5-15

 ゼノは大きく目を見開いて漆黒の空を眺めていた。

 その瞳は鋭い破裂音に続けて風切るような音を立て、まっすぐに夜空へと昇っていく赤い火の玉を見つめている。

 

 ゼノの背筋はある種の畏怖によって震えていた。

 

 ―――― 本当にこの少女の才能には底が見えない。


 光を打ち上げる。


 そのセリフを口にしたのがエルキ発生器やレイトを作り上げたシオリカであり、その紛うことなき天才ぶりを嫌というほど見せつけられた後であるとはいえ、さすがに容易には信じられずにいた。またそれ故、現実に空に昇っていくその光の弾を見つめるゼノは驚嘆よりも強い憂慮をヒシヒシと感じている。


 ―――― もし、今この瞬間、王宮の間者がどこかに身を潜めて見ていたとしたら。


 刹那、ゼノはハッとして激しく頭を振り、その場違いな懸念を振り払った。


 今はそんなことを考えている場合じゃねえ。


 これからシオリカの光が夜空に炸裂する。

 お嬢のことだ、戯言はない。そしてその光量は絶対に期待を裏切らないものだろう。それどころか俺の想像以上に眩い光がこの岩場と海を照らし出すかもしれない。


 そのとき俺たちができることはなんだ。


 決まっている。

 チリを見つけ出すことだ。


 シオリカの覚悟を無駄にすることはできない。

 絶対に、絶対にだ!


 数十メードの上空、ゼノの視線の先で打ち上がっていく火の玉がフッと消えた。

 そして次の瞬間、腹に響くような凄まじい爆音を伴って恐怖を感じるほどの閃光が夜空に炸裂した。


 ゼノは刹那、呆けたように呟いた。


「…………雪」


 漆黒の闇に咲いたその火花は眩い光の粉を大きく舞い散らせ、まるで真昼のような明るさで一帯の岩礁を照らし出した。



 **********



 バルタは聞こえてきた破裂音に続く奇妙な音を耳にしても夜空を見上げようともしない自分がとても不思議に思えた。

 シオリカはついさっきまであれほど嫌い憎んでいた森の民である。

 その人間の言葉を今、自分は寸分も疑わず信じ切っている。


 シオリカが言った。


 チリはこの近くにいる。

 そして俺たちの助けを待っている。


 なんの根拠もないはずなのにバルタはその言葉を完全に信じている。


 不思議だった。

 断言したシオリカの声の向こうにソルトの豪快な笑い声が微かに聞こえた気がしたのだ。もしかすると彼女の中にもソルトが持ち合わせていたような英雄的な気質が潜んでいるのかもしれない。

 暗闇の中から聞こえてくる潮騒を耳にしながらバルタはそんなことを考えている自分をとても奇妙に感じていた。


 けれどバルタは頭を振ってその思念を追い出す。

 今はそれどころじゃない。

 そして闇に向ける眼差しに力を込めた。


 チリ、待ってろよ。

 もうすぐ見つけてやるからな。


 元気になったら一緒に漁に行こうぜ。

 おまえの舟はもう使い物にならねえだろうから俺とヨシアの舟に乗せてやる。

 そんときゃ思う存分、しごいてやるから覚悟しておけよな。


 そのとき上空で胃の腑を震わせるような凄まじい轟音が響いた。

 次いで全ての視界が恐ろしいほどの白く明るい光で包まれた。


 くははッ……マジかよ。


 その驚愕の光景にバルタは思わず口先から笑声を漏らした。


 シオリカ、おまえって本当に出鱈目な奴だな、おい。

 なんだよ、これじゃまるで昼間じゃねえかよ。

 安心しな。

 これなら見える。

 俺が絶対にチリを見つけてやる。

 絶対に見落とさねえ。


 バルタの瞳が抜け目なく辺りを周回する。

 そして恐ろしいほどの集中力を以って目を凝らす。


 チリがいるとしたら岩礁岬の突端、舟が乗り上げている場所が最も確率が高い。

 

 刻一刻と刹那の時は過ぎていく。


 明るかった光が次第に衰え始めた。


 ゼノの焦った声が聞こえてくる。


「くそッ、いねえ。チリ、どこだ! 返事をしろ!」

 

 バルタはグッと奥歯を噛み締めて今にも喉から飛び出してしまいそうな叫びを押し殺した。


 畜生! 畜生! チクショーッ!!!

  

 光が消えていく。

 シオリカの声は聞こえない。

 それなのに彼女の中に絶望がはっきりと色を成し始めたのが伝わってくる。

 次いでゼノの深いため息が漂ってきた。

 二人の諦観が音も立てずに忍び寄り、けれどバルタはそれに抗うように再び深い闇に包まれていく視界に無理やりに目を凝らした。


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