3-10

 バルタに手を貸してもらい、ようやく物見台に足を下ろしたシオリカは手始めに機械の設置場所を求めて周囲に目を配った。

 するとその様子を見拾ったゼノが声を掛けてくる。


「頼まれたものは用意したつもりだが、これでどうだ」


 シオリカはそう言って彼が指し示す方向に目を移した。

 そこには頑丈そうなテーブルがあり、その上に荒縄の束、猪皮の手袋などが並んでいた。


「ええ、大丈夫だと思います。あとは……」


「人手だろ。俺とバルタ、それからこいつはバルタのいとこのヨシアだ。細っこいが持久力だけは人並み以上だ」


 するとゼノの横に立っていた長身の男がとたんに仏頂面になる。


「ちょっとゼノさん。だけってことはないでしょう」


「うひひ。だろうが。他になんか自慢できるもんがあんのか」


 せせら笑ったバルタの肩にヨシアの拳が打ち込まれる。


「痛って。てめえ、なにしやがる」


「ああ、悪い。腕を伸ばしたら当たっちまった。まさかこんな低い所に肩があるなんてなあ」


「あんだとぉこら。やんのか、てめえ」


 バルタが拳を突き上げるようにしてヨシアの胸ぐらに掴みかかったところでゼノの怒声が響き渡った。


「てめえら!遊んでるつもりなら二人ともここからぶん投げるぞ」


 その雷に二人はそろって身をすくませ、そして互いを横目で睨み合った。

 そして呆然とするシオリカにゼノは向き直りそれから軽く頭を下げる。


「邪魔してすまねえ、嬢ちゃん」


「いえ、大丈夫です。工房もこんな感じですので慣れてますから」


「まあ、こいつら海の上では息ぴったりなんだが、おかに上がると喧嘩ばかりしやがるんだ、まったく」


 すると頭を掻いたゼノの後ろでヨシアが口を尖らせる。


「いや、ゼノさん。俺たち息ぴったりとかじゃないし」


「そうだよ。海に出たってこいつは口ばっかでぜんっぜん役に立たねえんだぜ」


 バルタがそう言って指差すと眉間に皺を寄せたヨシアの肘がバルタの肩を打った。


「ッて!なにしやがる。表へ出ろ、この野郎」


「上等だ、この野郎」


 ガツン。


 鈍い音がして二人は同時にうずくまった。

 それはゼノが二人の頭をかち合わせた音だった。


「ホント、すまねえ。懲りねえ奴らでよ」


 ゼノがいかにも面目ないといった顔つきでその泥棒ヒゲを擦る。

 それを見ていたシオリカはおもわず吹き出してしまった。

 すると床に膝を着き頭を抱えていた二人が上目遣いに見上げてくる。


「な、なんだよ」


 バルタが不審げに訊いた。


「いえ、ごめんなさい。チリもこんな風に誰かとケンカしてたのかなって。そう思ったら、つい……」


 後の言葉は喉に詰まって消えた。

 その腹を押さえて笑うシオリカを三人は不思議そうな顔で黙って見つめる。

 そしてしばらくしてようやく笑声を抑えたシオリカは真顔を三人に向けた。


「だから、やっぱりチリには帰ってきてもらわないとダメだと思います」


 その言葉にバルタとヨシアはそろって立ち上がり、ゼノはやおら腕組みをした。


「そして帰ってきたら、みんなで思いっきり叱ってやりましょう」


 バルタが鼻を啜る。


「そうだな。あいつちょっと生意気なとこあるからな。いい機会だ」


 ヨシアが親指を立てる。


「だね。ついでになんか余興でもやってもらおうか」


 ゼノはただ黙って何度かうなずいた。


「じゃあ、始めましょう」


 シオリカの声に三人が一斉に「おうッ」と声を合わせた。

 

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