第21話

 車は整備されていない道路に入って少し進んでから停車した。

 深い轍が多く残され、地面の状態が悪くてもエディナは他人に介助させない。


 到着したのは古い坑道の前にできた採掘者たちの集落だ。


 クレーター・シティは鉱物資源を求めて掘られた巨大な採掘抗。

 本来の国民たちが最下層へと去った後、調査によって多くの坑道が採掘途中で破棄されているのが明らかになった。


 坑道の採掘権を金を出し合って買った移民たちが、盗掘の防止を目的に住み着くことでいくつもの集落が発生した。

 坑道の周囲には未確認の採掘跡も多く、地盤の強度を優先して建物が建てられた結果、崩れた蜂の巣のような雑然とした軒並みになった。


 油臭い、というのがエディナの最初の感想。


「こういう小さな坑道には重機が入れねえ。高圧オイルで岩盤ぶちわってんだよ」


 疫病発生時の救護テントや救援物資の集積所が住居や資材置き場として使われ、そのまま軒先で商売をしていた。

 鉱石以外の出土品、盗品、違法投棄されたゴミから取り出した車や電子機器のパーツ、集落で暮らす人々のための食料品、衣類などが混然と並んでいる。


 表面に膜が浮いた水たまりを回避するために手間取っているエディナの後ろで、ロストは離れた斜面にへばりついている住宅地を眺める。

 ドギーと一緒に行った倉庫がある辺りだ。


「ねえ、ちょっと、こっち」


 水たまりに気を取られて片方の車輪を溝に入れてしまったエディナが手を伸ばして助けを求めている。

 周囲を行き交う人々や店主は手を貸すそぶりも見せない。


 社用車で乗り付けるような人間を警戒し、避けている。

 古い救援物資のTシャツや黒ずんだレインコート、パーカーなどを着込んだ通行人の中で、エディナとロストの格好は目立つ。

 周囲を警戒しながらエディナの手を引っ張り、溝から車輪を出すのを手伝った。


「だっこしてやろうか」


「手以外に触れたらセクハラで訴える」


「法に訴えるとは、あんたにしては可愛い脅しだ。ビビってんのか?」


 冗談のつもりだったが、放そうとしたロストの手をエディナは暗闇の中の子供みたいに握ってきて、微かな怯えを感じる。

 彼女は赤い日よけのパラソルの下に並んだ鳥かごを、得体の知れない実験動物でも見るように凝視していた。


「鳥がいる。ここ、坑道よね?」


「カナリアだな。アカカナリア。黄色ってイメージがあるから意外だよな。

たぶん車椅子となら交換してくれるぜ」


「いらないけど、あれって有毒ガスを調べたりするやつ?」


 ロストは声をあげて笑ってしまい、周囲の注目を集める。


「検知機使ってるよ。カナリアは坑道の中で見つかるんだ。

どこから入ってきたのか誰も知らねえ、この地域にカナリアなんていないしな。

坑道の中じゃ他にも不思議なもんがいっぱい見つかる」


 手を放した後もエディナはロストの後ろを付いてきたが、近すぎてときどき踵が車輪に踏まれた。

 そんなことにも気づかないくらい、エディナは周囲の商品に目を奪われている。


 あまりの統一感のなさに、まるで大昔の市に迷い込んでしまったみたいで、油臭い空気が古めかしい黴臭さにさえ感じ始める。


「採掘権を盾に敷地内の立ち入り検査を拒否してるから、他で扱えないものが集まる。フェイもたまに売ってる」


「マイノスの互助会は? 違法取引は彼の領分でしょ」


「小規模だから、ほったらかし。もちろん、あいつらの商売にちょっとでも響いたら一晩で更地だ。区議会も掃除したがってるしな。

ここを管轄するCVはないし、ここでどんな事件が起きてもCVヒーローは来ない。

誰も守っちゃくれないってのが自由の代償」


 エディナは他人事みたいにふうんと、簡単にうなずいた。

 レディならどこでも戦うと、彼女は心から信じている。


「それで、あなたの同僚のフェイはどこ? 

買い戻すはめになったらあなたの給料から引くから」


「俺の給料で買えるか、バカ」


「見知らぬ土地を連れ回して優位に立ったつもりでいるなら考えを改めるのね。

私は物覚えは悪くないし、寛容でもない」


「イエス、マム。こちらであります」


 ガレージを改装したボディーショップの前が、ムラサメからの連絡があった場所。シャッターは上がっていて、内側に不透明のビニールハウスが丸ごと入っていた。

 ガレージの壁に意味のわからない漢字やら浮き上がる拡張ペイントやらの見本が貼り付けられている店先を見て、ロストは舌打ちする。


「やっかいなとこに捕まったな。なあ、あんた先に帰れ」


「ここまで来て追い返すとか、頭おかしいの? 問題があるならちゃんと共有して」


「非合法のボディーショップじゃフェイの髪とか皮膚を移植すんのが一番儲かる」


「どこのバカよ、そんなことするの」


「どこでもいいけど、バカの予約が入ってたら金で解決できねえ。だから先、帰れ」


「それなら余計、私がいたほうがいい。あなた一人じゃ心許ない。さ、行くわよ」


 自分が先導してきたみたいな顔で言うと、エディナは泥の車輪跡を残してガレージに入っていく。


 イス・ウォーターはどちらかといえばフェイに非寛容な部類に入る企業だ。

 フェイのせいでエディナの顔に傷一つでもついたらムラサメは破棄されかねない。そう考えるとエディナこそが現状でムラサメにとっての最大の脅威だ。


 そう伝える間もなく、エディナはビニールハウスのカーテンを開いてしまう。


 店内は思ったより明るく、雰囲気は理髪店のようにさっぱりとしているが、漂っている空気はシェービング・クリームの匂いではなく生暖かい鉄の匂い。


 二つ並んだリクライニング・シートの片方に若い男が腰掛け、細長い箱形のテレビに映る灰色のサイレント映画を観ていた。

 入ってきたエディナもロストも完全に無視している。

 彼自身がカタログであるみたいに、裸の上半身はタトゥーで覆われ、本来の皮膚の色さえわからない。


 心臓の上に描かれたハート、背中の翼、目のない恋人たち。

 へその横に緑の妖精を見つけ、ムラサメがこの店を訊ねた理由がわかった。

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