3-9
森と漁村を抜けてようやく浜辺にたどり着いたシオリカは海原から吹きつけてくる強風と雨粒にまぶたを眇めつつもその怒濤を見つめた。
それはやはり恐怖を抱かせるほどに凄まじい光景だった。
シオリカよりもずっと背の高い大波が砂浜に打ちつけられる度、盛大な波飛沫が舞い上がり、地響きのような音がズズンと空気を震わせる。
夕闇が迫るドス黒い空の下、沖には三角形の白波が無数に立ち、吹き荒れる風がまるで悪魔の咆哮のようにとめどなく鳴り続ける。
こんな海をひとり小舟で……。
もしかするとチリはもう……。
おもわず目を伏せたシオリカは、けれど歩み寄る絶望に大きく首を振った。
違う。
私が信じないでどうする。
再び顔を上げたシオリカはもう一度挑むような瞳を荒れ狂う海に向けた。
「おい、
風音に負けないバルタの強い声にシオリカはうなずき、彼の背中を追って歩き始めた。
物見櫓。
それは浜辺の奥、風塞ぎの雑木林の手前に太い丸太で組み上げられたものだった。
高さはおよそ十五メード。
さほど広いものではない。
チリの家の土間の大きさとそう変わらない広幅だ。
ずいぶん昔に建てたものを度々補修しながら使ってきたのだろう。どっしりと太い四本の支柱こそ年季の入った黒ずみを見せているが、そこに幾重にも橋渡された木材の多くは存外新しい色味をしている。
見上げるとてっぺんには
そして目が合うとそのひとつ、ゼノの髭面が雷のような声を落としてきた。
「遅かったな、バルタ。日が暮れちまうぞ」
「しょうがねえだろ。この大荷物、こいつが工房から運び出すだけでも……」
「言い訳している時間はねえ。嬢ちゃん、早いとこ支度しねえと真っ暗になっちまうぜ」
シオリカは野太い声にうなずき、次にバルタに目配せをした。
すると彼は指図が不本意だったようで小さく舌打ちをして顔をしかめたが、けれどすぐに櫓に掛かった縄梯子を登り始めた。
バルタが一段上に進むごとに背負子に縛りつけた麻布の膨らみが左右に大きく揺れる。
シオリカはその危なげな様子におもわず声を掛けた。
「落とさないように気をつけて」
「うるせえ。言われなくてもやってる」
荒い息でそう言い返しながらも彼の姿はみるみるうちに高く遠ざかっていく。
そして櫓の上まであっという間にたどり着き屋根の下に身を入れた。
それを見届けたシオリカが縄梯子に取り付くと頭上からバルタの声が降ってくる。
「おい、ちょっと待ってろ」
見上げると彼は
「ここまできて肝心のあんたが足を滑らせるなんてのはごめんだからな」
目を合わせることもなくバルタは嘯き、その決して軽くはない荷を軽々と背負って再び梯子を登り始めた。
「ありがとうございます」
礼を言うとぶっきらぼうに彼は返した。
「ふん。いいから気をつけて登ってきやがれ」
シオリカは微笑み、バルタの姿が消えてから言われた通り慎重に梯子を登った。
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