3-19
手元が見えるうちに完成して良かった。
「なんとか間に合いましたね」
最後の配線を結び終えたシオリカが濃密さを増した闇の中で安堵の声を漏らすと、三人はほぼ同時に喉を鳴らすように息を吐いた。
吹き荒ぶ風の強さは変わらず、押し寄せる烈風に物見櫓の木組みが軋んで揺らぐ。けれどその風に乗って櫓の中にまで横殴りに飛沫を散らせていた雨はいつのまにか止んでいた。
「で、俺たちはどうすりゃいい。たしかこのハンドルを回すんだよな」
ゼノの声に顔を振り向かせたシオリカは両手で抱えていた大型
「ええ、でもまずは私がやって見せますね」
シオリカがそう言って発生器のそばまで足を運ぶとそこでバルタがもっともな指摘をした。
「見せますって言われたってよお。この暗闇じゃ、あんたの輪郭さえ怪しいぜ。ヨシア、隅の道具箱にたしかランプがあったろ。アレ点けろや」
するとヨシアはすぐに呆れた声で言い返した。
「はあ、点けろったって油なんてないぜ」
「なんだよ、そんぐらい気ぃ利かせて持って来ておけよ」
「いや、オレんちもバルタのとこもランプなんてねえんだから持って来れるわけないだろ。灯火油なんて
「ちっ、なんだよ。貧乏くせえ」
その舌打ち混じりの言葉にヨシアが居丈高に声を張り上げた。
「貧乏くせえんじゃなくて貧乏なんだよ、俺たちは。綺麗な女の子の前だからって見栄張ってんじゃねえって」
するとバルタもやや焦り気味に負けじと言い放った。
「んだと、こら。誰が見栄張ってんだ。おめえこそさっきからこいつの顔とか胸とかいろんなとこチラチラ見てるんじゃねえかよ」
「はあッ? んなことしてねえ。そういうバルタこそ……」
「もう、やめなさい!」
自分でも驚くほど大きな声が出てしまい、シオリカは思わず口元を押さえた。
けれどその甲斐あって二人の口論は止まった。
すると居心地の悪い沈黙が訪れ、風と波だけがその場の音になった。
急に顔が熱くなった。
そのときばかりは夕闇が濃くて助かったと思った。
シオリカは口に手を充てたまま、わざとらしく咳払いをした。
「あの、ランプがなくても大丈夫だと思います。そのための細工もしておいたので」
そう取り繕ってからエルキ発生器の前に立ち、ぼんやりとした影を探りながら鉤形のハンドルをつかんだ。
そして真横に倒した臼を引くようにゆっくりとそれを前後に回し始めるといくつもの金属が擦れ合う騒々しい音が弾き出され、同時に彼女と機械の姿が闇に仄白く映し出された。
「うおッ」
「おい、光りやがった」
「うわッ、なにこれ」
その光景に驚嘆を漏らした彼らにシオリカは両腕に精一杯の力を込めながら途切れとぎれの言葉を継ぐ。
「小さなレイトを……いくつか……機械にも取り付けて……おいたんです」
するとその説明が終わらないうちにバルタが興奮気味に声を震わせた。
「お、おい、それにあのデカい方の……」
シオリカはハンドルを回しながらゆっくりと目線を上げた。
すると立ち込めた暗闇の中、壁板のそこだけが真っ白に照らし出されていた。
もちろんそれは大型レイトが放つ光の輝き。
その想像以上の眩さにシオリカは内心ホッと息をついた。
発生器はともかく大型
もちろん、接続しているレイトはこれまでに何度も小さな発生器で実験を繰り返していたので問題はないと確信してはいたものの、当然ながらぶっつけ本番に憂いは尽きなかった。
たとえば銅線の断裂、持ち運びによる内部の故障、設置の不具合など想定外の失敗にいたる理由はいくらでも挙げられる。
だから目に映っている光線がシオリカには奇跡の産物ように思えて密かに胸を撫で下ろしたのだった。
けれどそれと同時に別の不安も脳裏に渦巻く。
シオリカはハンドルを回す手に力を込めながら懸念を考えざるを得ない。
それはコイールを回転させるのに必要な腕力。
とにかく重いのだ。
少しでも軽くなるように改良を重ねたつもりだったのにハンドルを回転させるには相当の力が必要だった。極力摩擦を減らすために各部品の接続部にふんだんに油を塗りこんでおいてもこの重さ。
いかに体力自慢の三人が交代しながら稼働させるとはいえ、これを一晩中回し続けるのは到底無理だ。そうなれば休憩を挟む必要もあり光をずっと放ち続けることはできないだろう。そして全員の体力が尽きればそこでチリの灯台は終わる。
しかもそれだけではない。
この後、部品の破損など予期しないことが起こる可能性もある。
そのように先を考えれば考えるほど暗澹たる気分が押し寄せてきた。
そこでシオリカはギュッと奥歯を噛み締め、ともすれば際限なく縮こまってしまいそうな自分にこう言い聞かせた。
不安は成功の種。
弱気は失敗のもと。
勝負はやってみなけりゃ分からない。
それは父の口癖。
飽きるほど耳にしてきたその言葉をシオリカは呪文のように何度も胸に刻み、そして浮かんでくる懸念を打ち払うようにさらに力を込めてハンドルの回転速度を増した。
すると大型レイトは木壁を透かしてしまいそうなほどに眩い光線を放ち始めた。
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