3-3


 嵐なんかに負けてたまるか。

 空に向けてそう啖呵を切ると途端に力が漲った。

 そしてすぐさま身を翻し、舟板に寝かせた一匹のカチメジキをつかんで海へと放り投げた。

 すると数刻前に苦労して釣り上げたその魚体はあっけなく波間に消えていった。

 もったいないが余計な重量で舟の喫水を上げたくはない。

 そうでなくとも波飛沫によって入り込んだ海水ですでに足元は水浸しになっている。

 チリはためらいを振り切り、次の一匹を持ち上げ、白波に向けて投げる。

 ごめんな。

 せっかく釣られてくれたのに無駄死にさせちまって。

 今度はそう詫びてまた獲物を海に放り込む。

 仕方がない。今は命あっての物種だ。

 そして全てのカチメジキを海に投げ込み終えたチリは大きく息を吐き気持ちに踏ん切りをつけ、ふたたび帆縄を手に取り操船を始めた。

 けれどやはり暴風に逆らって湾の奥に進むことは難しく、チリはすぐに途方に暮れる。

 それに雨に濡れた体は冷えて鉛のように重く感じる。

 しかも喉に渇きを覚えて転がしていた竹水筒を煽ったけれど、すでに中身はほとんど残っていなかった。

 仕方なくチリは空に向けて大きく口を開けた。

 そして舌先に雨粒をいくつか感じたそのとき不意にひとつの考えが頭をよぎった。

 タワア。

 ムサシノに向かうには真逆の風だが、タワアなら横風。

 夜が来る前になんとかたどり着けるかもしれない。

 絶望の中に垣間見えた可能性にチリはごくりと喉を鳴らした。

 タワアの脚に舟を着け、しっかりと舫いを結ぶ。

 そして波の届かない高さまで登り、海鳥の巣が無数に架けられた鉄骨の隙間に身を入れて一夜を明かす。

 悪くない案に思えた。

 決して容易くはないけれど起死回生に賭けるならこれしかない。

 チリはためらうことなく帆の向きを変えた。

 すると瞬く間に濡れた帆は大きくたわみ、舟は横滑りをするように白波を蹴って進み始めた。

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