3-15

「できたぜ。これでかなりの振動でもびくともしねえだろう」


 テーブルに打ち込んだいくつもの舟釘に荒縄を掛け、発生器をがんじがらめに固定し終えたバルタは指で鼻を擦った。


 茅葺の屋根の下を強い風が吹き抜けていく。

 辺りはもうほとんど闇だ。

 とはいえ、もちろんこんな燃えやすい場所で火を起こすわけにはいかない。

 シオリカは微かに残る視界を頼りに手探りで発生器に導線をつなぐ。


「あとはどうすんのさ。これを回せばエルキが出るのかい」


 そう言ってハンドルを持とうとするヨシアをシオリカは手で制した。


「その通りですが、発生させたエルキを光に変えないと当然ながら灯台にはなりません。そのために使うのがこれです」


 シオリカは持ち上げた麻袋をテーブルの端に置き、手早くそれを開いた。


「……なんだこりゃ。なんかでけえイカみてえな形してるな」


 顔を近づけたバルタが呟くとゼノもその背後でうなずいた。


「これがエルキを光に変えて放つ装置です。カーリオの前面に取り付けられたありふれた部品ですが、古代書ではレイトと総称されていて、強い光を放つことにより前方を照らし夜間の走行を可能にしていたようですね」


「ああ、たしかにそういうの聞いたことあるね。カーリオは夜になると光る目玉を持ってたって」


 感心したヨシアが顎をさすると次いでバルタが不審げな声を漏らした。


「しかしよ、発掘されたカーリオにまともに使える部品なんて残ってるもんなのか。あんなのただの錆びた鉄屑じゃねえか。それなのにそいつときたらまるで……」


「ああ、まるで新品みたいだ。それにその分厚いガラスはなんなんだ。不思議な細工がされているようだが……」


 戸惑ったゼノの言葉にシオリカは声をひそめる。


「ここだけの話、ほぼ完全な形で残っているものはムサシノではこれひとつだけだと思います。それとこの透明な部分はどうやらガラスではないようです。調べた訳ではないのではっきりとはいえませんが、たぶんペルトと同質のものかと」


「ペルトだって。あの浜に打ち上がってくるゴミカスとこれが一緒なのか」


 バルタが絶句した。


「ええ、たぶん」


「ペルトってあれでしょ。燃やすと黒い煙が出て、とんでもなく嫌な臭いがする」


 ヨシアの言葉にシオリカはうなずいた。


「ペルトの原料は油です。だからあんな風に燃えるのです」


「いや、おかしいだろ。ドロドロの油がなんでこんな風になるんだよ」


 首を捻ったバルタが恐るおそるという風に腕を伸ばし、レイトを指でコツコツと叩いた。


「さあ、よく分かりませんがどうやら古代人には地中深くから汲み上げた油をいくつかの成分に分け、それをいろいろな用途に使っていたようです。その代表的なものがエンジンを動かすガソルですね。そしてまたそのひとつがペルトです。つまり古代人はその油を液体にも固体にも、あるいは気体にもできたということでしょう」


「……信じられねえ。それに王宮にもないこんな大それたものをどうしてあんたが持ってるんだ」


 訝しげなゼノの目線が薄闇を貫いてシオリカに向けられた。


「それは……」


 口ごもった彼女に、けれどゼノはすぐに首を振った。


「あ、いや、すまねえ。それは聞かねえ約束だったな。それで、これからどうするんだ。いよいよ夜が来ちまったぜ」


「あ、はい。ちょっと待ってください」


 シオリカは指で探りながら導線をなんとか繋げ、スチレで作った持ち手をレイトに設置した。


「これで完成です」


 告げて見回すと闇に三人の瞳が仄かに光って見えた。


 風はいまだ強い。

 けれどいくぶんながらその音は静まってきているように感じた。


 夜には嵐が抜ける。

 そのザン爺の予想はやはり当たっているのかもしれない。

 そしてこの荒れ狂う海原のどこかでチリはまだ生きているはず。


 シオリカはそう胸に言い聞かせ、闇に沈んだ海に挑むような視線を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る