第27話
「大事にしよう」
ロストは意識してゆっくりと、完璧に独り言を言った。
ロストだってのんびりしているわけにはいかない。
エディナが駅に着いたとき、出迎えが子供二人だったら後で何を言われるかわかったものではない。
まだ彼女がロストと口を利く気があればだが。
エディナの腰の後ろに埋め込まれた物体に触れてから、一度も会っていない。
頭突きをくらった鼻を撫で、最後に見た彼女の表情を思い出して首を振る。
大事なものがあるとすれば、それは仕事だ。
レディを守り、レディがヒーローでいられるために壊していいものといけないものを分別する。ドギーの言うとおり、それ以上は望まない。
駅に着くとちょうど下層からのシャフトが上がってきて、大勢の人が出てくるところだった。人波に飲まれてケイトのリュックも見失う。
無闇に動き回らずに、人の動きが落ち着くのを待つほうが楽だ。
流れに逆らわずに駅前広場の植え込みがある外縁へと移動していく。
すぐ後ろにいた手織りの羊毛の長衣を着たスーフィたちに道を譲ると、その後ろからモーターを使わない、古い車椅子がロストの前に現れる。
急に立ち止まった男にエディナが気づいて顔を上げ、ロストと目が合うと言うべきことが見つからないまま口を動かして、何か喉に詰まらせたような声を出した。
「ずいぶん早いお着きだな。俺が早く来すぎてなかったら、護衛なしだぞ」
「バリアフリーとか言っても、最上層はリム前提だったりして手間取ることがあるのよ。あなたこそどうしてこんなに早いの?」
ロストの誘導に従うエディナは普段と変わらないように思えるが、そもそも彼女の普段というものが定まるほど同じ時間を過ごしていない。
高圧的で常に命令するような口調は鳴りを潜めているが、それがロストに馴れてきたからなのか、先日のことで気まずいだけなのかも判別できなかった。
オフショルダーというには少し控えめの、肩に引っかかるくらいのワンピースで、くすんだ青に波打つ模様が浮き出ている。
長い髪は編んで背中に垂らし、耳に大きめのイヤリングを下げて視線を散らしていた。ロストの忠告を無視してはいない。
「俺はこのへんの地理には疎くてな。そこそこ詳しいやつに案内を頼んだら一時間前に来た」
「きっと気になる相手のことしか見えてないんでしょうね」
「覚えがあるか?」
エディナは耳に溜まった水を抜くみたいに頭を傾ける。覚えがないというよりは、それが恋なのか自信がない。
「報告が上がってこない」
無感情に、義務的に、唐突に仕事の話が始まって少女の恋が終わる。
「カット・グラスの捜査に否定的な誰かが止めてるのね。死体遺棄としての捜査は進めてるんでしょ」
「ガラス化の手口は皮膚下にガラス樹脂を注入してから皮膚を剥いであった。頭部は別だ。損傷はガラス化の前で、凍らせて形を保存してから作業してる」
「変ね。カット・グラスはガラスにしてから身体の一部を持ち去るんじゃなかった?」
ロストは彼女の肩に日差しが少しずつ足していく赤みを見下ろし、教えることと教えないことを頭の中で分ける。
「できの悪いコピーなのはわかってた。オリジナルと同じくらい鮮やかなのは死体を置き去りにするロケーションだけ」
「コピーだって公表すれば騒ぎが収まりそうなものだけど」
「偽物だろうと本物だろうとすでに人が死んでる。やるまえから言い訳してると思われるだけだ。公表なんてのは自分を善人だと思ってるバカの選択だな」
「はいはい、私の判断は間違ってる」
「樹脂の組成から入手先を追跡中。報告が上がってこねえのは、あんたに引っかき回されたくねえからだろうよ」
エディナの頬の横に顎の骨が浮き出る。
彼女は奥歯を強く噛み合わせただけで反論はしなかった。
反論することで向き合ってしまうのを避けるように、彼女はロストが立っているのとは反対側に身体を傾けている。
「あの映像を作った連中は?」
ロストは肩をすくめる。これは余計な仕草だ。
エディナがロストと同じくらいの注意深さで観察していたら、嘘をつこうとしているのがわかってしまう。
「見つかってない。ガラス像を造ったのがあいつらと違うなら、もう殺されてる」
「だったら死体を見つけてきて、それが仕事でしょ。こんなところで護衛をしてる場合?」
「邪魔なら消えろって言えよ。消えねえけど」
怒りを押し殺したため息をつき、エディナは神経質にイヤリングに触れる。
馴れないものがぶら下がっている違和感で、身体の一部が取れかかっているみたいに顔をしかめた。
「オリジナルのときはほぼ二週間に一人、犠牲者が出てる」
「コピーだからってサイクルまで同じとは限らない」
「でも、二人目の犠牲者が出る前に捜査を進めたいんでしょ?」
隠しきれていない彼女の願望が言葉の端々に浮き上がる。
今度はロストがため息をつく番だ。
本音を隠しきれていないのが自分でもわかって、焦っている彼女の浅はかさに。
「まだそんなこと言ってんのか。二人目は諦めろ。こいつはただの事件じゃない、俺たちの間じゃイベントって呼ばれるやつだ。犠牲者の数と注目度、リスクとメリットを天秤にかけて、死んだやつ以外はみんながハッピーになれる解決を目指す。そのための調整だ」
「私が本物のヒーローなら、まずあなたたちを潰すべきかもね」
「かも、じゃねえ。やりたきゃやれ、できないなら俺たちと踊れ、ヒーロー」
顔を水につけるみたいに静かに目を閉じたエディナの、微かに震えるまつげを見ているとロストのみぞおちの奥で膜が震える感覚が止まらなくなる。
その震えが罪悪感だと認めてしまう前に、ロストは人混みの中を駆け回る小さな影に向かって声を張り上げた。
「おい、ケイト、こっちだ」
ケイトから見えたのはロストだけなのか、特に驚いた様子もなく後ろにいる誰かに手を振ってから人と人の間をジグザグにすり抜けて歩いてくる。
「笑顔で頼むぜ。インタビューの時間だ」
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