第17話 郵便置いときまーす!

 今朝のこと。寝室にパソコン持ち込んで、ゴロゴロ執筆、の前のアイディア搾り作業中。

 タイトルの通りなんですけど

「郵便置いときまーす!」

「あーい、ありがとう!」

 と、声だけのやり取り。


 我が家には郵便受けがございません。

 天気も良く、風も弱い日は、玄関引戸の約10センチ間隔で縦に並んだアルミの四角い棒に、うにょん(小説家が使う表現とは思えんね、ごめんね)と挟んで居るのですが、雨風があると玄関開けて中に置くのですよ。


 家の中とはいえ、鍵をかけていない時は変な格好でうろつけません。(鍵をかければ良いだけ)


 そんな話、よく耳にすると思います。田舎特有でしょ? みたいな額縁の中に収められて。

 しかし、実際に自分もその枠に入った時、考えるのです。これは誰の選択によるものなのか、と。


 勝手に開けられるのはイヤだな、と思う人が増えれば当然インターホンなり先に鳴らす習慣がつくでしょう。そして、島ではほとんど使うことがないという宅配の不在票も使われるよになるでしょう。

 そうなっていない、ということは住人が今の状態がベターだと考えているのか、というと、そう単純ではないかも知れない。


 あの家の人は「勝手に開けられるのはイヤだ」って思っていると判断されたくない。そんな理由で鍵をしない人もいるかもしれない。

「郷に入っては郷に従え」の枷に選択の自由を奪われた人ね。

 あと、「田舎暮らししてるぜっ」なんて実感をえたい人、それをこんな風に文章にして発表しちゃおって思っている人。

 色んな理由がありそう?


 でもね、私は真実を知っているのです。

 なんだかんだ面倒くさいから、なんですよ。

 気まぐれで鍵をかけたり、警察からのお知らせ(周辺で窃盗の被害が出た、とか)を聞いて一時的に鍵をかけたりはしても、なかなか習慣として身につかない。

 だって、面倒くさいんだもん。

 外出時に鍵をかけて、鍵をなくしたら困る。そっちのリスクが高いと感じている人も居るかもしれませんが。


 さて、面倒くさいって、思考についても向けられているような気がします。

 この、なぜ鍵をかけない人が多く、宅配、郵便に携わる人たちもそれが当然だと動いているのは、いったい誰の選択なのか問題に関して、私自身考えるのが面倒くさくなったのではないかという考察をした人は、ミステリー作家向きかも知れないですよ。

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