」


「うまく誘導しろ。俺は向こうで飯食ってるから、後はよろしくな」


「はあ?」


 もう一組の男女の会話が止まるほどの下から這い上がってくる低い声。

 もはや威嚇に近い。


「ダメに決まってるでしょ。あなたもそこにいるのよ」


「いたって意味ないだろ。

だいたい、インタビューに護衛がついてるなんて威圧してるみたいじゃないか」


「インタビュー苦手って言ったでしょ。しかも学生のなんて初めてなのよ。

緊張でわけわかんないこと言っちゃうかもしれないし、護衛ならいつでも私を守りなさいよ。

そこにいてくれないなら、この話はなし」


「瀬戸際交渉かよ。立派な政治家だぜ、あんた」


「お待たせ」


 ケイトが紫色の気体が充満した透明な容器を二つ持って戻ってくる。

 後から来たシュリがロストに差し出したのはケイトが以前、飲んでいた緑色のお茶だ。


「なに話してたの? 二人ともちょっとケンカしてるっぽかったけど」


「仕事の話だ」


「イヤよね、休日なのに」


 エディナが慈母の微笑みを浮かべて前髪をそっと指先で払う。

 不思議そうに首をかしげるケイトから話題を逸らそうと、エディナは透明の容器から突き出た水煙草のようなパイプに口をつける。


「気をつけてくださいね。一気に吸い込むと──」


 注意が終わる前にエディナが盛大に咳き込む。

 ケイトが背中をさすりながらロストに買ってきたはずのお茶を飲ませていると、シュリがロストにうなずいた。

 準備はできている。


「撮影していいですか?」


 エディナが落ち着くのを待ってから、シュリが円錐形の全周囲カメラをテーブルの中央に置く。


「もちろん」


 エディナは自分の顔を仰ぎながら、少し仰け反るようにしてカメラから身体を離し、顔の映る角度を調整する。


「後から髪は赤く修正して。ヒーローの素顔を撮影するのは条例違反だからね」


 冗談めかして言って、エディナは腰の固定具を締めて背筋を伸ばし、笑顔のまま真剣な眼差しを正面の二人に向ける。

 少し姿勢を変えただけなのに彼女の笑顔は彫像めいた不変の、透き通った輝きを放つ。


 空気が変わり、ケイトとシュリは自分たちの容器を両手で握りしめて息を止める。怯えたように唇を震わせ、緊張でうまく唾を飲み込めないケイトの隣で、シュリもインタビューのために用意したメモを取り出せずにいる。


 予定通り、二人は今、初めてレディに会った。


 放っておくと二人の心臓が石になってしまいそうだったから、ロストは軽い口調で質問を促す。


「ケイトから始めよう。時間を無駄にするなよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る