4-4
いや、思ってたよりもずっとキツイな。
ハンドル回しの役目をゼノに交代してもらったヨシアは櫓の壁板に倒れ込み、両脚を床に投げ出した。
完全に息が上がっている。
ずっと前傾姿勢で回すので腰が痛い。
なにより腕がもうパンパンに張っている。
えっと、これで何回目だ。
数えようと指を折ると、その右手が小刻みに震えていることに気がついた。
この繰り返しを朝までなんて絶対に無理だろ。
内心そう苦笑すると、顔の前に竹筒がヌッと現れた。
振り向くと腰を屈めたシオリカがそれを差し出していた。
ヨシアは竹筒を受け取り、チョンと頭を下げる。
「そろそろ休憩を入れましょうか。夜は長いですし……」
そう提案するシオリカを横目にヨシアは喉を鳴らして水を飲み、それからわざと大袈裟にプハーッと息を吐いた。
「チリ、あいつ、他人行儀なんだよな」
「え?」
「俺たち漁師はさ、気性は荒いし言葉遣いも乱暴だし、だから
未だ荒い息を抑えながらそう話すと、おもむろにシオリカが横に座った。
発生器が立てる音とテーブルが軋む音、そしてゼノが吐き出す息遣いが調子良く混じり合って響いている。
バルタがこちらを見遣った。
早く見張りを始めろと責める目つきだ。
ヨシアが顔をしかめながらうなずくと、バルタは口を尖らせて視線をまたレイトの光を差し向ける暗闇の海に戻した。
ヨシアはおもむろに腰を浮かせながら話を継いだ。
「チリはちょっと違うんだよな。いや、別に付き合いが悪いわけじゃないんだ。普通に挨拶や会話はするし、若衆の会合にもきちんと顔は出す。そんで言ってみりゃ俺やバルタはあいつの兄貴分ていうかさ。わりと仲が良くてちょっとした面倒を見てやったりすることもあるのさ。まあ、あいつの境遇はみんな知ってるからさ、俺たちとしてはもっと頼ってくれてもいいって思ってて。なんなら一緒に漁に連れて行ってやってもいいし。その方がもっと沖に出られるし、仲間がいればそれだけ安全に魚も獲れる」
ヨシアは竹筒を返しながらひとつ小さなため息を吐いた。
「けどさ、チリはいつも一歩引いてる感じなんだよな。なんか爪先に見えない線が引いてあってそれを超えちゃいけない、闇雲に人を信用しちゃダメだみたいなさ。だから周りの人間もそれ以上踏み込めない。きっとあいつが心の底を晒せるのってザン爺しかいないんじゃないかって思うよ。いや、もしかするとザン爺にだって見せてないかもしれない。だからさ、俺、チリを見てると苦しくなっちまうんだ。なんか小さくて四角い箱に閉じ込められた人間みたいに思えてさ。分かるかな、こういうの」
ヨシアを見上げるシオリカがわずかに首を傾げた。
「だよな。そうだと思った」
そう云ってヨシアはクククと笑う。
シオリカは怪訝な表情を浮かべた。
「いや、すまねえ。でもバカにしたわけじゃない。嬉しかったんだ」
「嬉しいって、どうして……」
「その、なんていうか、そういう居心地の悪い遠慮みたいなものを知らないチリがシオリカちゃんの中にはまだいるんだと思うとちょっと嬉しいんだよ」
真顔でそう話すとヨシアは頭上に手を組み上げて、んんッと背伸びをした。
「だからさ」
ヨシアはゼノの背中をひとしきり見つめ、それからバルタの背中を一瞥した。
「助けたいんだよ、俺たち」
そしてもう一度シオリカに顔を向け、はにかんで鼻を啜る。
「んで、あいつの頭ぐしゃぐしゃにして説教してやるんだ。もっと俺たちのことを頼れよってさ」
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