3-20

「こりゃあ……」


 その眩さにゼノが絶句し、あとの二人が唾を呑み込む気配があり、やがてシオリカはゆっくりと回転を止めた。そしてしばし呼吸を整えてから三人へと向き直る。


「このようにハンドルを回す役、大型発光機レイトを海に向ける人が必要です。これを交代でやっていきましょう。皆さん、どうかよろしくお願いします」


 彼女が深々と頭を下げると少し間をおいてバルタが鼻を啜って云った。


「ふん、いまさらだぜ。俺たちはそのためにいるんだからよ」

「そうだよ。力仕事だって初めから聞いてるし、それにこんなに凄いものを使わせてくれるんだ。こっちも気合い入れていかなきゃね」


 再び立ち込めた暗闇の中で、ヨシアの言葉にゼノがその太い腕を組みうなずく姿がうっすらと映る。


「よし、じゃあハンドルは俺からだ。バルタ、おめえはレイトの方を頼むぜ」

「了解っす。じゃあヨシアは海の監視しろや。チリの舟に光が当たるかも知れねえから見落とすなよ」

「ふん、えらそうに。言われなくてもやるよ。バルタはレイト壊したりすんなよな。いっつもそそっかしいんだからさ」

「なんだとぉ」


 すでに耳慣れした彼らの口論を聞きながら、シオリカは稼働の邪魔にならないように櫓の端に寄り、すっかり闇に包まれた海原へ向けて祈るように拳を組む。


 チリ、どこにいるの。

 いるんでしょう。

 生きてるよね、絶対。

 チリがそう簡単に死んじゃうわけないもの。

 あのね、チリの灯台ができたよ。

 今からみんなで光を送る。

 ちょっと青みがかかった白い光だよ。

 ちゃんと見つけてね。

 そして帰ってきて、ここに。

 みんなが待つこの浜辺に……絶対に。


 ハンドルを回す音が背後から聞こえてきた。

 最初は確かめるようなゆっくりと、けれど次第に回転数が増し、けたたましい唸りを上げ始めた。


「うわッ!眩しッ!」


 レイトを覗き込んでいたバルタが悲鳴を上げ、身を捩らせた。

 するとヨシアがそのバルタの肩を肘で打ってからかう。


「あはは、なにやってんだよ。自分の顔なんか照らしてどうすんのさ」

「うっせえな、確かめてたんだよ。ちゃんと光るかどうか」

「そんな必要ないだろ。やっぱバルタは頭わりいなあ」

「んだとぉ、このやッ−−−」


 自分の頭を指してクルクルと円を描くヨシアにレイトを抱えたバルタが詰め寄ろうとしたそのとき、高く鋭い声が響き渡った。


「二人とも、いい加減にしてくださいッ!」


 クッと両肩を窄めた彼らが振り返るとそこに腰に手を当て厳しい眼差しを差し向けてくるシオリカがいた。


「こうしている間もチリはひとり、この嵐の海で戦っているんですよ。詰まらない口論などしている場合ではありません!」


 その形相に彼らはそろってポカンと口を開け、そしてふた呼吸ほどしてから顔を見合わせニヤリと笑った。

 

「へッ、おっかね。ウチの母ちゃんみてえだ」


 バルタの言葉にヨシアが首を横に振る。


「いや、それ以上だろ。浜長はまおさんとこの大婆様といい勝負かも」


 そう言われて急に気恥ずかしくなり、シオリカはうつむき加減に片手で口元を覆った。すると間を置かず背後から割れ鐘のような声が響き渡った。


「くおらぁ、てめえらは何度も何度も。お嬢の言う通りだ。いつまでもふざけたことしてんじゃねえ」


 振り返るとゼノがハンドルを力強く回転させながら、二人を睨みつけていた。

 けれど彼らはその物騒な形相に怖気付きながらも訝しげな声を返す。


「あの、ゼノさんいま、お嬢って……」

「さっきまで嬢ちゃんだったのに……」


 お嬢という呼称は野卑てはいるものの一般的には自分よりも目上の女性に用いるものだ。とすればゼノはシオリカに対して相当の敬意を払っているということになる。

 さすがに目を丸くしたシオリカも見つめると、青白い光に浮き上がったゼノの髭面にサッと朱が差したように見えた。


「う、うるせえぞ、馬鹿やろうども。早くやることやれってんだ。これ以上なんか云ったら、てめえらぶっ殺すからな」


 そのまるで赤鬼のような強面こわもてに一瞬で震え上がった彼らはあわててレイトを壁の木枠に押し上げ、海に向ける。

 するとその矢庭、まっすぐに突き進む白光の矢が次々と砂浜に打ち上げては砕け散る大波の姿をくっきりと映し出した。

 

「うおッ、すげえッ。あそこだけ昼間みてえだ」

 バルタが叫んだ。


「おおッ、これなら間違いなく沖のほうまで届くぜ」

 ヨシアも興奮した声を出した。


「てめえら、サボるんじゃねえぞ。なんとしてもそいつでチリを見つけ出せ!」

 ゼノの掛け声に二人は勢い込んで「おうッ!」答えた。


 シオリカもレイトの光が走っていく暗闇の海に目を向けた。


 チリ、これが灯台だよ。

 ちゃんと見つけて帰ってきて。

 そしたら私、今度こそ……。


 気のせいかもしれなかったが、そう祈った瞬間、止めどなく吹き渡る強風が一瞬だけ凪いだ気がした。

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