5-11
「おい、どうだッ。チリは見つかったか」
駆けつけて来たゼノの息切れにバルタは力なく首を振るしかなかった。
「そうか、この暗闇じゃあ仕方ねえよな」
夜目の効くバルタでも数メード先は全くの真闇である。
櫓から放たれるレイトの光が行きつ戻りつ周辺を照らすもののさすがに距離が離れ過ぎていて物を見分けられるほどの照明には程遠い。つまりチリの声でも聞こえてこない限り、その姿を見つけ出すことはほとんど不可能だった。
また、そもそもチリが岩場にたどり着いているかどうかさえ実は怪しい。
この荒れ狂った海で小舟が沈まずにここに座礁しただけでもほとんど奇跡であり、それ以前にチリが放り出されていても全く不思議ではない。いや、むしろその確率のほうがずっと高いのである。
バルタの胸にあの日の悪夢が幾度も去来する。
俺は今回もまた無力で無様な姿を晒すしかないのか。
ソルトを援護することができなかったと悔い続け、そして今度はチリを助けることもできなかったと自分を蔑み、自嘲を重ねていくことしかできないのだろうか。
絶対に嫌だ。
思わずギリリと音をさせて奥歯を食いしばり、胸の内で吠える。
けれどその強烈な想いとは裏腹に打開策など思いつくはずもない。
うつむいたバルタは掌に爪が食い込むほどに両手の拳を強く握り締めた。
そのときだった。ゼノの背後から鈴が鳴るように清らかな声が聞こえてきた。
「バルタさん、チリの舟はどこですか」
顎を上げると闇にシオリカの白面がぼんやりと浮かんでいた。
その顔にはチリの家で最初に目の当たりにした何物にも怯むことのない確固たる意志が張り付いている。バルタは一瞬にしてその迫力に気圧され、思わず唾を呑み込んだ。
「ふ、舟ならすぐそこだ。ほら、あそこ。岩場が小さな岬になって突き出してるだろ。その先に乗り上げてる」
「では、あの辺りはもう探したんですよね」
冷静なシオリカの問いにバルタは少し声色を濁らせる。
「いや、大波がひっきりなしに被ってくるから先端までは行けてない。それでも袂からできるだけ目を凝らして探したぜ。でもチリの姿らしきものは何も……」
「では、光を出しますのでもう一度探していただけませんか」
「え……おまえ、なにを言って……」
バルタが戸惑うとゼノが不審げに横槍を入れる。
「いや、お嬢。まさかここでエルキ発生器を組み立てるなんて言うんじゃないだろうな。そんな暇は……」
「十秒、ふた呼吸ほど。太陽とまではいかないけれど、月明かりよりはずっと明るい光を作ることができると思います。どうでしょうか」
シオリカの声と言葉に微塵もためらいは感じられない。
けれど、それでもやはりバルタは苛ついた詰問を返してしまった。
「そんな光、どうやって作るってんだよ。いい加減なこと抜かして……」
「説明は後です。こうしている間にもチリが生き残る可能性がどんどん失われていく。一刻の猶予もありません。信じてもらえなくても構いません。でも、私たちが協力し合えなければ絶対にチリは救えませんよ。それでもいいんですか、バルタさん」
媚びもわだかまりもない、ただただ真っ直ぐにチリを救出したいと願う気持ちから発せられたシオリカの言葉がバルタの胸の奥に燻り続けている悔恨を呆気なく引き裂いた。それはソルトの勇姿に怖れを取り除いたあの日の心持ちに少し似ている気がした。
「よ、よし、分かった。やろう。やってやる。絶対に見つけてやる」
自分自身を説得するように何度も頷くバルタにシオリカもしっかりと顎を引く。そして肩掛けにしていた麻袋から円筒状の何かを取り出し、比較的平らになっている足許の岩場にそれを置いた。
「バルタさんとゼノさんは岬の近くで待機してください。すぐに光を打ち上げますから」
光を打ち上げる?
いったい何をしようとしているのか。
その疑心を抑え込んで岬へと数歩足を進めたバルタはけれどそこで振り返り、しゃがみ込み筒の中に何かを押し込んでいるシオリカに問うた。
「なあ、シオリカ。おまえ、チリは生きていると思うか」
するとほとんど間をおかずにハキハキとした強い口調が返ってくる。
「当たり前です。チリは生きています。すぐ近くにいます。私、感じるんです。だから早く準備してください」
その早口にバルタはほんの少し頬を緩ませ、そして踵を返して岬の袂へと足を急がせた。
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