4-5
「ゼノさん、交代の時間です」
高く澄んだシオリカの声にゼノはハンドルを回す手をゆっくりと止めた。
するとたちまち発生器が放っていた光が消え、櫓に暗闇が立ち込める。
「短くないか。まだやれるぜ」
そういってガハハと笑ってみたものの、自分でも驚くほど覇気のないその声に痩せ我慢もそろそろ限界だろうと虚しくなった。
腕は怠く、肩はパンパンに張り、そしてその場にへたり込んでしまいたいほどの疲労感が重い鎧のように纏わりついている。
「いえ、時間通りにお願いします。休憩を取ってください」
目を向けるとほのかな灯りの手前にシオリカのぼんやりとした輪郭が浮かんでいた。
角隅に据えられた風除け箱の中でゆらめく蝋燭の炎。
それは数刻前、風が弱まってきたからとヨシアが近くの船小屋から何本か拝借してきたものだった。蝋燭が燃え尽きるのに約一刻。その二本目がそろそろ終わりに近い。
ということはすでに夜半といって良い時間だろう。
けれどシオリカはその蝋燭で時間を計っているわけではない。
彼女が手に持っている林檎ほどの大きさの機械が正確な時を教えているのだ。
ゼノ、バルタ、ヨシアの順でひと回りエルキ発生器を稼働させた後のことだった。
「作業時間を決めましょう」といきなり提案したシオリカに三人が目を丸くすると、彼女は腰にぶら下げた藍色の巾着から円盤状の奇妙な機械を取り出した。
「なんだよ、それ」
ぞんざいな調子でバルタが訊くと彼女はサラリと答える。
「時計です」
三人とも開いた口が塞がらなくなった。
時計。
その名の通り、時を計る道具。
この時代、時間といえばそれは
刻とは一日を朝と夜に分け、さらに六等分にした時間区分のことである。
まだ王国が黎明であった頃、時間は日時計や水時計、あるいは砂時計で大まかに計るしかなく、刻はその名残であり一般の民にとっては今もそれが常識だ。
しかし古文書の研究により古代では一日をさらに細かく分けていたことが解かり、同時に時計遺物の仕組みが解明されると王宮は現代もそれに倣うとの触れを出した。
細密な時間区分により労働生産性の向上と兵役の充実が見込めるとの判断であったらしい。けれど数十年も前に発せられたその布告はいまのところ有形無実と成り果てている。
考えてみれば当然のことだった。
時間を知ろうにも民にはその手段がないのだ。
巷間に時計が広まらないかぎり、民はこれまで通り半鐘が知らせる刻を使うしかない。
時計という恐ろしく高価で希少なその機械が浜長の屋敷にある。
けれどそれは見上げるほど背の高い大きな箱で、このように手に収まるような小さなものなど聞いたことがない。
間近で見ようと吸い寄せられるように集まった三人にシオリカは蝋燭の光が届く場所にそれをかざした。
「古代では一日を二十四等分にした区分を時、時を六十等分にしたものを分と呼んでいたそうです。そしてさらに分を六十に分けて秒としていたようですよ」
シオリカはそう説明しながら、時計の盤面、その中央からヒゲのように突き出した細い棒のようなものを指し示した。
「この長い針が分を、短い方が時を刻みます。なので今はだいたい二十時十五分ということになりますね。ちなみにこの時計は古書に倣って太陽が真南に達した時間を十二時としています」
そして唖然として声もない三人に対してシオリカはわずかに表情を曇らせた。
「本当は秒の針まで作りたかったんですけど……」
「あ、あのさシオリカちゃん、それよりどうしてそんなもん持ってんの」
動揺を隠せないヨシアの問いに自分で作ったのだとシオリカは取り立てて自慢する風もなく答える。
「自分でって……いや、そんな簡単にできるもんなのか、それ」
怪訝な顔をしてバルタが尋ねると彼女はちょっと肩をすくめて見せた。
「そうですね。簡単ということはないかもしれません。いまムサシノで使われている時計のほとんどは
「い、いや、もういいわ。聞いた俺が悪かった」
バルタが両手を突き出して降参すると、シオリカも自分の饒舌に気がついて口を押さえた。そしてひとつ咳払いをした後、再び提案する。
「とにかくこれを使って作業時間を測りたいと思います。見ていると連続してハンドルを回せる時間は二十分が限界のようです。なので作業時間は一回につき一人十五分ということにしましょう。でも途中でキツくなったら遠慮せずに休んでください。残りの時間は私が肩代わりしますから」
そしてシオリカは肩袖から突き出した細い腕に小さな力瘤を作りおどけて見せた。その姿に三人はただ小刻みにうなずくしかなかった。
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