第6話

 ついにマラソン大会の日がきた。曇り空、気温は低く、雪が降りそうだった。

スタートラインに並んだとき、僕たち6年生のほとんどは寒さに凍えていた。

 周りを見渡せばほとんどの人は不安そうな顔をしていた。また、一部の人はあきらめきったような顔をしていた。

 またごく一部の人は今から戦う顔をしていた。

 僕はスタートラインに並ぶ資格がないような気がした。

 だって1年間練習し続けた理由は両親を応援するためだったのだから。誰かと競い合う気持ちなど少しもないのだ。そんな僕がマラソン大会に出場していいのだろうか。

 先生に尋ねたことはなかったけれど、「真剣にやれ」と叱られるような気がした。

 僕がぼんやりと同級生たちの後頭部を眺めていると、スタートの銃声が鳴った。

 僕は迷いと一緒に走り始めた。


 マラソン大会で6位までに入賞すると賞状をもらうことができる。

 もしも賞状をもらうことができたなら、それを両親に渡そう。

 渡す時、何と言えばいいのだろう。1年間考えたけどまだわからない。

 普段からとても頑張っている両親に「頑張ってください」なんて言えるわけがない。

 育ててもらっている子供が親に対して「応援します」なんて言えるはずがない。

 お肉を買ってくれるお客さんにいつも親は「ありがとうございます」と言っている。1日に何度も「ありがとうございます」と言っている。両親と客の間に使われる言葉を僕が両親に対して使うということが理解できない。

 賞状を手にしたとしても僕はきっと、締まりのない笑顔で、両親に賞状を渡すだろう。

 僕は一年間かけても言葉を見つけられなかった。

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